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第9輪 大人の事情(個人的)

 今日もいつも通り、昼飯を食べていた。

 もう他の生徒も学校生活になれた頃なんだろう。


「でさ~、あ。ごめん」

「別に~、僕達も勝手にいるだけだから」


 話しながら階段を上がってくる女子達がこちらに気付く。それに翔太はひらひらと手を振りながら応えた。


「ご、ごゆっくりーーー」


 女子生徒たちが気まずそうに立ち去る。

 別にここは俺達の縄張りって訳じゃないんだから近くで食べてもいいとは思うがな。


「最近、こういうの多いけど気にしなくてもいいのにな」

「……だからモテないのよ」


 いきなりの言葉のボディブローに音もなく撃沈されそうになる。確かに幼稚園生の頃から色恋沙汰から程遠かったけどさ!


「もうちょっと言い方無かったのか……」

「まぁまぁ、恭平氏のたまに出るデリカシーのなさは致命的だからね」


 確かに油元との言い争いは周りへの配慮が足りないと思ったよ? だからちゃんと謝ったじゃないか。


「え? 恭平君ってモテないの?」

「美雪も酷くない?」

「白守どん、いつから恭平氏がモテると錯覚していた?」


 もういいよ。こうなったら一生独身でい続けてやる! そんでそこそこ楽しい生活を送ってお前らに悔しい思いをさせてやるからな! 小さな対抗心を燃やして決意をした。


「恭平氏のモテない自慢はさておき、確かに増えてきたね」

「……美雪がナンパされかけたこともあったわね」

「でも恭平君が守ってくれたもん」


 さておきってなんだよ、と拗ねたかったが美雪が嬉しいことを言ってくれた。貴女は女神か?

 そこの幼馴染悪魔とは大違いだ。


「そんなこともあったな。んなの適当に『もう彼氏がいる』とか適当に言えばいいんだよ」

「……調子に乗らないで」

「はい……」


 釖木に注意されていじけたくなってきた。

 別に場所をシェアするのは問題ないと思うが、そこの何が問題なのだろうか?


「恭平氏の疑問に答えると、今までここに来た人達は『自分たちだけの場所』が欲しかったわけだ」

「そうかぁ、みんなには悪いことしちゃったかなぁ」

「……いいえ、美雪は気にしなくてもいいの。こういうのは早い者勝ちよ」


 そういうものかぁ。確かに自分達だけの空間は欲しいかもしれない。でも学校は公共の施設だ。『俺達の場所』というのは本来存在しないはず。だから別に近くに他のグループがいても問題ないと思うけどな。


「そんな大事なことか? 極端な話、場所より人じゃないか?」

「きょ、恭平君」

「ほほ~ん。言うねぇ~」


 俺の言葉に三者三様の反応が返ってくる。釖木は言葉を発してないが驚いたような表情(しているように見えるだけだが)をしている。


「それに僕達みたいに平和的に使うならまだしも場所が悪いことに使われると困るからね」

「……それは迷惑」


 そうか、この世にはそういう人もいるのか。知ってはいたが、ここ最近は忘れていた。

 油元みたいなのが気に入らないやつを呼び出したり、連れ込んだりして私刑リンチする可能性もあるのか。

 確かにそれは問題だ。


「ん~、そうなるとやっぱここは昼休みだけでも俺達が使った方がいいのかもな」

「……でも他の人はどうするの?」

「まぁ、そこなんだけどさ」


 ふむ、別に俺は『自分たちの場所』みたいなのはいらないとは思うが、誰かが来て会話が中断されたり、変な空気になったりするのはあまり気分がいいものではない。

 かといって場所を譲れば悪用され可能性も出るわけで。


「こんなに部室余ってるなら1つくらいくれてもいいのにな」

「それだよ、恭平氏!」


 俺の適当なつぶやきに翔太が大きな声を上げる。少し驚いて俺は固まってしまう。


「馬鹿言うなよ翔太。ただの生徒においそれと部室を与えるわけにはいかんだろうが」

「そうだよ。さすがに先生達迷惑すると思うよ」


 俺に続いて美雪も否定的な意見をあげる。俺と美雪がクラス委員なだけで部室棟の部屋を使う権限がもらえるはずがない。

 相談したところで『部活でもない集団に部室を与えることはできない』と一蹴されるだけだ。


「……なるほどね」


 その中、釖木がそうボソリとつぶやいた。一体、何が『なるほど』なんだ?


