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第8輪 点から線へ

 事実上、大成功して終わったレクから約1週間。早くも4月がもう終わりかけ。

 少しだけレクの後に騒ぎがあった。


 油元が翔太を訴えたのだ。

 しかし油元の体からは毒物は検出されず、結果は『普段、手を洗ってないことによる食中毒』となった。

 それに納得できない油元は何度も検査のやり直しをさせたが、結果は変わらず。

 身から出た錆のようなオチだ。恐るべし釖木。


 さて、今は6時間目のLHR。

 今は先生が教卓に立っている。


「今配ったしおりの通り、来月には校外学習がある。今日はそのグループ決めだ。はい、4人組作って」


 一部の人間のトラウマになりそうな言葉を言いながら先生は手を叩く。

 それを合図にクラスメイト達は自分の席から飛び出すように教室のあちこちに動き出す。

 俺はそこから1歩も動かず様子を見る。


「みーちゃんかさとかりんウチたちとくもーよー」


 真っ先にキンキンする声が耳に入ったのでそちらを見る。するとトンチンカントリオが美雪と釖木に声をかけていた。

 どっちかって酷くないか? でも美雪も釖木もそれなりに人気はありそうだ。


「前も言ったけど、あなた達とは組めないよ」

「……私も」


 どうやら2人とも断ったようだ。それを見てか別の女子のグループが2人を取り囲みスカウト合戦が始まった。

 さて、とこっちはどうかな?

