77 嬉しい再会
モーガン・ベスとは、ひみこが最初に参加したプレゼンコンテストで知り合った。札幌新都中学校の生徒だ。今は高校生だろうか。
初めてホールで会った時、いきなりからかわれた。
彼女から、何度かメッセージをひみこの公式サイトに送ったと聞いている。アレックスとの結婚話で彼女には嫌われてしまったが、それでもひみこは、もう一度、彼女と話したくなった。
「タマ、ベスから、メッセージある?」
「あるにゃ」
五つほどのリストが表示された。ひみこは一つ一つ確認する。どれもビデオメッセージだった。
『ひみこ元気~。高校で友達できてカラオケ行ったんだ。一緒に行こう』
『ひみこアイドルがんばってるね。忙しいんだね』
『ずるい~。あたしもイザナミちゃんと、一緒に歌いたいよ~』
トップアイドルのイザナミと共演したことを、ひみこは思い出し、恥ずかしくなった。同じアイドルでも、イザナミはひみことは違いちゃんとした歌手だ。
ひみこの活動の成果か、日本神話や民話から名前を取ったアイドルやグループ、ブランドが、少しずつ増えてきている。
『あたしのこと、忘れちゃった? モーガン・ベスだよ。意地悪して学校に入れなかったの、怒ってるのかな? 全然、返事こないね』
『ひみこって、金持ちのじいさんと結婚する子だったんだ。ショック。でも、おめでとう。幸せにね』
大分前だが、ひみこはスタッフに、ベスからのメッセージがないか、何度か尋ねた。なぜ彼らはないと言ったのだろう?
その意味を考えてもわからないが、今は謝りたい。
「タマ、あたし返事する!」
先ほど返信を試みた時と同じように、メッセージの下の小さな赤い丸が点滅した。
「にゃあ、ひみこ、しゃべるんだにゃ」
配信は慣れているが、それとは別の緊張感が走る。
なぜならひみこは、はじめて友へメッセージを送るのだ。
『ベスへ。ずっと返事しなくてごめんなさい。メッセージの管理はスタッフさんに任せていました。ベスからのメッセージに気をつけるよう言っておくべきでした。カラオケ行きたいです。イザナミと次に共演したときちゃんと歌えるよう、練習手伝ってくれると嬉しい。えーと、タマ、トメテ!』
タブレットのモニターでは、ひみこをデフォルメしたアイコンがフラフラと、モーガン・ベスの名に吸い込まれていった。
「へへ、これでベスに届いたんだよね」
ひみこの胸は、メッセージを送る前よりドキドキしてきた。
……返事……できれば欲しいけど……まだかなあ、あはは、何秒も経ってないじゃん!
知らなかったとはいえ、ひみこはベスにどれほどひどいことをしたのか理解した。たった今、ボイスメッセージを送ったばかりなのに、もう返事が欲しくて仕方ない。
ベスはこんな辛い思いを繰り返した。一度もひみこから返事がなかったのに。
時間にして一分も経ってなかっただろう。が、ひみこには恐ろしく長い時間に感じられた。
ベスの名が点滅を始めた。
「通話だにゃ」
「うそ! すぐ繋いで!」
タブレットには、時計台で哀しい別れをした友が映っていた。
「ひみこ、三年待ったよ! 遅いって」
赤髪の少女は泣きながら笑っていた。
ひみことベスは、これまでそれほど言葉を交わしたわけではないのに、長年の友のように語り合う。
どうしても、ひみこの結婚の話題は避けられない。
「結婚って、ダヤルさんに脅されたんだよね?」
グッとひみこは言葉を詰まらせた。
「ベス、そういうことは聞かなくていいのよ」
タブレットから、覚えのある声が聞こえてきた。
「ハーイ、ひみこ! 元気そうね」
画面に小太りの若い女性が現れた。
「あ、グエンさん!」
もう一人、若い男性が登場した。
「僕のこと、わかるかな?」
「リー先生! どーしたんですか?」
最初のプレゼンコンテストがきっかけに知り合った三人が集まっていた。
ベスは、時計台でひみこと別れてからも気になり、リー・ジミーにコンタクトを取る。彼を通じてグエンと知り合った。
