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63 バージンロード

 教会の控室前の廊下で、何人ものスタッフが出入りを繰り返す。

 慌ただしい中、花嫁姿に変身したひみこが女優アイーダに手を取られ、控室から現れた。

 裾がふんわりと広がったドレスに長いベール。ひみこの長い髪はアップにまとめられている。

 メイク係たちが二人を見守り、手を振った。


「じゃあ、みなさんもありがとう」


 アイーダは、メイク係たちに笑顔を返した。花嫁は緊張のためか、それどころではないようだ。

 向こうには、グレーのモーニングに身を包んだ背の高い男が待っていた。

 思わず女優は息をのんだ。やはり彼には、王者の風格がある、と。彼の血筋も育ちもプリンスそのものなのだ。

 アイーダの胸に、かつての思いが膨らみかけるが、今はそれに囚われてはいけない。

 彼女を、この小さな花嫁を、昔の恋人に託す。それが自分の役割なのだ、と、言い聞かせて。


「アイーダ、君がメーキャップしてくれたのかい?」


「ドレスもベールも替えたわ。あのままでは貧相でみっともないもの」


 ひみこは、自分で選んだドレスとは別のドレスを身に着けた。

 愛らしいプリンセスラインの裾がふんわり広がっている。大きなティアラから長いベールが美しく広がっている

 アレックスは笑うが、花嫁は何も反応を返さない。

 男は微笑を消し去り、少女を気遣った。


「大丈夫か、ひみこ? アイーダに何かされなかったかい?」


 男がベールを取り除こうとしたので、アイーダはその手をぴしゃりと叩いた。


「やめなさい! 花嫁のベールを取るなんて! あなたの神様はなんて言うかしらね」


「それもそうだ。アイーダ、君のメーキャップの成果は、神の許しを得てからじっくり鑑賞させていただこう」


「ありがとう。式の直前まで、私が着いていたいの」


「いいのかい?」


 アレックスはかつて愛した女を気遣う。


「ええ、友人としては、あなたにもあなたの妻にも、幸せになってほしいのよ」


 見つめあうかつての恋人たち。

 が、そこへドタドタと男が駆け付けてきた。


「アレックス!」


 声を張り上げたフィッシャー・エルンストが、新郎に掴みかかろうとした。そこへアイーダが割って入る。


「騒ぐのをやめなさい、ここは厳粛な教会よ……あら、イイ男じゃない」


 女優はゴーグルを掛けた男の両頬を掴むように触った。

 フィッシャーは突然の事態に硬直する。


「あ、あなたは、アイーダ……」


「アーン。君は女神の新たな下僕に選ばれたようだね」


「ねえアレク。この人、借りていいかしら?」


「借りるなんていわずに、飽きるまで好きにすればいい。君の過去の男たちほど名は知られていないが、五年近く上司だった僕が保証するよ。彼は君に相応しい。ああ、特定のパートナーはいなかったよね」


 秘書はアイーダに頬を挟まれたまま、無言でコクコク頷く。


「ふふ、じゃ、一緒に二人の結婚式、見守りましょ?」


 アイーダはフィッシャーと腕を組む。秘書はただ口をパクパクさせるだけだった。



 パイプオルガンの音が聖堂を満たす。

 赤いビロードが敷かれたバージンロードを、二人はゆっくりと進む。ひみこが何度も繰り返したリハーサル通りの動きだった。

 参列者は多くないが、アレックスの父のパレオロゴ一族に、ダヤル社の幹部など、錚々たる顔ぶれだ。

 誰もが二人の歩みに注目する。

 錚々たる顔ぶれの一人アイーダは、片時も二人から目を離さず顔をこわばらせている。傍らの新郎の秘書は女優に腕を絡めとられ、石像になっていた。



 バロック音楽と衣擦れの音が響く厳かな空間。

 新郎新婦の前に立つ司祭。愛の尊さを説く声が参列者の耳に染み渡る。


「アレッサンドロ・ダヤル・パレオゴロ、あなたは、病める時も健やかなる時も、鈴木ひみこを愛することを誓いますか?」


「誓います」


 背筋を伸ばしてアレックスは堂々と宣言する。


 司祭がひみこに向き直る。


「鈴木ひみこ、病める時も健やかなる時も、アレッサンドロ・ダヤル・パレオゴロを愛することを誓いますか?」


 その瞬間。アイーダが、そしてフィッシャーが注目する。


「誓いません」


 か細い声だった。


「鈴木ひみこ、今、何と?」


 司祭が問いただす。


「誓いません」


 同じ声で繰り返された。

 静寂だった教会にざわめきの波が押し寄せる。

 アイーダは固唾をのんで見守った。


「ひみこ! 何を言うんだ!」


 大きな花婿が小さな花嫁を睨みつける。


「私はあなたを愛していません」


 ざわめきの高波が教会を襲った。


「ふざけるな!」


 アレックスはひみこの肩を掴んで揺さぶった。


「なっ、こ、これは!?」


 彼が掴んだ腕の違和感に気がつく前に、目の前にあった花嫁は表皮の色を消した。


『キケンサッチ。キケンサッチ。カイジョ。ログアウト』


 ゴロン。ティアラがビロードの上に転がり鈍い音を立てた。

 宣言したのは、花嫁衣裳とベールをかぶる、水で膨らんだゴム風船だった。

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