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52 提案への回答

 その夜の食事は、いつもと同じ大豆ミートだったが、重々しい雰囲気が漂っていた。

 重い空気に風を吹き込んだのは、ひみこだった。


「アレックス、私、カンさんに会ってもいいです」


 繁殖生物だとアレックスに指摘され、ひどくプライドを傷つけられたひみこだったが、冷静になれば、そう悪い話ではないと思えてきた。

 結婚すれば、親は会ってくれる。相手がいないならともかく、こんな自分と結婚してもいい男がいるなら、考えてもいいかもしれない。


「なんだって! まさか君は日本政府の思惑に屈するというのか!?」


「どんな人かあれだけでは判断できません。会わないとわからない」


「会う必要なんてない! いいか? どんな人間かわからないというのは、相手の男も同じだ。なのに君と結婚したいというのは、政府の日本語族保護費目当てに決まってるじゃないか!」


 ひみこの胸に棘が刺さる。

 自分になんの魅力もないことはよくわかっていた。今、日本のアイドルと化しているのは、最後の日本語族の自分が可哀相なだけ。結婚相手としては、何のメリットもない。

 いまだに国際共通語もうまく話せないし聞き取りもおぼつかない。美人でもないしスタイルも女らしくない。何より……両親が見捨てるほど可愛げのない子供だ。

 取り柄は、日本語族に支給される保護費だけ。


『あたしだって、イケメンに壁ドンされたかったよ!』

『うるせー、俺だって、毎日味噌汁作ってくれるかわいー嫁さん欲しかったよ』


 毎日罵り合ってた父と母。保護費がないと生きていけないから、仕方なしに結婚した二人。もし、チャンが決めた相手と結婚すれば、そんな未来が待っている。

 軽蔑すべき両親の姿を自分の未来と重ね合わせ、ひみこは静かに泣き出した。


「かわいそうに! 君は愚かな両親に会いたいから迷っているんだね?」


 ひみこは泣きながら頷く。


「ああ、そんな悩まなくていいよ。君が両親と会うためには、このままでは政府の指定する保護費目当ての男と結婚しなければならない。でも、僕は君を不幸にしたくないんだ」


「ありがとう。アレックス」


 男は姿勢を正し、青い双眸で少女を捕らえた。


「いいかい? よく聞くんだ。これがね、君を唯一幸せにする道なんだ」


 ひみこは泣くのをやめた。この富豪が自分のことを気の毒に思ってくれるのは助かっている。

 彼はこれからひみこが一人でも生きていけるようなプログラムを組んでくれるのでは? ダヤル財団の仕事を紹介してくれるのでは? と期待する。

 が、彼の提案は、ひみこの予想を裏切る。


「君は僕と結婚するんだ」



 結婚? アレックスと?

 ひみこは、耳を疑った。自然に首を振って否定の意志を伝える。


「ゆっくり考えればいいよ」とアレックスは言い残して、自分の寝室に去っていった。




 ひみこはアレックスには感謝していた。両親に捨てられた自分、彼がいなければ外の世界のことを知ることもなかった。

 しかし、感謝と結婚は別だ。


 翌朝、ひみこはプロポーズの返事をした。


「アレックス、私は感謝しているけど、結婚はできません」


「ひみこ、君が戸惑うのも無理はない。でも考えてごらん? 僕が君の保護費目当てではないことはわかるだろう?」


 そこは素直に頷く。こんな豪華なホテルで暮らす彼にとって、彼女の保護費などなんの足しにもならない。


「アレックスには、恋人がいるんでしょう?」


 四年近く前、彼は恋人と一緒に月食を見に行った。相手は世界的な女優アイーダ。


「彼女とは終わったよ。気になるかい?」


「だって最近……アイーダに会いたいとか、彼女を呼ぼう、とかブツブツ言ってるよ? 本当はアイーダが好きなんでしょ?」


 一瞬、アレックスは眉毛をピクっと動かすが、すぐ笑顔に戻る。


「あはは、今からヤキモチかい? かわいいね。大丈夫だよ。ラニカはきっと喜ぶから」


 アレックスからその名は何度も聞かされた。ロボットと通信事業で財をなした、偉大なる技術者で実業家だ。


「うそだよ! あなたのお母さんが、許すはずないって!」


 ひみこは確信していた。そこまで偉大な母親が、滅びゆく種族である無力な子供との結婚なんて許すはずがない。自分とアレックスでは全く釣り合いが取れない。あらゆる面で。


「そうだ、ひみこはラニカに会ったことないね」


 少女は大きく頷いた。彼に引き取られての四年間、彼の口から偉大な母の名が出なかったことはない。母親の映像は、フィッシャーの授業で見たことがあるが、直接会ったことはない。


「お母さんは、アレックスが私を引き取ること、反対しなかったの?」


「ラニカは僕の決断にノーと言ったことはないよ……そうだ、母に君を会わせよう」


 リビングのモニターにアレックスは顔を向ける。と、そこに、彼に似たインド系らしい女性が現れた。

 六十代ぐらいだろうか。授業で見た映像と同じだ。

 ハっとひみこは息をのみ、唇をフルフルと震わせた。


「アレク、久しぶり、あら? その子はひみこね! あなたが育てている可愛い子。いつも見ているわ。この前は泣き出しちゃったわね。大丈夫かしら?」


 突然、話しかけられ、ひみこは硬直した。

 自分はこの人に会ったことがない。なのにこの人は、自分がアレックスに育てられていること、そしてプレゼンコンテストの醜態まで知っていた。

 プレゼンコンテストは中継されていたが……ああ、そうか、この世界はそういう世界なんだ。

 ひみこは、何か覚悟を決めたように大きく頷く。そして震えながら切り出した。


「あ、あの……私は、鈴木ひみこ。ダヤルさんは私の保護者です。私はダヤルさんに感謝しています」


 アレックスがひみこの小さな肩を抱き寄せた。


「聞いてよマンマ。僕は、ひみこにプロポーズしたんだ」


「まあ、なんてこと! あなたの口から『プロポーズ』なんて言葉、初めて聞いたわ。私は今、一番、幸せよ。で、あなたの可愛いひみこから、いい返事はもらえたのかしら?」


「今、がんばっているところだよ」


 母と息子は笑顔を交わす。その傍らで少女は震え、二人を見つめるだけだった。



 短いやり取りが終わり、アレックスはひみこに向き直る。


「ラニカはね、君の配信番組を欠かさず見ているんだ。喜んでくれてよかったよ」


「そう……でも、お母さん、結婚式には出られないよね……」


 恐る恐るひみこは尋ねる。聞いてはいけないことを尋ねる。


「そうだね。彼女はダヤル本社の相談役で忙しいからね」


 ひみこは、四年間共同生活をしてきた男を見つめた。

 自分は親に捨てられた。生意気な娘だったから。自分も親をバカにしていた。お互い軽蔑しあうだけの関係だった。

 でも、目の前の男は違う。

 彼は母を尊敬し愛し、そして……母も、息子を愛している。

 お互いが愛し合っている親子。何もかも鈴木家とは違うダヤルの二人。

 なのに母は息子の結婚式に出られない……こんな可哀相なことがあるのだろうか?


「私、アレックスと結婚する」


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