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76 メッセージアプリの使い方

『やめてください!』


 タブレットに表示されたのは、先ほど全力で逃げた相手、フィッシャー・エルンストの顔だ。


「やだあああ! あたしは結婚しないの! アレックスはいいって言ってくれたの! お金ならがんばって返します!」


 ショッピングセンターのバックヤードに、甲高い日本語の絶叫が響いた。


「ひみこさん、落ち着いてください。もうわかってます」


 少女は「いやだあ!」「あっちいってえ!」とぎゃあぎゃあ騒ぐが、フィッシャーに宥められて、何とか自分を取り戻した。


「いいんですか? フィッシャーさん、私とアレックスが結婚しないと意味がないって……」


「……アレックスは、あなたよりもずっと相応しい相手を見つけました。仕方ありません」


 ひみこの顔がパッと明るくなった。


「やっぱりアイーダさんと結婚するんだ」


 ひみこは結婚式の直前、教会の控室で、アレックスの元恋人のアイーダと言葉を交わした。

 女優はひみこよりずっと背が高く一七五センチはある。お互いの頬にキスをしていた二人は……似合いのカップルに見えた。


『彼の妻が存在するなんて許せないの』


 アイーダは意地悪そうに笑っていた。彼女に悪意は感じられなかったが、その様子は寂しげで、ひみこは(この人、本当にアレックスが好きなんだ)と、切なくなった。

 四年前、アレックスから、恋人と正月を過ごすと聞いた時、気持ち悪く感じたが、大分、嫌悪感は薄れた。

 二人が結婚するのは素敵なことだと、ひみこは思う。

 が、フィッシャーは否定した。


「結婚するとは聞いていません! それはどうでもいいことです!」


 なぜかひみこは怒られた。アレックスがアイーダと結婚するかしないかは、確かに今はどうでもいいことだ。


「ひみこさん、そんなことより、公式サイトのメッセージ送信設定を勝手にいじらないでください」


 まとめてメッセージに返信する仕組みは、フィッシャーたちが考えたようだ。

 彼の目的はわかったが、ひみこは納得できない。


「ま、待ってください! 私はちゃんとみんなに返事がしたいんです」


「何万件来ていると思ってるんですか! 全部に返事していたら、何日徹夜したって終わりませんよ」


「そ、そうだけど……私は、自分がやったことは最低と思ってます。でも……先祖の日本語族全てが最低とは思われたくないんです」


「それは、あなたが戻ってから伝えたらどうでしょう?」


「戻ってから?」


 ひみこは、ショッピングセンターのスタッフが届けてくれたパイナップルジュースを飲み込んだ。


「『近いうちにちゃんとみなさんの前に出て、話します』と言いましたよね」


「はい。そのつもりですが……」


「……とりあえず、あなたが余計なことしないように設定を変えます」


 タブレットの画面から湧き出るメッセージが消え、人の名前が表示された。


 アレックス・ダヤル

 チャン・シュウイン

 フィッシャー・エルンスト

 グエン・ホア

 カン・シフ

 リー・ジミー

 モーガン・ベス


「あ! みんな私の知っている人だ」


「両親に会うなら、まずチャン局長にアクセスすべきです」


 ひみこは、アレックスが『保護局からのメッセージは先に見た方がいい』と言ったことを思い出す。


「それと邪馬台国についてもっと勉強したいんですよね?」


 ひみこはコクンと頷く。確かに教会で宣言した。現実には厳しいと思っているが。


「ひみこさんが両親と面会できたら、我々に知らせてください。アジア文化研究センターの職員に採用します。あなたの日本語講座を再開しましょう」


「え、ええええ!」


 ひみこは口に含んだパイナップルジュースを吹き出しそうになった。


「ただしあなたの給料は、アレックスのいたホテルの一泊料金よりずっと少ないので、注意してください」


 ひみこにとって夢のような話だ。が、気がかりなこともある。


「アレックスは、私が戻っても大丈夫なんですか?」


 元婚約者が支部長というのは、結婚式をあのように逃げ出した身としては、いくら和解したとはいえ気まずい。


「彼は、ネパールに異動になりました……安心しましたか?」


 ひみこは首を振るが、内心ほっとする。


「フィッシャーさん、何でこんなに良くしてくれるんですか?」


 金髪の中年男は生唾を飲み込み、ゴーグルを外した。義眼が埋め込まれた顔をひみこに晒す。

 グラスの奥に隠された目は、ロボットのフィッシャーと同じで茶色いが、もっと小さく目尻が垂れていた。

 ひみこは、ロボットに転送されたフィッシャーの顔には見慣れていたが、ロボットの彼はもっと目つきが鋭かった。

 彼は頭を無言で垂れ、その後、ゴーグルを装着した。


「見苦しい物を見せて失礼。今までのこと、本当に申し訳ない」


「あ、それはいいんです。でも見苦しくないですよ。フィッシャーさんって、可愛いんですね。ゴーグルない方がイケてます」


「はあ!? 可愛い!? やめてください! この義眼は安物で何も見えません」


「そうだったんですか? 全然わからなかった」


 言われなければ気がつかないぐらい、義眼はフィッシャーに馴染んでいた。人の好いおじさんの顔だ。ひみこはここに来て、彼のゴーグルの意味を理解した。


「へへ、フィッシャーさんって優しいんだ」


 しかしフィッシャー・エルンストは、またロボットに戻ってしまった。


「優しさではありません。ひみこさんの雇用はセンターの利益になります。あなたの配信料は重要な収入源です。就職希望者も増えます」


 ロボットの言葉でますますひみこは顔をほころばせる。


「そうなんだ! 私、みんなの役に立てるんだ!」


 ひみこは、可哀相と言われるより、利益になると言われる方が嬉しくなる。可哀相な日本語族ではなく、普通の日本人として認められた証だから。

 フィッシャー・エルンストはゴーグルをクイっと上げた。


「これは私の意志ではなく、アレックス・ダヤルの希望です」



 フィッシャーとの通信を終え、ひみこは再び公式サイトのメッセージ管理画面に向き直る。

 嫌なメッセージも見るべきだとひみこは思ったが、この場はフィッシャーたちに甘えることにした。

 また画面にポツポツと新たなメッセージが表示される。フィッシャーがセレクトしたひみこの知り合いからではなく、一般人からだ。


『ひみこちゃん、グッジョブ!』

『変態じじいから逃げられてよかった~』

『ひみこちゃん、じーさんより、俺と結婚しよ~』

『日本語講座、待ってるね』

『ひみこ、クールだよ』

『ひみこのヤバイ歌、クセになる、どーしてくれる?』


 ──あれ? 何かさっきと違う。もしかしてこの人たちって、応援してくれるの?

 ひみこがポカンと見つめていると、メッセージはまとめられ移動する。


『ありがとうございます。鈴木ひみこをこれからもよろしくお願いします』


 自動的に返事が送信された。


 ひみこの目にうっすら涙がにじみ出た。

 結婚式をひどいやり方で逃亡したのに、それでも味方がいるのだ。


「ごめんね。もう少しだけ待っててね」


 親のことが決着したら戻るから。

 次のステップに進もう。アレックスの言葉を思い出す。


『保護局からのメッセージは先に見た方がいい』


「じゃあ、タマ、次は……」


 ひみこが知っている数少ない人たち……この中でまず見るべきはチャン・シュウイン保護局長からのメッセージだ。


「タマあのね……ベス! ベスからメッセージ来てない?」


 ひみこが選んだのは──モーガン・ベスだった。

 保護局からのメッセージを読めば、両親の手がかりにつながる。

 だが、今のひみこには、そこまでの勇気がなかった。

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