38 合成された最後の日本語族
この章で、鈴木ひみこが、いかにして日本のトップアイドルに上り詰めたか述べる。
ある日、ひみこはアレックスに誘われ、彼のオフィス──アジア文化研究センター日本支部を訪ねた。
このオフィスには、いい思い出がない。あの古代エジプトVRを体験させられた恐怖が蘇り、ひみこは体をぶるっと震わせる。
アレックスは「大丈夫だよ」と、ひみこの肩を抱き寄せ励ました。
一階の開放的な打ち合わせ室で、フィッシャーの他、知らない人たちが待っていた。
床に、すっかり馴染みになったロボット・パーラのケースが置いてある。
少女に小さな疑問が沸き起こるが「さあひみこ! 君の成果を披露するよ!」と、アレックスに促され、疑問は消えてしまった。
この場を従える王者は、ゆっくり瞬きをした。
と、ケースがパカッと開き、薄いローブを羽織ったゴム膜が膨れる。
たちまち色づき、一人のアジア人の少女の顔が現れた。
「え! これ、あたし?」
ひみこは目をキョロキョロさせ、アレックスやフィッシャー、それに初めて会うスタッフたちの顔を見回す。
「そうだよ、ひみこ。君のプレゼンテーションの動画を元に作ってみたんだ」
アレックスが得意げに、ひみこを宿したロボット・パーラを指し示す。
「みなさま、おはようございます。私は、鈴木ひみこの代理です。今後ともよろしくお願い申し上げます」
それは正しい日本語だった。同時に、共通語の字幕が空中に表示される。
「私は、最後の日本語族です。東京に生まれました。東京は、皆さんご存じかもしれませんが、五百年間も日本の首都でした……」
アレックスは満足げに微笑んでいる。フィッシャーは大げさに頷いている。ロボットの動作で気になるところを、グラス・ウシャスに記録させる合図だが、ひみこは、なんか大袈裟に首を振っているな、と思った。
自分そっくりの人形が自分とほとんど変わらない声で、およそ自分らしくないキャラクターをやっている、という気落ち悪さを、ひみこは感じた。
ひみこの分身は、両手をかざし、空中に、魏志倭人伝の本文を、邪馬台国女王の墓を、多摩川を、表示させる。
ひみこは、中国の歴史書に、自分と同じ名前の女王のことが書いてあった、ことは知っていた。
しかし分身が語ったのは、かつて日本国内に、卑弥呼の都がどこか、激しい論争があったこと、その決め手になったのが、ちょうどひみこが生まれた年に発見された邪馬台国女王の墓だったことを、淀みなく語る。
ほとんど、彼女にとっては初耳だった。
ロボットは、ひみこの身の上を語る。
「私は、両親の愛に包まれて育ちました。家にはいつも笑いがたえず、昔のドラマを見て感想を言い合ったりしていました」
(嘘だ! あたしはそんなこと言ってないし思ってない!)
ひみこの分身は、三人だけ残された日本語族が、悲惨な環境の中でも支え合う健気で涙を誘うストーリーを語る。
物語はクライマックスを迎える。
「ですが、私は決意しました。いつまでも両親に頼ってはいけない。だから、父と母が止めるのも聞かず、家を出て一人で生きることにしました。でも、一人になって初めて、両親の愛がわかりました。父と母は、今でも遠くから私を見守ってくれます」
(やめて! あたしは追いだされたんだよ! あいつらが大嫌いで憎くて許せなくて恨んでるんだ!)
分身は俯く。涙こそ出ないが、声色には涙が滲み出ている
「みなさま、本日はご清聴ありがとうございました」
ひみこを宿したロボット・パーラは、深々とお辞儀をした。
「素晴らしい!」
アレックスが手を叩く。フィッシャーは、他のスタッフに合図を送っている。受信グラスに記録した気になる点をスタッフの脳内チップに送信する。
この場の王者は、ひみこの肩を抱き寄せ「全ては君のおかげだよ」と、頬にキスを送る。
が、彼女はそれを拒む。
「これ、私ではありません!」
「ひみこ、当たり前じゃないか。君と同じものを作っても仕方ないだろ?」
アレックスの青い眼がキラッと光る。口元にたたえている王者の微笑み。
「そ、それって……私は、意味ないってこと?」
「違うよ。君は素晴らしい存在だ。が、人間の優れた点は、道具を作り自身の能力を分化させることにあるんだ。道具は、人間の脳だけでは賄えない膨大な記憶力と計算力を有する。しかし、君が経験した壮絶な人生は、君だけのものだ。これらを融合させることで、人々をさらなる高みに導くことができるんだよ」
アレックスは、打合せ室に広大な草原と青空が広がっているかのうように振る舞う。
ひみこは親指の付け根を押して通訳アプリを起動させたが、それでも彼の言葉がわからない。
「……それに、君はVRに行くことはできない」
男の声が一段と低くなる。
VR──ここではウシャスの力で作られる世界。ひみこを拒絶する世界。
「私はウシャスが使えない。VRのゲームや映画や博物館は行けない。でも普通の映像で勉強はできるし、今みんなと話している」
アレックスが瞼を伏せる。
「僕はね、言葉だけ、文字だけ……それに中国や日本の黒インクだけで描かれた古い絵も好きだ……しかし残念なことに、大衆はよりわかりやすい表現を好む……だから、インタラクティブムービーが残り、オールドムービーは一部のマニアだけのものとなった……そして感覚に訴えるのにVRは優れている」
VR古代エジプトの世界では、ひみこは一分と生きていられなかった。
「君の存在を広めるには、VRに行くしかない。今回は、君にわかりやすくするためロボットに転送させたけど、この彼女は、VRで大いに君の代わりを務めてくれるよ」
「え? では、この子は昔のエジプトに行けるんですか?」
「あはははは、エジプトだけではないよ。銀河の中心、マントルの中、天使の楽園、魔法使いの森……彼女はどこへだって行けるんだよ」
アレックスが笑えば笑うほど、ひみこは寂しくなった。
作られたこの子は、宇宙のどこにでも行ける。
でも自分の行動範囲は札幌のホテル周辺。たまにアレックスに連れられて、郊外の牧場にいってステーキを食べるぐらい。こちらに移って北海道から出たことがない。
「リアルでもVRでも、彼女をダヤルの主催するイベントに出演させるよ。世界中に配信すれば、いやでも君の両親の目に映る。これほどまで成長した娘を捨てたこと後悔するだろう」
親が後悔する?
自分は自分の力で、来年のプレゼンテーション・コンテストにエントリーして優勝を目指す……でも一年待たなければならない。
あの合成された自分は、自分ではない。が、顔と声はそっくりだ。それに……悔しいけど、自分より共通語も、そして日本語もきれいに話す。
札幌から出られない自分に比べて、宇宙のどこにでも行ける「あの子」
もし、親があれを見れば──
ひみこはアレックスに共通語で「お願いします」と頭を下げた。




