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43 卒業

 大統領直轄部局の日本語族保護局へも、鈴木ひみこについて問い合わせが集まる。

 ひみこは、センター内部で収録した映像を配信する、という形でしか露出していなかったが、日本政府の要請があり、徐々に一般参加型の講演やイベントに参加する。ライブ配信も行われた。


 ひみこは、最後に残された日本語族として、精力的にこなしていった。

 テーマは、ひみこが関心を持つ邪馬台国や三国志だけではなく、日本語の講座、日本文化や古代以降の歴史など、多岐にわたった。

 テーマの全てにひみこは積極的な関心を持っていたわけではない。

 が、イベント参加者から「禅について知りたい」「忍者やってみたい」とリクエストがあれば、フィッシャー先生をはじめアジア文化研究センターの力を借りて、リクエストに答えた。



 ひみこが初めて時計台の隣のホールで表舞台に立ち一年が経過する。

 初夏の台風は北海道まで来襲し、生暖かい風が吹き荒れる。

 ひみこは習慣のように、ウィザード・ローブに身を包み、サングラスをして時計台まで走った。


「へへ、相変わらずがっかりしてるね」


 白い壁をさするのも、いつもの習慣。が、背後から突然、声を掛けられた。


「ひみこ!」


 知らない人に呼び止められることが多くなった。ここまで全身を覆って顔を隠しているのに、なぜわかるのか不思議だが、サングラスをかけたまま笑顔を作ってひみこは振り返る。


「あ……」


 声の持ち主を見たひみこは、思わず顔を背け、立ち去ろうとした。

 赤い髪と茶色い瞳がまぶしい。

 新都中学校、女子中学生のうちの一人が立っていた。


「ま、まって! 謝りたいの!」


 泣きそうな声で呼び止められ、ひみこは脚を止めた。


「ごめんね。あたし、ジミー先生がいなくなっちゃうのがショックだったの。よく時計台に来るって聞いたから……あたし、昨日、中学卒業したの」


 サングラスを外してひみこは首を傾げた。


「卒業?」


「うん。六月だもの。あ、たまに三月卒業の人もいるみたいだけど」


「そうなんだ。……昔は三月が卒業だったから……」


 ひみこが知っているドラマの卒業とは、三月。もうすぐ咲きそうな桜の木が蕾を膨らませる季節のできごとだった。


「いやだなあ。昔って、あたしと同じ年じゃない」


「私は、昔の人間なんだ。百年とか二百年前のドラマばかり見ていたの」


「へー、どんなドラマ?」


 が、ひみこは顔を赤らめた。彼女が見させられたドラマは、姉と弟が結ばれるといったドロドロ系のラブロマンスが多い。


「わかった! セクシーなドラマでしょ?」


「ち、違うって!」


「ひみこって、すごーくわかりやすいもん。ねえ、どんな感じ?」


「し、知らないって!」


 追及され仕方なしにひみこは「姉と弟でエッチしちゃうとか」とポロっと白状すると「うわああ、見たい見たい!」など、ひとしきり盛り上がる。


「そういえばさあ、あの高校生の彼氏とはどうなの? 遠距離恋愛?」


「え? ああ、あの人ね」


 この二年近く、何も知らされていない。あの人にとって自分はたまたま助けただけの人間、それでひみこは満足していた。ときどき思い出すだけで幸せな気持ちになれた。


「先生にメッセージ送信は頼んだけど、それきり」


 女子生徒はバツが悪そうに顔を見合わせる。


「だ、大丈夫だよ。ひみこは札幌のアイドルなんだから、そのうち、クールガイから誘われるよ」


 赤髪の少女は、落ち込んだひみこを何とかしようと思ったのか「今からカラオケ行こうよ!」と提案する。


 カラオケ? 今の時代でもあるんだ。とひみこは心が湧きたつ。

 ドラマでしか知らないスポット。

 今のひみこが知っている歌はないだろうが、彼女が歌っている様子を見るだけでも、楽しそうだ。


 しかし、それは許されなかった。

 二体のロボット・パーラがどこからともなく現れ、ひみこの両脇に立ち、両腕をそれぞれから掴まれる。


「そうだよね。ひみこって、芸能人みたいなもんだし」


 突然のボディーガードの出現に、中学生はあっさり納得した。


「そうだ、アドレス教えるね。まだ名前言ってなかったね。モーガン・ベスっていうの」


 ベスが、ペンダントを取り出した。

 が、フィッシャーの声をしたロボットがそれを制す。


「いえ、鈴木ひみこの個人アドレスは公開していません。公式サイトにお願いします」


 ベスは「じゃあ、そっちに何かあったら送るよ。元気でね」と手を振る。

 ひみこもお返しに手を振った。



 ホテルに戻ったアレックスに、ひみこは問いただす。


「私にはアドレスないの?」


 ロボットがどこからともなく出現したり、人格を転送したり、時計台の周りの超高層ビルを消したりできるのに、ひみこには専用の電話もなく、緊急通報の手段もない。

 ベスと何か話したくても連絡手段はない。

 何度かファンからの応援メッセージを見せてもらった。ロボットに人格の一部を転送してくるファンもいる。しかし、ひみこが本当に会いたい人、話したい人からのメッセージを見せてもらったことがない。


「君への連絡は、すべて公式サイトで受けることになっている」


「では、その問い合わせを見せてください」


「たくさん問い合わせが来るから、君一人では対処できない。それに……君には見せられないひどい誹謗中傷もあるからね……アーンたちに任せておけば安心だよ」


「あ、あの……その中に中国地方の高校生から私宛にメッセージなかった?」


 二年前、直接メッセージを送る手段がないひみこは、当時教師だったリー・ジミーに託した。何らかの返事が来てもおかしくない。

 アレックスがギロっと睨む。


「……今の君に、ボーイフレンドとデートする暇はあるのかい?」


「そうじゃないよ! お礼の伝言を頼んだから、返事あるかなって」


 男はふいっと首を反らし「アーンには言っておくよ」と答え、自分のベッドルームに引きこもってしまった。



 その後、何度かひみこは、アレックスやフィッシャー、そして研究センターのスタッフに、自分宛てにメッセージが届いていないか聞いたが、みな首を横に振るばかり。

 友達になれそうなモーガン・ベス、コンテストで助けてくれた少年、何かと気に掛けてくれた前の保護局長グエン・ホア、教師リー・ジミー……そして、ひみこの両親からも何もアクセスはなかった。


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