第10輪 公共の場ではお静かに
「と、いうわけで勉強会をしたいんだけど良いところないか?」
先生との取引をした数日後、今週最後のSHRが終わり放課後になんとなくいつもの4人で集まった時、そう言った。
「どういうわけさ。僕は勉強したくないんだけど」
「先生との話があったろ? それだ」
「そうだね。でもそれはテスト期間中にすればいいじゃないか」
「どっかの誰かさんが並以上の成績であれば、な」
「ぐぬぬぬ……」
俺の提案に真っ先に?みついた翔太をまず撃退する。
残り2人────美雪と釖木はどうやら思索に耽ているようだ。
「私の家は……難しいかな?」
申し訳なさそうに美雪がそう言う。別に誰かの家でとは言ってないんだが……。
「ついでに校外学習のルートとか決めたかったが、仕方ない」
「……待って」
急な話過ぎたので困っただろうと話を切り上げようとすると釖木が俺を制止する。
「どうしたんだ釖木?」
「……いい案がある」
どこか興奮気味というか少々前のめりな感じがする。表情は相変わらずだが。
美雪と翔太と少しだけ目を合わせてから釖木の方へ向く。
「どんな案だ?」
「……ファミレスで勉強しよう」
「ふぁ、ファミレスゥ?」
「あー……」
驚いてファミレスの発音がどこか野球選手みたいな発音になってしまった中、翔太がどこか合点がいったような表情をする。
美雪も同じく疑問符を浮かべていた。
「僕のいたところ──僕の故郷にはあまりそういうのがなかったんだよね。それにお嬢は生まれがそうだからさ。全然そういうところに連れて行ってもらったことがないんだよ」
「なるほどな。俺達にとっては当たり前が釖木には珍しく映るってことか」
妙に納得してしまった。確かに自分の見たことのない世界に興味がわく気持ちは分かる。
幼いころに夢見た夢の国は本当の夢の国に移ったけか。中学生の頃には入場料も含めて色々値段が高いことを知って驚いたなぁ。
「郷華ちゃんが行きたいなら行こうよ!」
釖木に感化されたかのように目を輝かせて美雪が勢いよく言う。翔太の話を聞いたら納得できる反応ではある。
「しかしなぁ、ファミレスで勉強って店に迷惑かかるぞ」
「一時期話題になってたね」
正直、乗り気がしない。勉強しようとすればスペース確保のため料理の注文は少なくなる。そうすると店側は長時間いる割にお金を落とさない客である俺達を迷惑に思うだろう。
逆に店の売り上げに貢献しようとすると勉強に支障が出る。それだと本末転倒だ。
「でも、郷華ちゃんが出してくれた案だよ?」
「そうだな。提案してもらっておいてダメだとは言っちゃまずいか」
「……ごめん、やっぱ」
「お嬢待った」
釖木が残念そうに口を開くとそれを翔太が遮る。その表情はいつもとは違い、真面目だ。
いつもとは違う雰囲気にのまれ、続く言葉を待つ。
「お嬢、急だけどお嬢の家はこの人数で行っても大丈夫かい?」
「……別に困らないと思うわ」
「うん。じゃあ、こうしよう。まず、一旦各自帰宅後、お嬢の行ってみたいファミレスに集合。そこで一文字(仮)の親交を深めるという名目で食事でもしよう」
んで、それがさっきの釖木への質問に繋がるのか。話は読めたが最後まで聞こう。珍しく翔太が真面目なんだし。
「それでお嬢の家で勉強して帰る。それでいいかい?」
「う~ん。そうすると勉強する時間少なくならない?」
「ギクッ」
美雪の指摘に翔太があからさまに動揺する。少し見直したと思ったらこの様だ。内心、肩を落とす。
「……それならウチに泊ればいい」
「いいの?」
それは確かにいい案だが、女子の家に泊るというのは……。なんというか怖いというか恐れ多いというか。
しかもお嬢様である釖木の家にだ。
「解散にしようよ。明日は土曜日だよ?」
「それだとお前は勉強しないだろ? でも俺もいいのか? 釖木」
「……ええ。美雪のおまけとして許可するわ」
金魚の糞みたいに言うな。嫌なら翔太の案に乗っかるぞこら。
しかし、ここで翔太を逃がすと勉強を習慣化させる計画がパーになる。屈辱的だが受け入れる他ない。
「林田君は私達と思いで作るの嫌?」」
そう言って悲しそうに美雪はうつむく。自分に向けられたものではないというのに俺までドキドキしてきた。
当の翔太は声も出せずに慌ててしまっている。
「林田君の気持ちも考えずに勝手にはしゃいでごめんね……」
「そ、それは……ずるいよ、白守どん。分かったから」
美雪のとどめの一言にがっくり肩を落としながら翔太が提案を受け入れる。美雪、あなたは天使か策士か?
