82 捨てられた本当の理由
2177年夏、灼熱の古都、東京──。
最後の日本語族、十三歳の鈴木ひみこは、昼間の眠りの中にいた。一方、娘の両親は、モニターの前で硬直していた。
「嘘だろ! 子供できたの?」
花子が腹をさすりながら戸惑う。
「べ、別にいーだろ。産めば、補助金増えるしな」
太郎がそっぽを向いて呟く。
「あんたはいーよ! 産むのはあたしだよ! 子供は一人でいいって最初に約束したじゃないか! なんでちゃんとしてくれなかったんだよ!」
「うるせーな! お前だって乗り気だったじゃないか!」
『おめでとにゃあ』
日本語族教育AIタマが、モニターで夫婦を祝った。
「まあ、ひみこも一人じゃ寂しーし、弟か妹でもいれば、少しは機嫌治るんじゃねーの?」
太郎が花子を慰める。
「いーけど、今度はまともなお医者さんに取り上げてほしーよ。いくらあたしらが日本語族だからって、あんなテキトーな産婆もどきのババアはごめんだよ」
「俺たちは医学や科学を信じない原始人扱いされてるからなあ」
「あんた、たまには魚釣りだけじゃなくて、その辺、偉い人に主張して!」
「どーせ、俺たちが何言ったって、あいつらにはカンケーねーんだよ」
「情けないよ。それより名前、今度は、タマに付けてもらう?」
「ひみこの時はすごいニュースがあったけど、もう日本の研究なんてやってないだろ?」
「卑弥呼様って兄弟いたのかなあ?」
「し、知るかよ、俺に聞くんじゃねえ。大体、子供、男か女かわからねーじゃん」
早くも子供の名付けで迷う夫婦に、モニターのタマが明かす。
『男だにゃ』
「へー、男かあ。あいつ、弟いじめそうだなあ」
「キャハハ、そーんな感じ、ね? あんた今からねーちゃんに負けるんじゃないよ」
花子はほとんど膨らんでいないお腹をさする。
『これで、純日本語族ができるんだにゃ』
モニターの機械音声で二親は我に返った。
「純日本語族かあ。ひみこも弟クンも、もう相手はいないよね」
「まあ、弟の方はナントカするだろ。嫁さんぐらい自分で見つけられねーのは、男じゃねえし」
「よく言うよ! あんたにそんなこと言う資格ないじゃん! 補助金目当てであたしと結婚したくせに!」
「う、うるせー! お前だってそーだろ! どーせ俺は壁ドンってキャラじゃねーしな!」
諍いを始めた夫婦に、タマが割り込む。
『鈴木太郎、鈴木花子、ひみことその子を夫婦にするんだにゃ。純日本語族が復活できるにゃ』
機械音声のアドバイスで、二親はぎょっとする。
「夫婦!? 何言ってんだ、この猫野郎は!」
「ひみこと、この子が? だ、だって二人は姉弟じゃないか!」
『日本語族は特例で、姉弟の結婚が認められるにゃ。太郎、花子、お前たちのおかげで、純日本語族がまた生まれるにゃ。めでたいにゃ』
「き、キショク悪いこと言うな!」
「そーだよ! あたしらの子供に、そんなこと、させるわけにはいかない!」
『日本語族復活のため、二人を結婚させるにゃ』
「しつけーんだよ! 大体、こっちが押し付けたって、結婚なんて本人がその気にならなきゃ無理だろ!」
『お前たちの名前は歴史に残るんだにゃ。日本語族万歳だにゃ』
「嫌だよ! 従姉弟との結婚ならまだマシだけど、そんなことのため姉弟で結婚なんて、親としてぜーったい、許さない」
「まあ、ひみこは、そんなバカなことしないだろ。あいつは俺たちと違って頭いーからな」
太郎が花子の背中をさすって慰める。
「うん……でも、あの子、今、ドロドロドラマにハマってんだよね……姉弟でデキちゃう奴」
かつて花子もそのドラマに夢中だった。今でもストーリーを思い出せる。
「弟が姉を結婚式から連れ出して駆け落ちするんだ……そのあと、姉は弟の子供を産むんだよ!」
「お、おい……まさか……」
最悪のタイミングで、モニターのチャイムが鳴った。あまり交流のない日本語族保護局の担当者が画面に登場し、事務的に二人に告げる。
『明後日、文化省文化財局のチャン・シュウイン局長が、アジア文化研究センター日本支部のアレックス・ダヤル支部長を連れて、そちらを訪問します』
「な、なんだ! 国の偉い奴が来るんか?」
「ねー、まさか偉い人、この子のこと知ってるの!? それで、ひみことこの子を結婚させるとか?」
二人は顔を見合わせた。
「花子、ここを出るぞ。ひみこは置いていく」
「……そうだね。何が純日本語族だ。そんなことのために姉弟で結婚なんてひどいこと、あたしらの子供にさせちゃいけない」
「ああ、ひみこには悪いが、あいつはしっかりしている。明日、国のお偉いさんが来るってゆーなら、そいつに任せよう」
翌朝、鈴木夫妻は、一人娘ひみこと派手な喧嘩をして、家を出た。
直後、娘は椰子の林を走り回り、父母を呼ぶ。
太郎と花子は椰子の陰から、走り回る娘を見つめていた──涙をこらえて。




