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40 眠る上司

「アレックス! 申し訳ありません。ひみこさんを危険な目に遭わせて!」


 フィッシャーは支部長室に大急ぎで駆け込んだ。

 が、アレックスは、ソファに沈み、手を組み長い脚を交差させ、満足気に眠っている。


 フィッシャーは、街中に配備された監視カメラから通知を受け、周辺のロボットを遠隔で起動し、彼自身が直接ロボットに指示を出した。


 この上司が来日してから、本来業務である日本文化研究は全く進んでいない。上司お気に入り娘の教育や警備に奔走する日々。

 そうやって何とか危機を乗り越えた報酬は、上司の寝顔。


 が、フィッシャーはさほど落ち込んでいなかった。上司のこの姿は見慣れている。この人、何しに律儀に事務所に毎日通っているんだろう? との疑問を抱きつつ、事務的に「失礼」と、踵を返した。


「やあ、アーン」


 背後から声を掛けられフィッシャーは「あ、起こしてすみませんでした」と軽く詫びた。


「ありがとう、ひみこを守ってくれたね。さすが、君の部下たちは優秀だ」


「……アレックス、見えていたんですか?」


「彼女の脳はわからないが、彼女に貼り付けたスキンは見えるからね……はは、そんな顔するな。いくら僕がひみこの保護者だからといって、始終監視しているわけではない。ただ何かあればアラートが直接、ここに来るだけだ」


 アレックスは黒いくせ毛を指に巻き付け笑った。


「そ、それなら……なぜ私に指示をしなかったのです?」


 眠りこけているなら仕方ないと諦めもつく。が、気づいてたくせに高みの見物? こっちは会議を抜け出して対処したのに、と、フィッシャーは納得できない。


「アーン、彼女の警護については君を信頼している。確実なのは、人間であれ警護用ロボットであれ、常に見守ることだ。でも、ひみこは嫌がるだろ?」


「そうですね。あんな目にあっても、まだ外に出たいようで……サングラスごときで顔を隠せると思っている」


「好きにさせればいいさ。それにしても君の部下は優秀だね。警察との交信画像まで偽造し『ウシャス』を脅しに使うとは」


「実際『ウシャス』を上手く使えば、グロテスクな映像を脳に直接届けられますから……そんな法律違反しませんが」


「彼らが都市伝説を信じてくれて、何よりだ。ダヤルは政府公認でサイバー攻撃を行っているとね……僕らは大航海時代の私掠船かい?」


 フィッシャーは、この人仕事は全然しないけどそれなりの教養はあるなと、感心する。


「アレックス、あなたはむしろ、警察を避けてますよね」


「ひみこを警察に関わらせたくないからね」


「なるほど」


 フィッシャーはそれ以上追及しなかった。そもそもこの上司、最初の出会いで、勝手に人の脳のネットワークに侵入して秘密を暴いた人だ。警察の世話にはなりたくないだろう。


「監視・警護のロボット・パーラを区内に増やすよう、本社に要請します」


 札幌の主要なビルには、ロボット・パーラをケースに格納し配備してある。

 ひみこのためではなく、ダヤル社の社員を守り助けるためだ。社員の危機を察知すると、ケースから自動的にロボットが立ち上がり駆け付ける。


 鈴木ひみこの監視は、ダヤル社が配備したロボットを利用したに過ぎないが、アレックスの意図を受け、監視プログラムが強化された。彼女が誰かと接触すれば、周辺のロボットが立ち上がるよう設定されている。

 この研究センターには権限も予算もないので、ロボットを増やすには本社に要請するしかない──と、フィッシャーは提案する。が、アレックスは拒んだ。


「必要ないよ。ま、物理攻撃だけはどうにもならないから、一人で外出する時は、ダヤルのウィザード・ローブを着てもらおうか。本社で新製品のモニターを募集している……コマーシャルになるだろ?」


「その辺のボディアーマーよりずっと防御力がありますからね。が、全身を布で覆うあのデザインはどうでしょうか? ひみこさんはいつも、もっと短いスカートやパンツはないの? と言ってます」


「あははは。確かに彼女のすらっとした腕と脚は魅力的だ。ま、それは僕だけの楽しみにしておくよ」


 十四歳の子供に何を言ってるんだ、とフィッシャーは呆れたが、それより気になることがあった。


「アレックス……なぜ、ひみこさんと合体させたAIを作ったのですか?」


 支部長はソファに寝そべったまま笑みを浮かべる。


「……少しは財団も潤っただろ?」


「おかげさまで、助かっています」


 フィッシャー自身は最近関われていないが、ひみこの配信広告料のおかげで新型の発掘用地中探査機を購入できた。


「なんてね。単に僕が作りたかっただけだ。彼女の望みを叶えるには、それが一番早いからね。愚かな彼女の両親に、哀れだった彼女がどれほど素晴らしい少女に成長したか、見せつけたい」


「そうですか。ひみこさんの両親は、今ごろ、娘を立派に育てたあなたに、感謝してますよ」


「ははは、君は本当に、親に大切にされて育ってきたんだね。でも子どもの成長を憎む親もいるんだよ。君には信じられないだろうが」


 秘書は上司の言葉を信じたくなかった。自身の親が自分を愛していたことは確信している。何十年も前に、この世から消えた親──。


「……疲れたから、もう休むよ」


 アレックスは眼を閉じ、手を腹の上で組んだ。


「……ただ眺めているのも心配でしょうし、疲れますよね」


 フィッシャーは、あからさまな皮肉をぶつける。


「眺める、というのは本当に疲れるものだよ、アーン。脳の力を無限に引き出すウシャスは何でもできる……でも人間のエネルギーは有限だ。だからウシャスはむやみやたらに発動しないよう自動的に制御されている……大変なことになる……僕はよく知っているんだ……だから、眠らせてほしい……」


 男はほどなく静かに寝息を立てた。

 フィッシャーはそっと支部長室のドアを閉じた。


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