「さっすがお嬢、気付いてくれたか」

「……なんとなく」


 さすが幼馴染というべきか、よく分からないところで繋がっている。

 疑問符を浮かべてると釖木は面倒くさそうにため息をつく。


「……なければ作ればいい」

「ルールをか?」


 俺が答えると釖木はさっきより大きめのため息を吐く。

 んな訳ないって言った本人おれが一番分かってる。俺達は生徒会や学校の運営陣ではない。校則を作る権限などもっとあり得ない話だ。


「部活を作るって事?」

「白守どん、正解! 座布団3枚!」


 どこからともなく赤い着物を着た人が座布団を持ってきそうなセリフだがあいにく、この学校にはそういう人は雇われていない。

 美雪は困ったように頬をかく。


「メンバーはともかく、部活の名前や目的はどうするんだ?」

「そこは生徒手帳に書いてあるさ。創部の条件とかね」


 生徒手帳は胸ポケットに入れておいたよな……あった。

 放り出すように生徒手帳をみんなの中心辺りに置く。


「さっすが副委員長!」

「……寺川の写真、変」

「不愛想で悪かったな」


 そう言われると証明写真を見られるのが恥ずかしくなり、半ば奪うように生徒手帳を回収してページをめくる。

 部活に関する項目を見つけてみんなに見えるように開いた。


「部活を作るのに必要なのは『部員5名以上』と『部活顧問の教師』と『明確な活動内容』」


 美雪が代表するように読み上げる。俺達をどう数えても5人には達しない。

 顧問の先生も心当たりがないし、活動内容なんて『駄弁る』くらいだろ。


「無理じゃね?」

「……人数の時点でダメ」


 3つとも揃わない。そこは釖木も同意見なようで諦めの声が出る。


「でもこうも書いてあるよ。『3名以上で『部活の顧問』『明確な活動内容』があれば『同好会』として認める』って」

「顧問の先生はどうしようか? 思い当たらないよ」


 翔太が同好会についての項目を読み上げたが同好会を作るにしても顧問も活動内容もない。


「顧問なら思い当たる先生いるよ」

「誰だ?」

「僕達もよく知るあの先生さ」


 『よく知ってる』って言っても俺達は入学して長くない。特定の先生を知ってるなんて担任くらいしか……。


「まさか豊島先生か?」

「恭平氏、ビンゴ!!」


 翔太が指を鳴らして指をさしてくる。今のムカつくんだが。

 ともかく豊川先生がフリーなのは助かる。担任だから声をかける機会も多いだろう。しかも俺と美雪はクラス委員だ。他のクラスメイトより関りがある。


「……でも活動内容」

「それだよね。郷華ちゃんいい考えある?」


 静かに釖木が首を振る。まぁ、そうだよな。別に何か共通のことに情熱を傾けてるわけでもないしな。


「活動内容なんで適当でいいんだよ。『クラス委員のサポート』とかそれっぽいじゃん」


 そりゃ無理だろうよ。それなら仲間内で済む話だし、部活や同好会を作るほどのことではない。

 でも『それっぽい活動内容を作る』という考えは良さそうだ。


「……『学校生活のサポートや相談窓口』」

「お嬢! それっぽくていいね!」



 確かにそれっぽくなったな。しかし教育相談室かあたりにカウンセラーの先生が居たりするので効果は薄いかもしれない。

 思ったより流れが良くなってきたような気がする。


「『精神統一による健全な精神の育成』」

「恭平君、それ寝たいだけでしょ?」


 俺の提案に素早く美雪が返す。素早過ぎる反応に俺はぐうの音も出せずにうなだれた。美雪さん。なんで分かるんだよ。流れで通ると思ったのに。


「『学校周辺の情報をまとめる』とかどう?」

「ここら辺、住宅街と畑くらいしかないぞ。あと川か」


