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第7輪 Re

 クラスでの最初のレクリエーション当日。

 俺は珍しく考え事をしていた。もちろん、今日行われるレクだ。俺の予想が正しければ油元やつは何かやってくるだろう。


「恭平君、おはよう」

「ああ、おはよう美雪」


 気付いたら美雪が席に着いてた美雪が挨拶してくれた。俺は少し驚きながらも返す。

 その様子を見てか美雪は少しクスリと笑った。


「どうしたの? 考え事?」

「うん、今日のことでな」


 鼻先を人差し指で押し上げると美雪は察してくれたようで納得したようにうなずく。


「追い出すとか無理そうだけどね」

「あの巨体だと難しいな」


 俺が必死に押しても無理だろう。抵抗でもされたら返り討ちに遭ってしまいそうだ。

 そもそも、まともに参加してくれるかどうかも怪しい。


「自主退場か、欠席してくれると助かるんだが」

「それは難しいんじゃない? だって残りの学校生活をかけさせようとしたってことは勝てる自信があるってことでつまり──」


 美雪がそこまで言うと噂の奴が教室に入ってくる。美雪を見つけるとなると何かした。少し首を傾けただけのように見えたのだが。目が合った美雪と一緒に疑問符を浮かべた。

 すると油元から殺気を感じた。


「おはよう。恭平氏、白守どん」

「おう、おはよう翔太」

「おはよう林田君」


 挨拶にそれぞれ返すと、翔太がニヤニヤし始める。イラっとしたが、グッと抑えた。


「どうしたんだい?2人で楽しそうに」

「楽しかない。これについて2人で考えてたんだ」


 翔太にも美雪にやったようにすると声に出して笑い始めた。何がおかしい。


「それは失礼だよ。豚は意外と体脂肪率少ないんだよ? 下手すると僕ら人間の方が体脂肪率高いんだから」

「んな知識披露はいらん。本人に気付かれるぞ」

「恭平君のセリフの方が気付かれると思うんだけど……」


 美雪の言葉を受けて一瞬、油元の方を確認するといつものように音を立てて何か食べていた。どうやら気付かれてなさそうだ。

 安堵の息を漏らすと次は釖木が現れていた。


「……おはよう美雪」

「おはよう郷華ちゃん!」

「……何話してたの?」


 俺達の会話が少し聞こえていたようで興味ありそうな表情(といってもそんな感じがするだけだが)で釖木は美雪に聞く。

 すると美雪が口を開くより先に翔太が割って入る。


「恭平氏が朝から白守どんとトラブルメーカーが何か起こさないか心配してたんだよ。どうだいお嬢。1枚噛むかい?」

「何も出来ないってのが現状だがな」

「……林田、乗ったわ」


 と釖木が言うと何か手を動かし始めた。それに翔太が面白そうに頷く。

 今のは……なんだ?


「今のは一体なんだよ」

「それは僕とお嬢の秘密だよ」


 そう言って翔太はニカっと笑って人差し指を口の前に立てる。追求しようとするといいタイミングで先生が教室に入ってきた。

 昼休みに追及してやる。そう決意して日直の号令に従った。


 ***


 授業中、翔太と釖木は謎の手の動きを続けていた。

 たまに両手を使って動かしているが、ほとんど片手を使っているようだ。

 少し翔太の手を観察してみる。

 今までの感じで見ると、1本指立てて1回握って5本指立てて手を置く。また1本指立てて1回握って5本指を立てて手を置く。2本指立てて、1回握って4本指立てて手を置く。1本指立てて1回握って2本指立てて手を置く。といった感じだ。

 数字化すると1-5・1-5・2-4・1-2って事か。


 少し興味が出たので今のをノートの後ろに書き取る。すると俺の様子に気付いたのか翔太がさっきよりゆっくり目に手を動かす。

 2本指立てて1回握って2本指を立てる。次は8本指立てて握って5本指を立てる────と翔太が何かしらの法則で手を動かす

 翔太からの挑戦とみなして解読してみる。そうすると途端に2人とも何もしなくなった。ヒントはここまでってことか。


 これまでの感じからすると手を握ったあとは必ず1~5である。ということは握った後に立てた指の本数が示すのは……母音か?

 つまり、前の指の本数は子音か?

 仮説を立てて表に書き込む。濁点っぽいのはあったが半濁点と小文字は分からん。だが表は埋まった。少しやってみるか。


 5本指立てて握って1本指立てて手を置く。5本指立てて握って2本指立てて手を置く。6本指立てて握って握って1本指立てて手を置く。5本指立てて握って1本指立てて手を置く。3本指立てて握って2本指立てて手を置く。4本指立てて握って4本指を立てて手を置く。9本指を立てて握って3本指を立てて手を置く。

 どうだ?