 反対の方を向くと翔太も翔太で人気がありそうだ。


「林田殿! 今回は我々と行きましょう! 前のモケハン3rdのお礼を是非」

「みんなで適当なとこに行ってモケハンとしゃれこみましょう林田教授」


 色々な呼ばれ方してるな……。教授って似合わな。

 しかし、熱烈にスカウトしているが翔太に声をかけているのは4人。つまり定員割れだ。それに気付いたのか、話し合いが始まる。


「吾輩とニンジャキッド=サンとぶんごー先輩君とご麺パン卿と林田団長で5人……」

「モケハンも4人プレイだし……」

「しかし、我々が離れ離れになると他に組んでくれる人が……」

「まずい。非常にまずい。でござる」


 もちろん、特例は許されるわけもない。

 ぶつぶつと独り言が4つ重なり妙なハーモニーになる。


「じゃあ、僕が別の人と組むよ。別に校外学習でモケハンやりたいわけじゃないし」


 ちらっと翔太がこちらを向く。目が合うと飛ぶように振り返った。


「というわけで恭平氏組もう!」

「そうだな。残念ながら俺にはお声がかからないからね」


 まぁ、普通に考えればそうだ。みんなのヒロインを横からかっさらったような奴、誰が好くだろうか。

 別に残念には思ってもない。


「さて、あと2人なわけだけど」

「さすがに美雪と釖木は無理でしょ?」


 そう言って俺の真後ろ辺りを指さす。

 少し聞こえた範囲では女子たちの中で話し合いが行われ、ある程度女子のチームは決まっていた。

 しかし、乗ったのは2人組が3組。うち1組が美雪と釖木。他の2組が美雪と釖木を獲得しようともめている。

 少し気になったので振り向いて状況を見守ることにした。


「……もういい」

「私達を必要としてくれるのは嬉しいよ。でも、お互い言い過ぎだよ」


 釖木に続くように美雪がそう言うと言い争っていた女子達は黙り落ち込んだようにうつむいた。

 すると美雪はそれぞれの手を取って繋がせる。


「私と郷華ちゃんは別に人と組むから4人で楽しもうよ。ね?」


 白守さんがそう言うなら、とお互いのグループは納得したようでお互い謝り合って話し合いは終了したようだ。

 2人は俺と翔太が見ているのに気づいたのかこちらへと歩み寄ってくる。


「恭平君、私達余ってるから組まない?」

「どうするよ恭平氏?」

「どうするもなにも」


 それは野暮な質問だ。悩む必要なんてない。


「もちろんOKだ」


 なんだかんだあったが俺達のグループが決まった。

 早速、しおりにメンバーの名前を書こうかと机をあさっていると


「何勝手に決めてるんだ、コソ泥と毒餓鬼。美雪ちゃんはボクのグループに入るんだ」

「勝手も何もちゃんと僕達はちゃんと合意して組んだんだ。文句を言われる筋合いはないね」


 油元が不愉快な声を上げて意味の分からないことを言う。あんなことがあったのに懲りずに突っかかってくる。

 振り返ってみると油元は何が面白いのか顎の肉を震わせて笑っている。軽いにらみ合いをしていると横から油元の腰巾着グループだろう奴が並ぶ。


「寺川だけずるいぞ。おいらたちにもヒロインを堪能させてくれよ。ニシシシシシ」

「あっしの好みはお嬢様の方だけど、油元様が言うなら仕方ない」


 縦長の細目と翔太とほぼ同じくらいの身長の低い2人組。『With~』と言いそうな感じではあるが、特にそういったものはなさそうだ。残念。

 身長が高い方が巾下銀次はばしたぎんじ、身長が低い方が小清水暖こしみずだん。言葉遣いもそことなく小物感が漂っている。


「というわけだから美雪ちゃんをさっさと渡してそこら辺の愚民を入れて楽しむといい」

「どういうわけだよ。本人みゆきの意思を尊重したらどうだ?」


 視線がぶつかって火花が散っているような時間が教室の和やかだった温度ムードを下げる。

 これ以上空気を悪くしたくないな、と考え始めると当の本人である様子が気になった。


「ごめんね。油元、君。しおりに名前書いちゃった」

「……油性ペンで」


 なんともわざとらしい笑顔でしおりのページを開いて見せる。

 ハッとなって俺のしおりを確認すると俺のしおりにも同じように名前が書かれていた。クラス委員の仕事をしている時から思っていたが、美雪は字が綺麗だ。

 