「よし、これで決まりだな」
「さらば僕のゲーム生活よ……」
***
あの後、全員準備のために帰宅して釖木の指名した駅前のファミレスに集合というわけなのだが……。
一足先に着いたようで、急いで駐輪場に止めて出なくてもよかったようだ。それにしても
「よりによってここか……」
ファミレスも店によって価格帯が違うが、その中でも一番安い店だ。
俺も家族で何回か行ったことのある。リーズナブルでたくさん食べても1人2000円はいかないんじゃないか?
「恭平君お待たせ!」
「おう、美雪か……え?」
目を疑った。明らかに美雪の服装だけが江戸時代に取り残されているようだった。
確か小袖という名前だったはず。薄い水色の小袖に白色の帯閉めた姿の美雪が元気よく走ってくる。その手には大きめの風呂敷で包んだ荷物を持っている。
「どうしたの?」
「え、いや、それが普段着?」
「そうだよ~。か、可愛い?」
「あ、ああ。似合ってるよ」
くっついてしまうくらいの距離……というかくっついてる。美雪の質問に混乱しながらも答えた。
俺の答えに美雪は満足したのか、跳ねるように俺から離れて何かを探すように周りを見回す。
「郷華ちゃんと林田君は?」
「まだ来てないみたいだ。そろそろ時間なのにな」
あんだけ楽しみにしてそうだった釖木が遅れるなんて……。この後、泊めてもらうんだからその準備で忙しいのだろう、と思うことにしよう。
「……お待たせ」
「あ、郷華ちゃん!」
本当に普段来ているからなのか美雪の動きが普段学校で見ている動きより早く感じる。
その速度で釖木の前に立つ。釖木はええっと……。
女子の服装の事はからっきしなのでこっそりと携帯で画像検索機能を使う。
なになに、白のカットソーというのに黒のチェックスカートをはいている、ようだ。胸にはさりげなく光る金のネックレスだかペンダントを下げている。大人の雰囲気を感じるコーディネートだ。 ただ異様なのは肩に担ぐようにリュックを背負った(背負わされた?)翔太を持っていることだ。その姿はどこかとある洋画を思わせた。
「お嬢様に担がれて登場とはいいご身分だな、翔太」
「逃げ切れなかった」
「……逃げようとするのは知ってたから捕まえてから来た」
流石、幼馴染……。確かに少し考えれば逃げ出しそうだよな翔太。俺も勉強はそこそこ嫌いだが、逃げ出すほどじゃないぞ。
「郷華ちゃん、大人っぽくてかっこいい!」
「……ありがとう。美雪は……今度、一緒に買い物でも行きましょう」
釖木も俺と似たような感想を持ったのか、そう提案をする。美雪はその思いを知らずか二つ返事で答えていた。
「お嬢、ここまで来たら逃げないから降ろして。流石に恥ずかしいよ」
翔太の言葉にハッとして周りを見る。少数ではあるが順番を待っている他のお客さんが奇異の目でこちらを見ている。
担がれている翔太にもだが一部は美雪にもその目が向けられていた。
翔太の言葉に釖木は涼しい顔で翔太を降ろす。
黒のパーカーに暗い色のジーンズ。なんというか翔太のしている服装は……。
「まるで不審者みたいだな」
「うるさいな。恭平氏こそ普通過ぎて面白げがないね」
確かに俺は白のTシャツにベージュのピノパンだかチノパンだかをはいてる。ってか自分のはいてるズボンの名前すらわからないのは致命的だな……。
「……入りましょう」
珍しく釖木がそう言って先陣を切る。正直、あまり入りたくないメンバーだが……。
俺の考えを知るはずもなく見た目がおかしい4人組が店内へ入った。
「まずは順番待ちの紙に名前を書かなくちゃな」
「よし、僕に任せてよ!」
何故か肩を回しながら翔太が用紙の前に立つ。なんというか嫌な予感がするんだが……。
「どうする? 伊集院がいい? それとも鳳凰院にする?」
やっぱだ。こいつ、でたらめな名前書こうとしてやがる。止めようとするが一歩間に合わない。