「え?」


 返ってきたのは翔太の驚きの声だった。どうやら正解か?

 ちなみに俺がやったのは『なにはなしてる(何話してる)』だ。


「どうした林田?」

「え、いや、珍しくきょう────じゃなくて寺川君が起きてるので驚いてました」

「な」

「確かに、そうだな。じゃあ寺川、これ解いてみろ」


 覚えておけよ翔太。昼休みの釖木式デスルーレットでヒイヒイ言わせてやる!

 そう思いながら先生の出した問題を解いてやった。


 ***


「んで、結局俺の解読は当たってたのか?」


 授業の合間の休み時間に翔太に話しかける。何か考えてる様子の翔太はこちらに顔を向けた。


「うん。ちゃんと伝わったよ。『何話してる』でしょ?」

「ああ、ちゃんと伝わってて良かった」


 ノートの後ろの方に解読表を書いたのを思い出し、机からノートを取り出した。

 濁点は仮の解読状態、半濁点と『ん』と『を』、小文字化は『?』のままだがそれを見せてみる。


「見事だね。あの短時間でよく解けたね」

「翔太がわざとゆっくりやってくれたおかげで確信が持てた」

「そうかい。でも僕とお嬢が本気を出したら、もっと早いよ」


 そう言って翔太は手を開いたり閉じたりする。その速度でやられたら、確かに分からないかもしれん。


「んで、残りを今解読しようと思う」

「え? ヒント無しで?」

「ああ、もう3分あれば解ける」

「またまたぁ」


 『ご冗談を』と言いたそうな顔で翔太は俺を叩くふりをする。

 あの感じだと子音に11以上の数字は振られていないだろう。なので『わ』行のどこかに割り振られているのではないかと思われる。

 さて、いくか。


「フレミングの右手に塩酸をかけたような状態にして軽く塩を1つまみ。そして吾輩は猫であるに素数を並べてんで2つにしてマッチ売りの少女の……これにはハッピーエンドの方を使う。んで、このハンドサインの解読が完了って訳だ」

「???」


 翔太が宇宙猫みたいな顔をしてるうちに解読を進めた表を見せる。。

 『を』は10-3に『ん』は10-5、濁点は両手の人差し指を立てた状態、半濁点は『OK』の手。そして小文字化は無しといった結果になる。

 我に返った翔太が表を見るとさらに驚いた表情を見せた。


「え? 合ってるけどさ。合ってるけど、なんでそんな解き方で分かるの?」

「吾輩は猫であるは万能のカギだからな」

「いや、そうじゃなくてさ!」


 一体何に驚いているというのか。興奮気味の翔太をどうどうと宥める。


「恭平君と林田君、授業の時から騒がしいけど、どうしたの?」


 俺達のやり取りが気になったのか美雪が俺のノートを覗き込むようにして会話に入ってくる。美雪さんや、少しは俺が男ってことを認識してほしいんだが……いや、やめとこう。意識しないでおこう。

