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84 鈴木一家

 日本語族保護局局長チャン・シュウインは、丸顔をほころばせ鈴木一家の面々を見つめた。


「いやいや、みなさん、ゆっくりしてください。なあ、ひみこさん」


 局長がひみこに向き直る。


「チャンさん、ありがとうございます」


 ひみこは日本人らしく頭を下げるが、言葉は国際共通語だ。

 二親は、自分たちが話せない言語を淀みなく語る娘を、愛おし気に見つめる。


「すごいねえ、ひみこ、共通語ペラペラだよ」

「ほーんと、俺たちの娘じゃないみたいだな」

「ねーちゃん、すごいカッコいい」


 家族の尊敬を受ける娘に、チャンも頭を下げた。


「こっちこそ、本当に悪かった……助けてやれなかった……」


 局長に助けを求める。そういう発想はなかった。そもそも、ひみこは誰にもアクセスできず、外で何か行動を起こすと、フィッシャー配下のロボットに掴まる状態だった。

 ひみこは、この男から詫びが欲しいのではない。家族のために自分のために言いたいことがある。


「チャンさん、私たちは日本人ですか?」


「そりゃあ、もちろん」


「でも母は病院で私を産めなかった。父と母はあの家を出て、ようやく病院に行けました。私は学校に行けず大人になりました」


「あ、そ、それはダヤルさんが……」


「アレックスに私を任せたのは、保護局ですよね? それに私とアレックスが出会ったのは十三歳です。この国では六歳から義務教育が始まります。なのに、私は学校に行かせてもらえなかった」


「いや、日本語族が減ったので、対応する学校がなくてねえ……」


「ちゃんと共通語を教えてもらえれば、対応できます」


「いや、日本語族は、ウシャスの脳チップと相性が悪いと言われているし……」


 ハラハラと見守っていた花子が、とうとう耐え切れず口出した。


「ちょっとひみこ! チャンさんと喧嘩するのやめな! あたしらは世話になったんだ」


「母ちゃん! 母ちゃんと父ちゃんは、もっともっと怒っていいんだよ!」


 鈴木夫妻は、チャンとひみこの共通語の会話を理解していた。

 二人も、ひみこが持っているのと同じ腕時計の「タマ」を身に着け通訳に使っていたが、ひみこの「タマ」と同じタイミングでフリーズしてしまう。

 娘と同じスキンデバイスを掌に貼り付け、外耳に小さなスピーカーを埋め込まれた。これらのアプリで彼らは外の人間と意思疎通を図った。

 ツクヨミはまだ幼いのでシステムを使えず、両親と日本語で話すだけだ。


「私はチップが着けられない。だからプレゼンコンテストを頑張っても優勝できなかった。でも、私の話を聞く人はたくさんいます。ウシャスがない人間でもわかるよう、ちゃんと教えてくれればできます」


「でもねえ、それには予算いるでしょ? これ以上、保護費を使うのはねえ……」


「勉強を教えてくれれば働けるし、保護費なんかいらなくなる。私は、この子、ツクヨミを学校に行かせる。日本語族だって勉強すれば、普通の日本人になれるんだ!」


 ひみこは、すり寄ってきた弟の頭を撫でながら、両親に怒りをぶつける。


「父ちゃんと母ちゃんだって、学校に行って外に出られれば、他の人と結婚できたんだよ! 悔しくないの?」


 が、太郎と花子はキョトンとして顔を見合わせる。


「別に他の人なんてねえ……」


「はは、仕方ねーよなー……俺たちどーせ、外、行ったって……」


 娘の頭に疑問が湧いた。なぜ親たちがヘラヘラ笑っているのか理解できない。

 この人たちは仕方なしに結婚したんだよね? この国のせいでもっといい人と結婚できる可能性が奪われたのに、人生を台無しにされたのに、怒りはないのだろうか?

 理解できない親のことは、とりあえず置いておこう。しかし、弟の人生は台無しにしてはならない。


「ツクヨミ、学校にはね、姉ちゃんよりずっと可愛い女の子がいっぱいいるんだよ。ツクヨミのお嫁さんにも会えるよ」


 うん。それが大事なんだと、学校に行けなかったひみこは痛感する。


「やだあ。ねーちゃん、およめさんなの」


 弟も納得してくれないが、それは今のうちのこと。本当に学校に行くようになれば、十四歳も離れた年増の姉なんか、どーでもよくなる。


「お願いします! ツクヨミを学校に行かせてください! 私も弟も、ちゃんと仕事をしたい。保護費を無駄遣いしてるって、バカにされたくありません」


 ──絶滅危惧種として一方的に保護されるのではなく、普通の日本人でありたい。この小さな弟と共に、最後世代の日本語族として、堂々と生きたい。


 国民のアイドルの主張に、局長は顔をしかめる。

「わかったわかった。それはちゃんとするよ。そうそう、ひみこさんへメッセージを預かってたんだ」


 強引に話題を打ち切られ、ひみこはムッとする。


「ほら、前、話した男の子、カン君から連絡が来たんだ」


 え?

