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75 お手紙の返事

最終章は十話となる。ここでは、アレックス・ダヤルの元から逃げた鈴木ひみこのあとを追う。彼女が選んだ花婿、そして鈴木ひみこの両親が娘を捨てた本当の理由について語る。

 ひみこのエアカーはホテルを出たものの、東京ではなく、出発地のショッピングセンター屋上に戻った。


 東京に行って親を待つと決め、漠然と札幌の雪空を飛んでいたが、朝から五時間、何も食べていない。ひみこは「タマ~、お腹すいた~、トイレ行きたい~」とギブアップする。

 ひみこのリクエストに答えたタマは、エアカーのフロントウィンドウに、近くのトイレ・飲食店・エアカー用駐車場を表示させた。

 大量のアイコンは手助けにならず、空腹のひみこは思考を放棄し「面倒だから、元に戻ろう」となった。エアカーの場合、駐車場に勝手に停まるわけにいかず、管理人に連絡を入れる必要がある。


 無事、屋上に着陸し車のドアを開けると、店長をはじめショッピングセンターの管理スタッフが五人ほど待機していた。

 店長が、最上階のバックヤードにある管理事務所へひみこを案内した。


「鈴木様、申し訳ございません。今、あなたが店内を歩くと騒ぎになります。必要な物はこちらでオーダーしていただければお届けします。お手洗いもバックヤードのをご利用ください」