 釣られるように釖木も俺のノートを覗く。


「……すごい。完璧」

「これって、郷華ちゃんと林田君が授業中にやってたやつ?」

「さすがに白守どんも気付いてたか」

「あんなに2人とも手を動かしてたら、ね」


 美雪は苦笑しながら頬をかく。すると釖木が美雪の後ろに回って美雪をバックハグした。


「……ごめん美雪。少し時間がなかったから、こうするしかなかった」


 少し申し訳なさそう(例のごとく見た感じあまり変わらない)に言う。

 時間がないってなんのことだろうか……。


「もしかして今日のレク?」

「ご名答だよ恭平氏。友人が困ってるとなったら一肌脱ぐのがかっこいいでしょ」


 最後の一言でだいぶ台無しになったよ。と野暮なことは言わずに内心感動した。

 嬉しいには嬉しいが実際問題、もう打つ手なしだろう。


「もう今日やるんだし、難しんじゃないの?」

「そうだよな。無理しなくてもいいんだぞ?」


 心配そうに言うと翔太が人差し指を立てて横に振る。

 毎度その表情、ムカつくんだが。


「チッチッチ。僕とお嬢を誰だと思ってるんだい?」

「お嬢様とそのイス」

「失礼な! お嬢の尻に敷かれた覚えはないよ!」

「……物理的にはある」


 翔太が釖木の言葉にハッとした表情をするが、すぐに咳払いをしてムカつく顔に戻る。

 その顔じゃないと説明できんのかお前。


「お嬢様の部分は正解。僕は情報通だよ?」

「まだその設定あったんだ」

「設定じゃないって!!」


 翔太がいちいち反応してくれるのが面白い。でもいい加減、話が進まなくなるから話の腰を折るのはやめといてやるか。

 翔太は俺を軽く睨むと諦めたように息を吐き、話し始める。


「とりあえず、恭平氏と白守どんの心配するような事はないよ。なるべく穏便に済むように上手くやるよやるってわけさ」

「……計画段階での話ではそう」


 すると授業開始を知らせるチャイムが鳴る。それを合図に俺達は急いで着席する

 さっき、釖木が笑ってたような……。もしかして、な。

 心にぞわっとするものを感じながら、チャイムの残響を聞いていた。


 ***


 やっと昼休み、といっても授業ではほとんど寝てたが。先生も諦めてくれたのか起こされたり、指名されることは少なくなってきた。

 分かってきたじゃないか先生。諦めも肝心よ。


 そして、部室棟いつものところで4人揃ってそれぞれご飯を食べている。

 美雪の言ってたみんな、トンチンカントリオ(翔太命名)が声をかけていたが、美雪は断っていた。


「先生達はどうして僕に冷たいんだろう?」

「えっと、先生達は林田君に期待してるからだよ」

「そうかな?」


 とてつもなくどうでもいい話だ。しかし、美雪は嫌な顔一つせずにそれに付き合う。

 俺はその様子を見て一瞬だけ考えた。


「……いえ、それは林田が頭悪いから」

「同感だ」

「酷いよ!」


 偶然にも出した答えが釖木と揃うので同意する。翔太はそれに笑顔から少し泣きそうな顔になった。

 表情がコロコロ変わってからかい甲斐がいのあるやつだ。


「僕はこの4人の頭脳ずのーなんだから。失礼しちゃうよ」

「えー、この中だと美雪が一番頭いいだろ?」


 そう言うとみんなが冷たい目線で俺を見る。

 俺、なんか言っちゃいました?