「お、お嬢、ありがとう。書いてくれたんだね」

「……ええ。これ以上つまらない問答を聞くの嫌だから」


 翔太の方も美雪ほどではないがグループメンバーの名前が綺麗に書かれていた。油性ペンで。


「にじまないか心配だけど、ありがとう美雪」

「どういたしまして~、にじんでないと思うから確認して」


 美雪がわざとらしいボディタッチをしてきた辺りで油元の存在を忘れていたことに気付く。

 笑いをこらえながら油元はどうしているか確認すると案の定、全身を震わせて怒っていた。


「この、コソ泥どもが……」

「なんで俺なの?」


 実行犯は明らかにお前の大好きな美雪と釖木だろう。俺は何も命令してないんですが。

 ここまでくると何かと理由をつけて文句を言うSNSアカウントのようだ。無視しよう。

 改めてグループメンバーのページを見ていると上の方に『グループ名』という項目があることに気付いた。


「『グループ名』か、何かいいのある?」


 話題を振るとそれぞれ考え始める。

 少しすると大喜利番組のように翔太が手を挙げる。


「『委員長と愉快な仲間達』は?」

「勢いに対してボケが薄い」

「ボケてないんだけど?!」


 納得のいかない表情をする翔太。どうやらボケようとしていたように見えたのは気のせいだったようだ。

 翔太が拗ねたように次の案を考えている最中に釖木が静かに手を挙げる。


「……『姫と下僕』」

「よくもまぁ自分のことを……待って! タンマタンマ! その不穏な飴玉しまってくれ」


 俺がしゃべってる口に恐ろしいオーラを出してる飴を放り込もうとしていた釖木をなだめる。

 釖木はどことなく不満そうな顔をして飴玉をしまうと顎に手を当てて考え始めた。


「牧場〇語」

「まさかの美雪がボケた?!」

「真面目に考えたんだけどなぁ……」


 ツッコミに対してシュンとなって少し落ち込む美雪。ごめんって。利権がらみはなんとなくダメな気がして……。

 確かに目的地が牧場だし、ある意味思い出を作るという意味では物語か。


「恭平氏は文句ばっか言ってるじゃん。何か案出しなよ」

「……そうよ」


 一応考えてはいるけど、今は思い浮かばないだけだ。

 4人だろ、4人4人……。四角形スクエアなんて単純すぎるしなぁ。

 座席の位置的に一直線か。う~ん。


一文字いちもんじ?」

「なんで疑問形なの?」


 美雪にツッコまれて思考が漏れていたことに気付く。まずいまずい。お口チャックだ。

 4人でウンウンうなりながら考えるがそれっぽくていい案が出てこない。四重奏カルテット四葉クローバーとか誰でも思いつきそうだし……。

 時計を見るとそろそろLHRが終わってしまう。


「まともなのは恭平氏のか?」


 そう翔太が切り出すと納得いかないながらも美雪と釖木がゆっくり頷く。

 俺も正直、しっくりこない感じはする。しかし、時間は有限だ。


「とりあえず、仮って事が分かりやすくに『一文字(仮)』にするか」

「そう、だね。当日まで考えてみようか」


 美雪がそう締めて、しおりにグループ名を書き込んだ。

 グループ名を書いて机にしまおうとすると先生がクラスに声をかける。


「待って。1回しおりを集めて持ってきて」


 なんとなく、その気になったので俺がみんなからしおりを集めて先生のもとへ行く。

 他の人のしおりに重ねるように置くと先生が軽くめくって俺達のグループ名(仮)を見る。


「寺川のところは『一文字』か」

「適当です。席の位置で決めました」

「位置(一)だけにか」


 教室が冬になった。

 あまりの温度差に全員が凍ったような表情になる。俺も思わず真顔になった。

 後ろの方から不愉快な笑い声が聞こえる気がするが聞こえない聞こえない。


「油元にしかウケないな。次は行動予定表を埋めてもらうから、事前にある程度は決めておけよ」


 凍った生徒は話さない。


 ***


 昨日の冬が嘘のように賑やかな教室。

 待ちに待った昼休み、いつもの場所に行こうとカバンを持ち上げる。


「恭平氏、なにかいい案出た?」

「なんのことだ?」


 声をかけてきた翔太が『察しが悪いぞ』と言わんばかりの視線を向けてくる。

 昨日今日の事だ。多分、グループ名のことか。


「今のところはないな。あえて長くしてやろうかと思ったが、何も思いつかん」

「恭平氏的に言うと『誰とも仲良くしないと決心をした俺は美少女と出会いなんだかんだあって幼馴染2人組とグループを組むことになった』みたいな?」

「なんじゃそれ」


 説明不要のゲームみたいなグループ名だな。なんて思いながらも翔太と一緒に教室を出る。少しすると追いかけるように美雪と釖木が合流してきた。


「なーに話してるの?」

「昨日のグループ名だ。翔太がみょうちきりんなの出してきて困ってたところだ」

