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45 国民のアイドル

 コンテストの帰り、ひみこは時計台に挨拶する。


「えへへへ、あたしもがっかりちゃんの仲間入りだ」


 少女は時計台の白い木肌の壁をなでて頬を寄せる。今回、ずっと付き添っていたアレックスは、静かにひみこを見つめていた。

 銀杏が色づき始めた通りを、二人は何も語らず歩いていった。



「ひみこ……プレゼンテーション・コンテストは、今回で終わりにしよう」


 ホテルに戻るなり、アレックスは宣告する。


「どうして? 確かに私は、今回忙しくて時間がなかったけど……違う、他の子の方がずっと忙しい。私と違ってみんな学校に行ってるから」


 パッと少女は顔を上げた。


「でも私は三位になった! 去年と比べればよくなった! 審査員の先生が言ってた。私でしか語れないことを主張するんだって……だから、次はもっと上に行ける」


 今は、具体的にどうすればよいか見えない。が、優勝に近づいたのは間違いない。

 少女が希望に黒い目を輝かせているのに対し、男はその青い目を曇らせた。


「ひみこ、今の君は、ただの日本語族ではない。誰もが知る存在となった……それがこの審査結果なんだよ」


 ひみこは、自分が、かつてドラマで憧れていた「ゲーノージン」の仲間入りをしたことを自覚していた。だから、面倒でも、アレックスが勧める装着が面倒なスーツを着けてサングラスを掛けている。それでも、わかる人にはわかり、声を掛けられる。一度、時計台の前で嫌がらせを受けたが、今は、そのようなことは減った。

 ダヤル財団や政府主催のイベントでも歓声を受け、握手を求められる。


「……私はこの結果に納得している。悔しいけれど、確かに私は、教えてもらったことを、ただ並べただけだった」


 アレックスはひみこの黒い髪を手に取った。


「いいかい? 君は日本中の注目を浴びている。そんな君が優勝したら、審査に不正があったと疑われるだろう」


「え! どうして!?」


「もちろん、そういうことはない。が、そのような勘ぐりをする者は必ずいる。一方、君が入賞すらできなかったら、全国の君のファンが黙っていないだろう。その意味では、君が三位に入賞したことは、誰もが納得できる結果だ」


「う、うそ……では、私が三位になれたのは、私の力ではないということ?」


「そうは言ってない。僕は君の努力を知っている。本当にこの二年間、君の進歩は目覚ましい」


 黒い目が陰りを帯びる。


「わかるかい? 君がプレゼンテーション・コンテストにエントリーすることは、それだけで混乱をもたらす。君が優勝しても優勝しなくても」


「待ってよ! アレックスが勧めたのに? 私、来年もがんばる。誰もが優勝だと納得できるプレゼンをすればいいんでしょ?」


「君の目的は、両親を見返すことだったんだろう? ああ、相変わらず彼らは何も言ってこないが、今の君を見て、さぞ悔しがっているに違いない」


 ひみこは、このところ、親のことは考えないようにしていた。今回のプレゼンテーションで、親の話を最小限度にとどめたのは、それもある。

 肩を落とした少女を、アレックスが抱き寄せた。


「僕はね、もっともっと大きな舞台を君に用意してあげる。だから、子どもが出るコンテストのことなんか忘れるんだ……そうだ! がんばった君のために、水産研究センターで、ディナーにしよう! オマール海老のビスクの豊かな風味を味わってほしい」


 その夜、ひみこは、これまでに味わったことのないグルメを堪能した。

 向かいの富豪は、いつでも、このこってりしたスープを味わえる。脳のチップに記憶できる……少女は、自然、魚介類の豊かな風味を噛み締める。

 その所作は、二年前、アレックスが出会ったころに比べると洗練され、彼女はどこに出しても恥ずかしくない令嬢だった。



 アレックス・ダヤルは約束通り、ひみこに大きな舞台を用意した。トップビューを誇る配信番組への出演、有名アーティストとの共演、文化大臣との対談……まさに彼女は国民のアイドルだった。

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