 それにそういうのは現代技術でどうにかなっているものだ。

 不審者の情報や飲食店の情報、地図や雑誌などよりも精度も高めだし、紙媒体とは違って情報が更新される。しかし真偽はしっかりと見極める必要はあるが。


「私は『日本文化の伝統と技を学ぶ』がいいな」

「部活らしいけど、茶道部や書道部、武道系の部活と被る部分あるよね?」

「ほ、ほら職人技とか」

「……それだと工作系も入るわ」


 ふむふむ、いい流れだったが議論が止まってしまった。

 活動内容が『学校教育の一環』である上で自由なので意外と決めづらい。

 同じ志みたいなのがあればいいのだが所詮、俺達はお友達の集まりだ。先生から見ると生徒の寄せ集めだ。


「寄せ集め、ね」


 学校生活のサポート、健全な精神の育成、情報をまとめる、伝統と技を学ぶ。

 なんとなく俺も含めた意見の一部が頭の中に浮かぶ。


「『健全な学校生活のサポートと学校と周辺地域の伝統と情報を集めて学んで伝える』」

「恭平君それ!」

「何が?」


 美雪にしては珍しく大きな声を出したので驚いてしまった。

 みんなの意見をそれっぽくまとめただけだ。


「僕もいいと思うよ」

「……私も」


 続いて翔太と釖木は賛成の声を上げる。


「けっこう適当に言っただけだぞ? いいのか?」

「いいと思うな! 上手くまとまってるよ」

「特に『健全』って部分がいやらしさがあって───」

「……林田は黙って」


 何はともあれ、みんなが納得してくれたならそれいいか。


「私、放課後に豊川先生に時間取ってもらうように言ってみるね」

「白守どん頼んだよ」


 新しい部活か。作るだなんて漫画やアニメの中の話だと思っていたが、自分たちで作ることになるとは……。人生なにがあるか分からないもんだな。


 ***


「部活の顧問? ダメだ。面倒くさい」

「先生、そこを何とか」!


 放課後、美雪のおかげで先生が時間と場所(進路相談室)を取ってくれた。そこで昼休みに話した部活の活動内容や、同好会でもいいので顧問をやって欲しい旨を伝えたが、回答はこの通り。

 教師生活の長そうな豊川先生が顧問を持っていないことに疑問を持つべきだったのかもしれない。

 美雪が頼み込むものの一向に首を縦に振る気配はない。


「部活を受け持っても何も無いからな。その上、部員の誰かがやらかせば顧問の俺まで責任取らされるんだ」

「リアルな理由だ……」


 先生の説明に翔太が苦笑いを浮かべながら言葉を漏らす。

 最近、ニュースでも見たような気がする。部活の顧問を受け持ったところで収入が上がるわけでもなく、ただ残業時間が増えるだけ。しかも勉強しなくちゃいけないことも増えてストレスになる教員も少なくないらしい。


「……難しい問題だわ」

「活動内容としては先生に手間をかけることはないです。それでもダメですか?」


 恐らく先生は自分の業務や自分の時間を大切にしたいのだ。

 なら俺達の面倒を見る手間はないことを伝えれば……。


「それでもダメだ。白守と釖木であれば百歩譲っていいかもしれない。しかし、問題は寺川、林田、お前達だ」

「翔太はともかく、俺ですか?」


 先生の言葉に何も考えずに答えると先生の視線が刺すようなものに変わった。

 もしかしたら早速やらかしたかもしれない。


「寺川、お前は授業中にずっと寝てると他の先生に何度も言われてるんだ。俺の授業の時だけは起きて、ご機嫌取りか?!」

「いや、体育は寝ながら受けられないので」

「揚げ足を取るな」

「恭平氏、普段の行いが悪いから」


 ニヤニヤしながら軽く肘で突いてくる林田。さっき俺の名前と一緒にお前の名前もあがってたからな。忘れてないよな?