「……嫌味?」

「そういうところだぞ恭平氏」

「え、っとあは、は」


 冷酷、野次、困惑それぞれの反応に俺は首をかしげる。返ってきたのは示し合わせたのだろうかと思ってしまうほど揃ったため息。


「よく分からんが、じゃあ6月か7月かにある中間テストで白黒付けるってのはどうだ?」

「う~ん。いいけど、なんとなく結果が見えてるような……」


 俺の提案に何とも言えない、納得できないような空気が漂う。

 授業中に寝てるだけの奴と真面目に授業を受けてるやつ、どっちが勝つなんて目に見えてる。一体何を心配してるんだか。


「……林田が赤点なのは確定だから美雪、一緒に頑張りましょう」

「うん。ここで恭平君をぎゃふんと言わせて真面目に授業受けさせないとね」

「お嬢? 白守どん? 酷くないかい? 僕だってすごい才能を」


 お前の幼馴染である釖木が言ってるんだ、これ以上説得力のある発言はない。

 泣きそうな顔で釖木と美雪(一応)に縋りつこうとするが無視されている。


「恭平氏も何とか言っておくれよ。親友の頼みだよ?」

「なぜ俺が何も言わないかは自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「そんなぁ~、ご無体な」


 こうして今日も楽しい時間があっという間に過ぎていく。


 ***


 昼休みが終わり、5時間目も特にこれといったトラブルもなく終わり、問題の6時間目。我がクラス第1回目のレクリエーションだ。

 俺と美雪は少し早めにグランドに行ってコートを書いたりして準備していた。

 36人を4チームに分けて1チーム9人。欠員が出たら試合開始前に欠員と同じ人数申告する。その人には2ライフ(1回まで当たってもOK)与えられると言ったルール。

 今のところこのルールが適応されることはない。これがいい意味か悪い意味かは言わないでおく。


 しばらくするとクラスメイトも集まってきて先生による簡単な出席確認が終わり、事前に決められたチームで分かれる。

 座席表を縦半分にして横半分にしただけのチームだが、集まるのに少しだけ時間がかかった。

 ちなみに美雪と釖木はBチーム。俺と翔太がDチームに割り振られている。


 最初はAチーム対Bチームなので俺の出番はない。

 審判でもしようかとコートに近寄ろうとすると、聞きたくもない声が聞こえた。


「待てコソ泥。ボクのチームに敗北は許されない。だからこれをやる」


 そういって玉転がし用の玉……じゃなくて油元が怪しい色をした錠剤をチームに配った。

 全員、いぶかしげな顔でそれを観察している。


「これは超合法ドーピング材ヒロシMAXだ。これで愚民の貴様らもプロスポーツ選手並みの力を得る」


 なんか1文くらいで矛盾してなかったか? ツッコミどころが満載なんだが……。


「あのさ、すごいクスリ(笑)なのは分かったが、副作用は?」

「明日には死ぬ。ボクのために死ねるんだから光栄でしょ?」

「何言ってんだ、この肉団子は……おっと、失礼」


 口が滑った。昼食ったカレーパンのせいかな? 油けっこうついてて食いづらかったし。

 油元はとぼけた顔をした俺を睨みつけている。


「そんなの飲めるわけないよ。僕らは華の高校生活始まったばかりだよ?」


 翔太に続いて他のチームメンバーが『そうだそうだ』と声を上げる。

 それに油元の顔はみるみるゆでだこのように赤くなった。


「うるさい! 飲めったら飲め! ボクのいうことが聞けないのか?」

「聞けるかドアホ。ドラ息子野郎が飲んだら死ぬんだぞこっちは」


 そもそも飲む理由はない。勝ち負けは関係ないと何度言えば……。


「まぁまぁ、分かったよ油元。うちの恭平氏も悪かったから、お詫びの印にいいものを用意したよ」


 そう言って胡散臭い表情をしながら翔太が割って入る。さっき先陣切って野次飛ばしてた癖に。


「いいものだと? お前みたいな愚民にそんなもの用意できるか」

「それができるんですとも。僕はお嬢の幼馴染だからね」


 相関性あるか? と首をかしげるが……もしかして。


「じゃじゃーん! (お嬢が)某有名スイーツ店の最高級ケーキ(に似せて作ったやつ)、ホールで用意したよ」

「ほう。気が利くじゃないか」


 俺は翔太の出した食べ物を目にした瞬間、冷や汗を流していた。本能的な恐怖があれを目にいれることすら拒否している。


「ふむふむ、匂いは……本物だな。いただくとしよう」


 嘘だろ? 明らかにヤバいやつって分かるのになんで食おうと思えるんだ?

 チームメイトのみんなもうらやましそうに見ている。しかし、ケーキを出した本人しょうたは少し震えていた。やっぱヤバいやつか。

 油元はグランドの端に行くといつの間にかいた。ボディガードだろう人が用意したイスに腰を掛け、ケーキを食べ始めた。

 恐怖でガタガタに震えるのを我慢しながら、AチームとBチームの審判に入る。


 先生が試合開始のホイッスルを鳴らした瞬間。この世とは思えない声もグランドに響く。


「あぎゃあああああああ。旨いけど苦しい。何を入れた愚民どもおおおおおおおぉぉぉぉおぉ」


 油元のいた方に目を向けると、こちらにも振動が伝わるのではないかとじたばたと暴れていた。

 異様なのはもがき苦しみながらもケーキをがばがばと食べている。なんて食い意地だ。

 なんて思いながら他の人の様子を見る。するとほぼ全員が心配そうに見ている中、一人かたなぎだけ全く違う顔を見せていた。


 それは笑顔というにはあまりにも不気味だった。

 恍惚、嘲笑、冷酷そして悪魔的すぎた。

 それはまさに悪魔、いや────魔王だった。


 殺意これをこちらに向けられなくて良かったと心の底から思った。

 しかし、面白いほど転がるなあの油元ボール


 気付くと冷静になっていることに気付く。そして今にでも吹き出そうな感情にも気づいた。しかし、今それを出すのは良くないことだ。

 その感情を懐にしまうように小さく笑みを浮かべた。


 ***


 緊急事態(事件性100%)だったので先生は救急車を呼んだり、状況を説明するのに忙しかったのでその間、俺や他のクラスメイトと協力してレクを進行した。

 欠員が出てしまってザンネンダナーと思ったが、みんな楽しんでくれた。


「どうだい? 僕達の協力技は?」


 6時間目終了のチャイムも鳴り、俺と美雪がレクの片付けをしているといつものしたり顔で翔太が話しかけてきた。その後ろには無表情いつもの釖木もいる。


「あれ、すごかったね」

「いや、まぁ、副委員長としてはやり過ぎかなと……は思うが」

「思うが?」


「めっちゃ快感だった!」


 これほど笑顔になったのはいつぶりだろうか。

 思わず、美雪と翔太と釖木とハイタッチしてしまった。

 みんなでハイタッチ(美雪は俺と釖木だけ)をした音は俺の胸に深く深く響き渡った。その時、俺の中で予感が確信と変わる。


 高校生活、再スタートの第1ページだ。

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