 店長から注文用のタブレットを渡された。

 なるほど、これで空腹は満たせそうだ。が、ひみこが欲しいのはそれだけではなかった。


「服も欲しいんです。このメイドコスプレじゃ目立つんで」


「いくつか見繕って、適切なサイズのをお持ちします」


「あの……しばらくいてもいいですか? あと、こういうメッセージを表示する何か……やっぱ空中ディスプレイだと見にくいんで」


「色々大変でしょうから、サポートさせていただきます。メッセージの表示は注文用タブレットをご利用ください。設定させていただきます」


 店長がタブレットを操作している間、別のスタッフが進み出た。


「エアカーは返却されますか? 待機させると料金が発生します。必要ならもう一度、手配しますので」


「じゃ、返します」


 エアカーのレンタル会社はショッピングセンターにあるため、手続きはスムーズに済んだ。



 ということで今ひみこは、ショッピングセンターの事務所にいる。

 結婚式から逃げ出したアイドルがその辺をウロウロすれば、騒ぎになるのは間違いない。

 注文した食事と服を待つことにした。買い物手続きも少し面倒だったが、スキンデバイスで決済できるようになっていた。


 窓のない打ち合わせ室。硬い椅子が四脚と無地のテーブルが置いてあるだけ。

 アレックスと暮らしたホテルの椅子やテーブルはもちろん、研究センターの打ち合わせ室に比べても、貧相なことは間違いない。


「でも東京の家には、まともな椅子もテーブルもなかったよなあ」


 この五年近く富豪と暮らし、贅沢に慣れてしまった。大豆ミートの夕飯だって、多分、上質な食事なのだろう。

 それでも……アレックスとの結婚は考えられない。


「じゃあ、タマ、作戦練るか」


 東京に戻って親を待つ。が、親にそれを伝えるにはどうしたらいいか? アレックスは、ひみこのIDを解放し、誰にでも連絡ができる、と教えてくれた。


「そういえば、公式サイトのメッセージも見られるって言ってたっけ。タマわかる?」


「にゃあ。出したぞ」


 注文用タブレットに公式サイトの管理画面が表示される。

 自分のサイトなのに今まで見ることが許されていなかった。ひみこの胸が自然に高鳴る。

 モニターに、リアルタイムで送られたメッセージの一覧が表示される。文字だけ・音声だけ・ビデオ……中には「ウシャス」通信もあった。


「ウシャスは、あたしには見られないメッセージだね」


「ビデオに変換できるみたいにゃ」


「確かにこれ、全部見るの大変だなあ」


 ひみこは、おびただしい量のメッセージから、自分の日本におけるポジションを理解した。まさに自分は「国民のアイドル」だ。

 メッセージをいくつか表示させた。


『やっぱ日本語族だね』

『結婚式を逃げ出すなんて最低!』

『お金だけもらってサヨナラなんだ』

『メンタルやばくね?』

『ダヤルさん、利用するだけ利用してポイってやつ?』

『日本語族、全滅した理由、ナットク』


 ──なるほど。ひみこは、スタッフがメッセージを見せなかった理由を理解した。


 ひみことしてはどうしようもなかった。ただ傍にいるだけの結婚ならよかったが、本当の結婚はしたくなかった。でもアレックスは解放してくれない。ロボットに監視されている。

 今から思うと、結婚式場で婚約破棄を宣言する手があったが、あの時はアレックスが恐ろしく、本物の彼の前でそんな行動を取る勇気はなかった。

 しかし、そんなことを知らない人たちからすれば、おじいさんを騙して利用して逃げる卑怯な女……そう思われても仕方ない。


 辛いのは、『日本語族だから』『全滅したものナットク』といった非難だ。

 鈴木ひみこ本人が卑怯者と思われるのは仕方ない。しかし、何のとりえもない最後の日本語族がやらかした失態が、先祖の日本語族全てのイメージに結び付けられるのは辛い。

 それに、まだ全滅していない。

 最後の日本語族であるひみこがいなくなれば、全滅する。が、ひみこ一人が生きている限り、日本語族はまだある。どんなに長くても百年だろうが、全滅はもう少し先だ。


 メッセージの一覧が不思議な動きを始めた。一部のメッセージがまとめて右上の一角に格納され『みなさまにご心配・ご迷惑をおかけして申し訳ございません。』という文字列がポンと表示された。


 メッセージ群の動きを見つめているうちに、意味がわかってきた。非難メッセージに対し自動的に公式サイトから返事をしているのだ。

 が、どんなメッセージに対しても『ご心配・ご迷惑』と返すのはどうなのだろう?

 結婚式を逃げ出すのは、確かに自分でも最低だと思う。でも、過去の日本語族全てを否定されるのは違うと言いたくなる。


 札幌に移って五年近く、先祖である日本語族について学んだ。先祖は、日本語族以外の語族を差別し、国内だけではなく外国でも戦争を起こし、良いことばかりしてきたわけではない。

 日本語族をどう評価したらいいのか、ひみこはわからない。


 ただ……憲法改正前の国歌をはじめ、ひみこには理解できない難しい言葉の歌を誰もが覚えていることは、すごいと思う。

 それと、東京にいたとき見たドラマは、みな面白かった。先がどうなるか気になって仕方なかった。札幌に来てからのドラマはインタラクティブ……ウシャスのないひみこに楽しめないものばかり。たまに一方通行のオールドムービーを見ることもあるが、退屈で面白くない。

 東京に戻ったら、姉と弟のドロドロ恋愛ドラマの続きを見たい……そう、ご先祖様は面白いドラマをたくさん作っていた。

 歌とドラマ。少なくともその二点については、先祖を尊敬できる。


 動くメッセージの群れを見て、ひみこはモヤモヤしてきた。


「タマ、これ、あたしが自分で返事したいなあ」


「難しそうだが、やってみるにゃ」


 と、メッセージの一つ『やっぱ日本語族だね』が拡大された。


「タマ、やるじゃん。やっぱりパワーアップしただけあるね。で、返事はどうしたらいいのかな?」


 文字の下の小さな赤い丸が点滅を始めた。


「にゃ、これで今しゃべれば、相手に聞こえるぞ」


「タマすごいよ! できるじゃん!」


 よし返事するぞ! と、ひみこが大きく息を吸った瞬間、中年男の怒鳴り声が鳴り響いた。


「やめてください! せっかく自動応答設定したんだから、邪魔しないでください!」


 ゴーグルを掛けた金髪男の顔が、タブレットにデカデカと表示された。

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