「林田、お前もだ。授業中、よく寝てるし小テストもいい点を取ってないそうだな」

「ぐっ、それはたまたま調子が……」


 困った様子で頭をかく翔太に冷たい視線を向ける。ほら言わんこっちゃない。調子が良くてもお前は頭悪いだろうが。ちょっとした豆知識がある程度か。あと無駄に学校のことに詳しい、そのくらいか。


「そうだな。先生も鬼じゃない。寺川か林田が今度の中間テストで5位以内入ったら、考えてやろう」


 悪い顔をしてそう提案する先生。もしかしたら今までもこう顧問を頼んできた生徒にこう難題を吹っ掛けてきたのだろう。

 恐らく美雪と釖木を条件に入れなかったのは先生的には2人は学力が高いと踏んだからと思われる。


「分かりました」

「きょ、恭平氏?!」


 あっさりと条件を飲んだ俺に翔太の声が少し裏返る。翔太を手振りで落ち着くように促した。

 先生もあまりの素直な返事に驚いたようだ。


「でも、条件があります。創部を『考える』じゃなくて『許可』してください」

「そうだな。そのくらいなら約束してもいいかもな」


 勝ち誇ったかのような笑顔を浮かべる先生。対して俺は平静を装う。笑わないように抑えるのに必死だ。


「お互い約束を忘れないために書類を作りましょう」

「面倒だな……」

「面倒くさがらないでください。後々、言った言わないのやり取りする方が面倒です」


 そう俺が言うと先生は苦虫を?み潰したような顔をして考え、渋々と首を縦に振った。


『教師、豊川英紳は寺川恭平、林田翔太の両名のうちどちらかが前期中間テストで学年5位以内に入ったら部活または同好会の創設を許可する』


 先生が持ってきた紙に俺が美雪に指示して書いてもらった。

 条件に同意したサインを俺と翔太が。証人として美雪と釖木がサインする。

 最後に先生がハンコを押して書類は完成。

 正式な契約書じゃないし、こんなものかな? 


「先生は原本を持っててください。コピーはみゆ……白守か釖木に預かってもらいます」

「意外としっかりしてるな寺川」

「真似事みたいなものですけどね。正式な書類ならやはり、先生の方が詳しいかと」


 ここでようやく笑みの一部を解放する。本当は大笑いしたいところだがまだだ。


「じゃあ、先生帰るから」

「先生。ありがとうございます。なるべくきょ、寺川君と林田君にいい点数取らせますので」

「おう、期待せずに待ってる」


 意味ありげな笑みを浮かべて先生は進路相談室を後にする、と思ったら動きを止めて振り返る。


「その前にちゃんと校外学習楽しんでおけよ。サボったらこの話は無しだからな」


 そう言って先生は今度こそ進路相談室を後にした。先生の足音が遠のいたのを確認してようやく抑えてた笑いを解放した。

 俺達4人しかいない部屋を俺の笑い声が揺らす。


「……寺川笑いすぎ」

「めっちゃ笑ってるけど恭平氏、勝算あるの?」

「今の翔太にはないだろうな」


 美雪も不安そうに俺を見ていた。先生が他の先生から聞いた話からほぼ確信をしていることがある。


「俺には『吾輩は猫である』があるからね」

「ごめん、恭平君。意味が分からないよ」


 美雪の言葉に俺はズッコケた。マジで? 翔太と釖木のハンドサインを解読したアレを見ても意味が分からないだと?!


「僕も意味分かってない」

「……同じく」


 説明しても分かってくれそうにないので、ため息をつく。

 俺は大丈夫かもしれんが万が一もある。保険も用意しなくては。


「どうしたの、恭平氏。僕を見つめて。まさか」

「んなわけないだろうが。俺達3人で翔太の脳みそを少しでも良くしないとな」

「……そうね。たまには勉強した方がいいわ。幼馴染としてのアドバイスよ」

「ごめんね、林田君。でも部活作るのに必要なことだから」


 みんなの激励がよほど嬉しいのか、ふざけたことを言おうとしていた翔太は口を大きく開けたまま動かない。

 強めにその肩を叩いてその場を後にする。同意するように美雪も釖木も続いて進路指導室から出ていく。


「ビリ〇ャルならぬビリガキだ。頑張れよ翔太」


 一回、進路指導室に戻って先生と同じように一言言う。


「なんでよ! 僕は勉強嫌いなんだよーーー!!」


 今までで一番の叫びが廊下に響く。

 思わず笑いそうになるのを美雪と一緒になってこらえた。

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