「一瞬だけなら……。ごめんね林田君」
「コケっ」
翔太が鶏のような声を出して腕をだらんとぶら下げ、顔は斜め上を見上げるような態勢になって固まる。
その隙に美雪が記入欄を埋めた。
美雪に限ってそういうことはないと思うが念のため何と書いたのか確認する。
「なんで俺の名前?」
「最初に着いてたの恭平君だし」
「まぁ、いっか……」
釈然としないがいいか。確かにこの中だと比較的画数も少なさそうだし、そういうことにしておこう。いや、翔太の苗字の方が……そんなことなかったわ。
「八ッ! 僕達の鳳凰院は?」
「……そんなもの無いわ」
「嘘だ! なんで恭平氏の苗字が……」
紙に書かれた俺の苗字を確認して翔太は地面につくのではないかと思うほど肩を落とす。俺の名字で何が悪い。お前が書こうとした嘘の苗字よりはマシだ。
名前は書き終わったので待つだけだ。前で待ってるのは2組くらいだったからすぐ呼ばれるだろう。
「美雪と釖木は座って待ってて」
順番待ちのイスが2つしかないので美雪と釖木に譲る。
辺りを見回して邪魔にならなさそうなところを見つけた。
「僕は?!」
「俺と立ってろ」
座りたさそうな翔太を引っ張っていい感じのスペースを陣取る。
遠目で美雪と釖木が話してるのを見てふと思う。
「やっぱ釖木、楽しそうだよな?」
「え? 恭平氏にも分かるの?!」
「ん~、何となくって感じだな」
分かるというか、表情はいつも通りだがなんとなくそんな感じがするだけだ。確信は持てないが、そんな感じがする、といった風だ。
「僕は嬉しいよ。分かってくれる人が増えて」
なんとも嘘らしい泣きまねをする翔太を冷たい視線で見つめる。
もしかしたらあの仏頂面で少しきつめの言い方をするから誤解をされてきたのかもしれないな。
「前、油元を毒殺しかけた時の顔はすごかったけどな……」
「うん。僕でもあれほどのものは始めて見たよ」
あの時の釖木の表情を思い出すと今でも背筋が凍るような感覚がする。
ふと翔太を見るとどこか遠い目をして美雪と釖木を見ていた。
「昔はもっと純粋に笑ってたんだけどね」
懐かしむように、思い出をそっとなぞるように翔太はつぶやく。その表情はどこか懐かしむように、寂しさを感じさせた。
「それって……」
「4名でお待ちの『寺川』様~」
「おっと僕達の番だ」
なんともベターな話の途切れ方だ。なんて思いながら店員さんの誘導に従う。
通されたのは店の端っこにある6人用のソファ席だ。恐らく俺達の持っている荷物のことを配慮してくれたのだろう。その配慮に感謝しながら座る。
店の奥側のソファ右から美雪の荷物、美雪その隣に釖木。美雪の正面に俺、隣に翔太。反対側に俺と翔太の荷物を置く。
いつもは階段に腰を掛けているため、こうやって対面に誰かがいるのは新鮮だ。
「なんか、いつもと違う感じがするね」
「……ええ」
美雪も俺と同じ考えだったようで釖木はそれを肯定する。
翔太はというと少し考えた素振りを見せて方一言。
「合コンみたいだね」
「はぁ?」
そう思わず口から出てしまった。釖木はどこか不快そうに翔太を視線で刺す。
美雪は頭の上に3つほど疑問符を浮かべていた。
「ゴーコン?」
「……美雪は知らなくていいわ」
「右に同じく」
厳密にいえば『左前に同じく』だが。
そういっても俺も男女同数でお酒やら飲んでワイワイするくらいことくらいしか知らないが、あれは楽しいのか? なんというか疲れそうな気がする。
「翔太の言うことは無視して、注文しよう」
「……そうね」
我先にと釖木がメニューを広げて美雪と一緒に見始める。
俺ももう1つのメニューを取り出して翔太と共有するように見せた。
「いいよ。恭平氏、僕はもう決まってるから」
「早っ!」
なんともムカつく顔だが、メニュー見ずに決めるとはすごいな。常連か?