グエン・ホアは政府の高官だが、アレックス・ダヤルに抵抗した彼女には何の権限もなかった。
どうにもならないが、せめてひみこが本当に幸せなのか一目見たいと、三人は結婚式を挙げる教会の近くまで来た。が、沿道はマスコミそしてひみこのファンで埋め尽くされ、近寄れない。
結婚延期の知らせがひみこの肉声と共に配信され、三人ははじめ戸惑うが、すぐ安堵の微笑みを浮かべ顔を見合わせた。
三人が教会に一番近いグエンの自宅に集まったところ、ひみこからボイスメッセージがベスに届いた。
「あたし『お金目当てなんだね』ってひどいこと言ったけど、ひみこ、今から思うと全然楽しそうじゃなかったよね」
「え、えーと、でも、アレックスが一人ぼっちで可哀相と思ったのは、本当だよ」
「可哀相なだけで、セックスできるの?」
「やめて! 気持ち悪いこと言わないで!」
友のストレートな言い方に、ひみこは顔を赤らめる。グエンが割り込んだ。
「ベス、ひみこには男の子の友達もいないのよ」
「だってグエンさん。結婚ってそーいうことでしょ? もしかして、ひみこ、何も知らなかった?」
「私だってそれぐらい知ってる! アレックスがそんなつもりだと思ってなかっただけ」
「やっぱりひみこ、わかってない。男はね、百歳になっても男なの! それぐらい大人の常識でしょ?」
成人になったとはいえ、ひみこは大人の常識を認めたくなかった。
盛り上がっているティーンエージャー二人に、グエンが大人の威厳を見せた。
「ベス、やめなさい。ひみこ、大人の常識はこれから学んでいけばいいよ。ね、ジミー君?」
女たちで盛り上がっている中、ようやく若い男が切り出した。
「鈴木さん。中学に行かせてあげられなくてごめんね」
「リー先生、気にしないでください」
「今度は大学を目指してみない? 正規の学校に行けなかった子どもたちが、大学を目指すスクールがあるんだ。ウシャスが使えない子も通ってる。ベスみたいに鈴木さんと同じ年の子もいるよ」
大学……それもひみこにとってはドラマの世界。
「リー先生、ありがとうございます。私、働かないといけないので……」
「働きながら目指す子もいるよ。夜間スクールがあるんだ」
「ジミー君、その話はまた後にしようよ。ひみこさんは、これから……お父さん、お母さんに会うんでしょ?」
グエンに促され、ひみこは押し黙ってしまった。
「そうか。怖いよね……じゃ、私が持ってるお父さんお母さんの映像、一つしかないけど送る……大丈夫。それを見て勇気を出してほしいんだ」
ベスは、もっとひみこと話したいと主張したが、グエンに窘められ通話は終わった。
タブレットで『グエン・ホア』の名前がピカピカ光っている。
「タマ、グエンさんのメッセージ出してみて」
「にゃあ、一個だけあるよ」
『鈴木夫妻面会』の文字が光っている。
「ごめん、前の画面に戻して」
ひみこのこれまでの知り合いリストをもう一度見た。他にコンタクトを取るべき人はいないだろうか?
アレックス・ダヤル
チャン・シュウイン
フィッシャー・エルンスト
グエン・ホア
カン・シフ
リー・ジミー
モーガン・ベス
アレックス・ダヤル……それはあり得ない。彼に連絡を入れるならずっとずっと先だ。
フィッシャー・エルンスト、グエン・ホア、リー・ジミー、モーガン・ベスとは話したばかり。彼らとこれ以上コンタクトを取るなら『親に会ってから』だ。
カン・シフ……チャン局長が勧めてくれたひみこの夫候補だが、文字情報しか知らない。祖母が日本語族なのが気になるが、それ以上の感情はない。大体、アレックスとの結婚でもうこの話はなくなった。
やはり、日本語族保護局長、チャン・シュウインにコンタクトを取るしかない。
ひみこはタマに「グエンさんのメッセージ出して」と告げた。
タブレットの『鈴木夫妻面会』の文字が光り、ひみこが良く知っている中年男女が現れた。




