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62 花嫁と昔の恋人

 四月。北海道の開拓時代に建立された赤い屋根の教会。

 この日、あるカップルの結婚式のために貸切られた。そのカップルとは、世界的IT企業ダヤルの御曹司アレックス・ダヤルと、最後の日本語族、鈴木ひみこ。

 日本のトップアイドルが、スポンサーである富豪と結婚する。爽やかな祝福を受けるカップルではないが、ある意味マスコミを喜ばせるカップルだった。

 教会の周りに、ゴシップチャンネルの取材陣が集まる。

 待ちかねていた取材陣の上に、雪が降りてきた。

 四月の札幌の降雪は、今世紀になって初めての気象現象。このスキャンダラスな結婚より、ずっとニュースバリューがある。



「ひみこ、必要な物は現地で買えばいい」


 ホテルで旅行の仕度をする花嫁に、アレックスがアドバイスする。

 ひみこは着替えや細々としたトラベルグッズ、そしてロボット・パーラまでケースに詰め込む。


「ロボットまで持ち込んでどうする? どこのホテルにも置いてあるだろ?」


 アレックスが荷物を減らすよう促しても、ひみこは首を振った。


「わかってるよ、僕の天使。好きにしなさい。と……そろそろ出発だ……花嫁がそんな荷物を運ぶ必要はない。ポーターに運ばせよう」


「ま、待ってアレックス。できれば、この子も一緒に式に立ち会ってほしいの。私が連れて行きたい」


「この子って……わかっているよね? 人格を転送しない限り、車輪をつけたゴム風船だって」


「私の親は私を捨てた。私は学校に行っていないから友達がいない。教会の参列者は、アレックスの知り合いばかりだ。お願い」


 花嫁となる娘は頭を何度も垂れて、花婿に縋った。男は娘の額にキスを送る。


「……悪かった……これからは、君にも友達ができるように、考えるから……」


 大きなスーツケースを引きずったひみこは、アレックスの後ろについてホテルの廊下を進んだ。

 猫の眠る腕時計をしっかり左手首に着けた。


 エアカーでひみことアレックスは教会に向かう。地上を見下ろすとすでにマスコミが取り囲んでいた。


「アレックス、教会の敷地に着地できる?」


 ひみこは心細げに尋ねた。


「僕らは結婚するんだ。コソコソ隠れる必要はない。せっかく集まってきたメディアの皆さんへサービスだ。アーン! 着陸は教会前に変更だ。頼むよ」


 教会で待ち構えたスタッフは、突然の変更に慌てて、マスコミ避けのバリケードを歩道に設置した。

 二人を乗せたエアカーは、浮遊する報道カメラの群れを散らし空中で静止した。

 即席のらせん階段がシュルシュルと伸び、歩道に設置された。

 大きな荷物を抱えたひみこをアレックスが支え、ゆっくり階段を降りる。

 二人の前に、フワフワと羽を着けた小型カメラが集まってきた。蜂の群れに囲まれたかのよう。

 浮遊するカメラの後ろ、バリケード越しにリポーターたちが構える。


「今のお気持ちは?」「一言を!」


 代わり映えしない質問に対し、アレックスはひみこの肩を抱き寄せて微笑みを返す。


「聞くまでもないだろう? 僕らは最高にハッピーだ」


 ひみこには微笑む余裕もない。

 リポーターの喧騒を背中にして、二人は教会の敷地に入っていった。

 すると扉の前に、豊かなドレッドヘアを揺らした女性が立っていた。


「ハーイ、アレク。本当に久しぶり。相変わらずセクシーなこと」


「アイーダ……まさか君が来るとはね」


 男はかつての恋人の出現に、呆然と立ち尽くす。


「あら、ついでよ。この先、十勝でロケがあるの。北海道の開拓がブームでね、私は牧場のメイドよ」


 男一人を囲む二人の女。修羅場が展開されるのでは? と、ますますリポーターたちは喜んだ。



 教会の控室で、花嫁、花婿、そして花婿のかつての恋人が視線を交わしている。

 アレックスとアイーダは抱き合い、互いの頬にキスを交わした。

 若い新婦は二人をじっと見つめた。


「二人はマッチしてますね」


「ああ、ひみこ、大丈夫よ。アレクはあなたのものだから」


 アイーダは、アレックスの腕を取って、外に追いやろうとする。


「ねえ、ここから先は女同士の話し合いよ。あなたは出て行って」


「アイーダ、君は素晴らしい人だ。でも僕らはもう終わっている。それは君が言い出したことだろう? 今の僕は、ひみこを愛しているんだ」


「わかってるわよ。私はただ、友人の幸せを祝福に来たの。友としては、彼の妻がどういう人か気になるの。ね?」


 アレックスは結局アイーダの迫力に押され「頼むから、彼女を問い詰めないでくれ」と言い残し出ていった。



 控室に、最後の日本語族と世界的大女優が向かい合う。


「あなた、アレクを愛しているの?」


 ひみこは質問を返した。


「アイーダさんこそ、アレックスを愛しているんですか? アレックスの妻になりたいのですか?」


「きゃはははは、嫌だわ。アレクも言ったでしょ? 私たちはとっくに終わっているの。だって、あの月面日食ツアー以来、会ってないのよ」


「わかりました。アレックスと結婚する気がないなら、出て行ってください」


「ええ、あなたが本気でアレクを愛しているってわかればね」


 女優の大きな眼が少女を捉える。

 ひみこは無言で頷いた。


「ふふ、ひみこ。私は二回、花嫁になったからわかるわ。あなたは今、身も心も、早く彼に抱かれたくて、情熱を持て余しているんでしょう?」


「キショイこというな! アレックスとエッチなんて、考えたくない!」


 思わず日本語で叫んでしまった。口を押えてももう遅い。目の前の女優に日本語が分からなかったとしても、嫌悪感は伝わったはず。


「……やっぱり、あなたはアレクを愛してないのね」


 アイーダに絡めとられるように見つめられ、ひみこは動けなくなった。

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