「でもここ、記入式だから番号は確認しとけ」
「それもそうだね。少し貸してね」
「ああ」
翔太は鼻息交じりにメニューをめくるが次第にその表情に焦りが見え始める。
何度も何度もメニューを確認して机に頭をぶつけた。
「そうだった……もうハヤシライスは無くなったんだった」
「そんなのあったのか」
「あったんだよう!」
分かりやすく落ち込む翔太にため息が出そうになる。
メニューは翔太の頭の下なので見れない。さきほど見た感じ法則性があるので頭の中でどのメニューがどういった番号に振り分けられているか解読する。
塩素に六法全書を半分入れてオーブンでじっくり焼いたものを建築材料にしてカンボジアの国旗にかき回すように加える、んで吾輩は猫であるを……。
えっと、これとこれと……。とりあえずこれでいいか。
「とりあえずドリンクバー全員分でいいか?」
「そうだね。とりあえずお願い出来る?」
一通り自分の頼みたいものを書いてから聞くと美雪が代表で答えてくれる。釖木は首肯で翔太は軽く手を上げて反応した。
人数分の注文を書き込んでから決まりそうな女子陣に紙を渡す。
「……これもこれも食べたいけど」
「じゃあさ、みんなでシェアしよ!」
「……ええ」
頬杖をつきながら2人のやり取りを見守る。なんとも微笑ましい気持ちになるな。
相変わらず無表情に見えるが釖木はいつもより楽しそうに見える。美雪もそれを知ってか楽しそうにしていた。
「自棄だ! 書き終わったら貸して」
「もう少しだけ待ってね」
メニューを投げ出さんとする勢いで翔太は起き上がる。
少しして翔太は釖木経由で受け取った紙を大急ぎで夏休みの宿題を片づける少年のように書きなぐり十人十色ならぬ四人四色な字が揃った注文票が出来上がった。
それを確認して呼び出しボタンを押そうと手を伸ばす。
「あ」
「あ、すまん」
美雪の指とぶつかってしまった。何とも言えない空気の中、呼び出し音が響く。
「いやぁ、仲良しだねぇ~」
「……席変わる?」
「あのな、からかうな」
偶然じゃないか。それをいちいち気にしてたらお前達はどうなんだって話になる。
大きくため息をつくとちょうど店員さんがテーブルに到着した。
翔太が紙を渡して店員さんがそれを確認して持っていた端末に入力していく。
「厨房の方を振り返ります」
「ん?」
なんか変なこと言わなかったかこの店員、と思ったが何食わぬ顔で注文の確認に入ったので無視することにした。
最後の方、嫌な感じのメニュー名が聞こえたが気にしないでおこう。
確認が終わった後、店員は足早にその場を去る。タブレットで顔を仰いでたような……。まさかさっきの、噛んだのか?!
真相は店員さんのみぞ知る。