 不当な仕打ちを受けた日本語族としての怒りは、たちまち消え去る。ひみこの胸に温かい何かがふわっと広がった。

 カン・シフには嫌われ軽蔑され、二度と会えないと思っていたのに。


「ダヤルさんとの結婚がなくなったから、あんたに会いたいってさ。彼は前から鈴木さんの熱心なファンだからねえ、どうかなあ?」


 花子が割り込んできた。

「やったじゃない! やっぱりカン君にしな!」


「あ、で、でも」と戸惑うひみこに、花子が畳みかける。


「あんた、さっき結婚したって言ったけど、結婚式から逃げたばかりでそんな時間ないよね。それ、ファンの誰かとメールで盛り上がったとかだろ?」


 ひみこは、バカにしていた母からの鋭い指摘に、何も答えられない。


「この子の方が絶対いいって。顔はいいし、情報工学ってよくわからないけど、頭いいんでしょ? おばあちゃんは日本語族だし、完璧!」


 母親は、娘のお見合い相手の条件を事細かく記憶していた。


 一方、太郎は花子を制する。

「ひみこはまだ十八歳だ。結婚なんてまだまだ先だ」


 ひみこの顔が見る見るうちに赤くなる。

 彼が自分を軽蔑しているにしろ、会って話したいと思ってくれている……恨み言をぶつけたいだけかもしれないが……ううん、どんな言葉だって構わない。


 会ってくれる以上、こちらも返事を出さないと。

 まず、プレゼンコンテストで助けてくれたことへのお詫びとお礼を伝えるのだ。そこから始める。

 できれば友達になりたい。同じ日本語族を先祖に持つ者同士として。

 わかっている。AIのシフとは違う。リアルの男性にいきなり結婚なんて迫ったら、ドン引きされる。


 メッセージを送信しようと腕時計を見ると、カン・シフからの最新メッセージが届いていた。

 叱られたらどうしよう? と、ひみこは不安になりつつ、メッセージを表示させた。



**************


 僕のお嫁さんへ


 ひみこさんから、たくさんプレゼントをもらいました。ありがとう。

 三倍返し、いえ三十倍にして返します。待っててください。

 ポンコツと言われないよう、がんばります。


**************



 ひみこは、フリーズした。

 嫁? 三倍返し? ポンコツ?

 AIのシフにはしつこいほど言ったけど、なぜ、現実のシフが知っている!?


「タマあああああ!」


 ひみこは、腕時計に絶叫した。猫に姉弟婚を押し付けられた時よりももっと大きな怒声が、会議室に響き渡る。怒声に反応したのか、空中に、リアルな猫の顔がポンと現れた。

 慣れた手つきで空中ディスプレイを操作する娘に、二親は感心する。


「これがタマなの? 随分偉そうになっちゃって」

「ひみこ、お前すごいことやってるな」


 が、今のひみこには、親の尊敬の眼差しに気がつく余裕はない。


「あたしがさっき、シフのAIにしゃべっていたの……まさか送ったりしてないよね?」


「メッセージに答えたんだから、送るのは当たり前にゃ。途中から、本物のカンが、答えてるにゃ」


 ・・・・・・・・・・・・嫁、三倍返し、ポンコツ、それだけではない。

 ひみこは調子に乗って、何度もキスを繰り返した……AIではない本物の男性に。


「うっきゃああああ、ポンコツAI! 空気読め!」


 ひみこには理解できない。あのシフが本物なんて嘘だ。コンテストで会った彼は、ひみこを気遣い、聴衆にひみこの状況を訴え、ひみこが日本語でプレゼンできるよう設定してくれた。

 なのに先ほど話したシフは、数秒遅れて一言返すのが精いっぱい。タマ以上にポンコツだった。あのシフが本当の人間なんてありえない。


 心あらずの姉に、小さな弟がしがみ付いてきた。

「ねーちゃん、じゃんけーん」


「ごめん、今それどころじゃないんだ」

 初めて会う弟に、ひみこは非情な宣言を下す。


「チャンさん、私、会いません! 絶対に会いません!」


「そんな~。彼、貯金使い果たしてスーパーメトロに乗って、移動中なんだよ。少しでいいから会ってあげなよ」


「無理! ムリむりムリむりムリ!!」


 ひみこは、金持ちの年寄りと婚約し、最悪な形で反故にしただけではない。

 三年前、一言二言話しただけの男の人を、ポンコツ呼ばわりし、何度もキスをした……モニターの推しにキスするのとは訳が違う。これは……変態女そのものではないか!

 一体彼は、何のために札幌に来る? プレゼント? 彼にチョコレートの一つもあげてないのに、何を三十倍に返すつもりなんだろう?

 わからない。理解できない。『大人の常識』があればわかるのだろうか?


「もう、東京に帰ろうよお!」


 まだ大人になり切れない若い女は、床に沈みまた泣き出した。

 太郎も合わせてしゃがみこみ、娘の頭を撫でる。


「もしかして、お前、そのカンって男に何かされたのか?」


 何かされたのではない。何かどころか、とんでもないことを、こっちがやったのだ。


「違うよお! でも帰る! 東京帰るの!」


「わかった。父ちゃんが、そいつをやっつけてやるからな!」


 太郎は立ち上がり、飛び出していった。


「ちょ、ちょっと待って! だめー!! 誰かうちのバカ父ちゃんとめてー!!」


 ひみこは父を追って走り出した。ただでさえ、自分の印象は最悪なのに、バカな父親のせいで台無しにされてはたまらない。

 父が彼に理不尽な暴力をふるうのだけは、やめさせなければならない!


 鈴木ひみこの頭は、日本語族の行く末よりも、久しぶりに再会した家族よりも、三年半前にごく僅かな交流をした青年との関係をこれ以上悪化させたくない、そのことでいっぱいだった。

 鈴木太郎は、娘に近づく男を追い払うため一目散に駆けだした。

 鈴木ツクヨミは、ずっと会いたかった姉がちっとも相手してくれないことが悲しくなり「ねーちゃーん」と叫び、パタパタと走っていった。

 鈴木花子は娘が条件のいい男と結婚することを望み「父ちゃん! 若い二人の邪魔するんじゃないよ!」と呼びかけ、三人を追いかけた。


 鈴木ひみこは普通の十八歳だった。

 そして鈴木家は普通の日本の家族だった。昔からあり今でもある、ごく普通の四人家族だった。

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