「酷くない? この上ない恭平氏を表現したグループ名じゃないか」


 なんで表現するのは俺なんだよ、とツッコミたい。普通に考えて表現するなら美雪だろう。


「なんだっけ『鉄人がなんだかんだあってあーだこーだ』だっけ?」

「……林田、センス無」

「しかも長すぎだよ。もう少し短くしようよ」


 吐き捨てるように出た釖木の言葉に翔太は全力で首を振る。

 まるで出力を無理矢理上げた子供用のおもちゃのようだ。


「いやいやいやいや。恭平氏が言ってるのと全然違うよ」

「こんな感じだろ?」


 翔太に『センス無し』の烙印を適当にくっ付けている内にいつもの場所に着く。

 みんな思い思いの場所、といってもいつもとそう変わらない位置に腰を掛けた。


「とりあえずさ、どこ行くかは決めておいた方が良さそうだよね」

「……そうね、時間は有限だもの」


 なんかお嬢様である釖木が言うとなんというか様になるというか説得力あるな。

 どこ行こうかと考えていると美雪がファザー牧場のホームページを開いたスマホを見せてくれる。

 ファザー牧場のマップを美雪と見ていると暖かな感触と優しい香りが触角と嗅覚を軽く撫でた。


「その、美雪さん?」

「なぁに?」

「いや、なんでもない」


 そうだ、これはただマップを見ているだけだ。やましい事なんてしてない。意識するからいけないんだ。

 深呼吸だ、深呼吸。しかし返って美雪の香りが……。


「お熱いですな。お嬢」

「……羨ましいの?」


 ダメだ。翔太と釖木が何か言っているような気がするが内容が頭に入ってこない。

 と、とりあえずスマホの画面に集中だ。


「恭平君、どうしたの?」

「な、なんでもない!」

「顔もあ……うん、少しだけ予定決めておこうよ」


 美雪が何か言いかけたが今はそれどころではない。とりあえず、言われた通りマップを見て落ち着こう。

 ポップな牛が両端に描かれたマップには大きく分けて3つのエリアがある。

 動物たちとの触れ合いができる『牧場エリア』、小規模な遊園地のある『ランドエリア』、季節のフルーツを楽しめる『農園エリア』だ。

 各エリア内にも細々としたエリアに分かれている。


「私達が行く日はギリギリだけどいちご狩りとか出来るみたいだね」

「そうだな。そこからジャム作りが出来たりするのか」

「動物は牛の乳しぼり体験に、子豚のレース、羊の毛刈りショー」

「食べ物がらみだとソフトクリームにジンギスカン……羊の負担、デカくないか?」

「確かに~」


 ランドエリアはごくごく普通なのであまり触れないでもいいかもしれない。

 観覧車にメリーゴーランド、コーヒーカップなどいたって平凡だ。


「出来ることが多ければ敷地面積もそこそこあるんだな」

「そうだね恭平君は疲れちゃうかも」

「これでも市内はうろうろしてるからそれなりだ。1駅2駅くらいなら歩く派だ」

「へ~」


 気が向いたら、の話だがな。それでも地元くらいなら庭のように歩いている。


「あのさ、2人でお楽しみのところ悪いんだけどさ。いい加減、僕達も混ぜて欲しいんだけど」

「……寺川、死刑」

「なんで?!」

「あははは」


 なら、もう少し早く声をかけてくれよ。とは思ったが最初は緊張していたのにいつの間にか周りも忘れて2人で話し込んでしまった。

 申し訳ないという気持ちを込めて振り向くと釖木の膝の上に座ってる翔太がいた。釖木は後ろから手をまわし2人で画面を見ている形だ。


「お前も大概じゃないか」

「いや、恭平氏をからかったらこうなった」

「そうはならんやろ」

「なっとるやろがい!」


 翔太の返しの勢いが強いんだが、別に変なこと言ってないだろう。

 しかし、全体回るとしたら1日じゃ足りないかもしれない。何かテーマを絞って決めるのがいいのかもしれない。


「そういえば、なんか会社の命運をかけたアイドルプロジェクトがあってね」

「……全く関係ないじゃない」


 本当に唐突に関係のない話が始まったな。

 聞き流しながら、やっているイベント一覧を眺める。


「そのアイドルがもしかしたら校外学習先ここでデビューライブをするって噂だよ」

「『噂』なんでしょ?」

「こんなヘンピなところ来ないだろ。それに会社の命運がかかるなら都内とかそこら辺だって」


 とりあえず、集中しろという意味で美雪のスマホを指さす。

 翔太は肩をすくめると釖木のスマホに目を落とした。


「ジンギスカンなんてどう? 美味しそうじゃないか」

「でも、その前にグループでバーベキューって書いてあるよ」

「そう。あえてだよ」

「……それは馬鹿というの」


 こうやって何か一緒に計画するのもいいものだ。

 我ら『一文字(仮)』の計画会議は昼休み終了の予鈴がなった少し後まで続いた。

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