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35 通学

 いつも通り、夕方、アレックスはホテルに戻る。

 いつも通りなら、ひみこはリビングで「どうでした?」と行儀よく聞いてくる。

 が、その日はいつも通りではなかった。

 パタパタとひみこが走って、アレックスに飛びついた。


「アレックス! 私は学校に行くの!」


 ひみこに飛びつかれるのも、これほどまでの笑顔を向けられたのも、アレックスは初めてだ。


「君は、両親を見返したいんじゃなかったのかい?」


「はい。来年のプレゼンテーション・コンテストは、失敗しないようにがんばります。学校に行ったら、もっとたくさんのことが勉強できます」


「……僕とアーンが提供するプログラムでは足りないと?」


「あ……ううん、そんなことはありません。でも、学校には私と同じ年の子がいます」


「そうか……あの男の子には会えたのかい?」


 がばっとひみこは、アレックスから離れ、顔を赤らめた。


「な、何言ってんだよ! あの人は関係ないって!」


 思わず日本語を口走る。


「気にすることはないよ。君だって女の子だ。ボーイフレンドが欲しいのは当然だよ」


「違う! そんなんじゃない!」


 アレックスは、真っ赤になって叫ぶ少女の様子がおかしく、優しく見つめていた。



 ひみこは待った。学校からの連絡を。

 が、一週間経っても二週間経っても、何も知らされない。

 リー・ジミー先生の様子だと、今すぐ通学できるような話だったのに……。

 

「あっ! そうだよ どうやって連絡が来るんだろう?」


 ひみこは、ドラマの人々のようにスマホは持っていない。恐らく、この左手に貼り付けたシートがスマホなんだろう、と思い至った。

 学校の先生が連絡したくても、たとえば……こちらの番号みたいなものがわからないと、連絡しようがないかもしれない。

 ひみこ自身もその「番号みたいなもの」を知らない。



 思い立ったひみこは、もう一度、ジョギングをして中学校に立ち寄った。直接会って聞けばいいのだ。まだ時間がかかるなら、連絡手段を確認すればいい。

 門のボックスのパネルに話しかけた。

 この前と同じようにパネルが輝き、ネコ顔が「何か用ですか?」と尋ねてくる。


「あ、鈴木ひみこです。えー……リー・ジミー先生はいますか?」


「リー先生はしばらくお休みです」


 唯一手がかりとなる先生が休みとなり、ひみこは途方に暮れる。


「あ、あの……私は、学校に通いたい。連絡を待ってます」


 ネコ顔の動きが止まった。と、数秒経過し、また動き出す。


「鈴木さん、連絡はずいぶん前にダヤルさんにしましたよ」


 顔はそのままだが声は変わった。ひみこはその声に聞き覚えがある。あの校長先生だ。


「そうなんですか! では、私、もう通えるんですね」


 ひみこは、顔をほころばせる。


「いえ、残念ですが、鈴木さんは、普通の中学の勉強にはついていけないと思われるので、お断りさせていただきました」


 喜びは一瞬でかき消された。

 何を言われているのかひみこは理解できず、親指の付け根を押して通訳アプリを起動する。


「……鈴木さん、あなたみたいな特殊な子、私たちもどう引き受けたらいいかわからないし、他の生徒さんへの影響も考えると……今まで通りがいいと思います」


「私、がんばります! それにリー先生が、勧めてくれました」


「リー先生は、新都高校に転勤になりました」


「え!」


 そ、そんな……コンテストからあの先生は、気にかけてくれたのに……。


「お願いです。今日一日でいいから、入れてくれませんか? 学校のみんなと会いたいです」


「ごめんなさいね。あなたは生徒ではないので、勝手に入れることはできないのよ。保護者の方にも、叱られますから」


 ネコ顔は消えた。それからひみこがパネルに訴えても、二度と輝くことなかった。



 それでも少女は学校の前でしゃがみ込み、時を待った。

 下校時間になったら、ここを通るはずだ。ちょっとでもいいからみんなと話したい。

 が、十分ほどで、以前話した女子中学生たちが現れる。その中に赤毛の中学生がいた。

 ひみこは途端に顔をぱあっと輝かせた。


「あ、元気? 会いたかったの」


 もう彼女たちは友達だ。だから友達としてひみこは声をかけた。

 しかし、彼女たちの返事は期待したものではなかった。


「あなた、何しに来たんですか?」


「学校の生徒ではないんでしょ?」


「ここ、日本語族の学校じゃないから」


 態度が明らかに先日と変わっていた。しかもホールでプレゼンしたとき観客から受けたようなただの軽蔑とも違い、敵意に満ちていた。

 この二週間で何があったのか、ひみこには理解できない。

 やはり日本語族の自分は、何かやってしまったのだろうか?

 が、真ん中の赤毛の少女の叫びで理由が判明する。


「あんたが来たせいで、ジミー先生! よその学校行っちゃうんだよ!」


「え? 私のせい?」


 リーの転勤は校長から聞いていたが、ひみこは、なぜ自分が責められるのかわからない。


「学年の途中でそれって、おかしくない? あんたが勝手に学校に来て、ジミー先生が優しくしてあげたから、クビになっちゃったんだよ!」


 ひみこは、自分が何をしたのかわからなかったが、もう、彼女たちとは友達になれないことだけはわかった。



 いつも通り、夕方、アレックスはホテルに戻る。

 いつも通りなら、ひみこはリビングで「どうでした?」と行儀よく聞いてくる。

 が、その日はいつも通りではなかった。

 リビングに彼女はいない。ベッドルームのドアから、すすりなく声が聞こえてくる。


「いいかい?」


 アレックスはドアをノックし、返事を待たずひみこのベッドルームに入った。

 予想通り、少女がベッドの上でうつぶせになって泣いている。

 男はそのままベッドに腰かけ、背中をさすった。

 と、少女はムクっと起き上がった。


「何で、すぐ教えてくれなかったの! あたし、学校行けないの、アレックス知ってたんでしょ!」


 日本語で少女は責めたてた。


「すまなかった、ひみこ……君は本当に楽しそうにしていたから、言えなかった……君の笑顔をずっと見ていたかった」


 男は少女を抱き寄せ、背中をさすった。


「何でよ! あたしだって日本人だよ! みんな学校行ってるのに、何であたしだけ行けないの! 共通語だってがんばった! ウシャスなくたってわかる! 普通にみんなと話せた! 何であたしだけずっと一人なの!!」


「君は一人じゃない。僕はずっと一緒だから、ずっと家族でいるから」


 ひみこはアレックスの腕の中でもがき、泣き続けた。

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