41 日本の三国志
ひみこは、アレックスの指示に渋々従い「ウィザード・ローブ」と名付けられた商品を、外出時に着ることにした。全身を黒いタイツで身を包み、アウターはまさに昔の魔法使いらしい黄土色の頼りないローブだ。
「銃やナイフで襲われたら危ないだろ?」
そう言われてひみこは恐ろしくなり確認する。もしかして「この日本」では銃が合法化されたのでは? と。ひみこが知ってる昔の日本とは違うのだ。
「この日本」でも銃の携帯所持は違法とされていると知り、安心する。
ウィザード・ローブを着て走るのは、苦しい。インナーのタイツはびっちり張り付いてくるし、アウターのローブは袖も裾もぶかぶかして、スポーツにはまったく向いていない。
それでもひみこは、毎日時計台まで出かけ、その白い壁にそっと手を添える。
十五歳の誕生日には、煮込んだビーフシチューを味わった。
鈴木ひみこは、望み通り「有名人」となった。が、有名なのは自分自身ではないと、ひみこはよくわかっていた。
今までひみこは、自分と同じ名前の女王を中心に勉強を進めていたが、男らに絡まれてから、これまで以上に国際共通語、特に発音の改善に取り組むようになった。
ホテルのスタッフにこちらから声をかけ、挨拶だけではなく、流行りの音楽やファッションといった話題をふってみる。ベッドメーキングの方法を聞く。変わり映えしない食事についても、ドレッシングの材料などを質問する。
日常会話は着いていけるようになった。
しかし、それだけでは駄目なのだ。次のプレゼンテーション・コンテスト。優勝は無理でも、もう少しいい評価が欲しい。こちらには脳情報通信装置ウシャスが使えないハンディがある。
「フィッシャーさん、卑弥呼の墓に行ってみたい。勉強のためです」
いつもの学習時間、ひみこはフィッシャー先生にお願いする。
するとフィッシャー先生は「直接モードへシフト」と謎の音声を放って、数秒固まった。そして、再び動きだした。
いつものフィッシャー先生より厳しい口調で話し出した。
「わかってますよね? あそこは札幌からハイパーメトロで三時間はかかります。長距離移動は交通費もバカにならないし、何よりダヤルのイメージダウンにつながります……アレックスから聞かされてるでしょうが」
でもアレックスは、月食やら日食やらで外国どころか月に行ってるんだけど……ひみこは納得できないが、引き下がる。彼は特別な人だ。ラニカ・ダヤルという、すごい人の息子だ。
「では、バーチャルツアーで構いません。方法を教えてください」
「それなら現地のセンターに担当がいるので、彼女に繋ぎます」
一時間後、ひみこは、邪馬台国女王が眠る墓について、モニター越しに学んだ。
王墓の奥に石室があり、七十代女性の全身骨格が見つかったこと。中国の皇帝から授けられた「親魏倭王」の金印が見つかったこと。その皇帝が魏の実質的建国者、曹操の孫、魏の二代皇帝曹叡だったことから、彼女が邪馬台国女王であると決定づけられた。
「中国では有名な三国志の時代なんですよ。卑弥呼の使いが渡った魏の国はその一つで、一番力があった国よ」
担当者は自慢げに話す。が、ひみこは三国志、と言われてもよくわからない。
「三国志知らない? 三人の皇帝が同時に現れた時代はそれまでになかったの。日本でもよく知られていて……関帝廟には、三国志の英雄、関羽が祀られているけど、日本中にあるんです」
担当者の母は、日本ではさほど珍しくない中国出身だ。
対話が終わり、ひみこはフィッシャー先生に、日本に伝わる三国志のドラマがないか調べてもらった。
江戸時代には三国志の小説がよく読まれ、庶民の誰もが英雄たちの活躍に胸を躍らせていた。
二十世紀になると、三国志を元にしたゲームがヒットし、中国では今も映画が作られている。
「インタラクティブムービーもたくさんあります」
フィッシャー先生に言われたが、ウシャスのチップを装着できないひみこは楽しめない
映画はともかく、ひみこは思わぬ勉強成果に満足した。自分と同じ名前の女王による絆が、今も残っていることを知ったから。
ひみこの興味は、自分の名前から始まり、今は同時代の日本の歴史だけではなく、隣の大国、中国の古代まで広がった。
バーチャルツアー、といってもウシャスが使えないひみこは、モニター越しに動画を眺めるぐらいだが、横浜や神戸をはじめとした関帝廟を見学する。古い物は三百年前に建立されたが、今世紀に入りさらに増え、現在、各都道府県の主要都市で英雄関羽は祀られている。
世界は広がる。過去にも未来にも。小さなホテルの一室に閉じ込められた自分だけど。
AIの「鈴木ひみこ」ではない、本物の鈴木ひみことして、プレゼンテーション・コンテストで成果を出すのだ。
『スズキサンハツヨイ。ヨワクナイ』
コンテストで助けてくれた彼を思い出す。中国地方の高校生と言っていたから、そう簡単には会えない。でも……次のプレゼンテーション・コンテストで会えるのでは?
ひみこにとって、いつしかそれも一つの目標となっていった。




