30 コンテスト開始
プレゼンテーション・コンテストの会場は、昨年と同じ、時計台の近くにある札幌特別区民ホールだ。
ひみこ、アレックス、グエンの三人は、ホールのホワイエに向かうと、アレックスの秘書、フィッシャー・エルンストが、先に会場に入っていた。
「あ、フィッシャーさん」
少女は教師のオリジナルであるゴーグルの中年男に挨拶する。
「久しぶりです。鈴木ひみこさん」
「面白いですね。毎日、会ってるのに、久しぶりって」
「会っているのは私のアバターで、私ではありませんから」
フィッシャーは青白い顔にゴーグルをクイっと掛け直す。
相変わらず、ロボットよりロボットみたいだこの人、と、初めて彼に会った時のことを思い出す。
「フィッシャーさんは、声と顔色が先生と同じです」
「当然です。アバターは私をベースにしていますから」
ひみこはチラッとアレックスに視線を投げかける。
「そうですか……」
アレックス、ひみこ、グエン・ホア、そしてフィッシャー・エルンストの四人は、装着したウシャスのチェックを受けてホールに入った。
コンテストが始まる。
文化大臣が挨拶する。ここが首都札幌とはいえ、通常、プレゼン大会の予選に文化大臣が挨拶することはないので、一同がどよめく。
司会が「修学旅行で中国地方から来た高校生が見学に来ています」と案内すると、前の席に座っている十人ほどの生徒が立って、頭をペコっと下げる。
他の来賓の挨拶や審査方法などの説明が終わると、休憩に入った。
「ひみこ、僕はついていてあげたいが、文化大臣が来ている以上、どうしても席を外さなければならない。なるべく早く戻る。フィッシャーがいるから心配しなくていいよ」
「私は大丈夫です。フィッシャーさん、お願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ひみこの保護者の秘書は、機械的に答えた。
グエン局長が、三人に割り込む。
「ダヤルさん、案内します。大統領が、ミーティングルームで待っています」
「ホア、君は本当に有能だね。驚いたよ、まさか日本国大統領まで呼ぶとは」
予想以上のグエンの働きに、アレックスは顔をほころばせる。
「大統領は日本語族の保護について、強い関心を持ってます……あっ、ジミー、こっち来て」
グエンが手招きすると、彼女と同年代に見える若い男が現れた。
「よろしく! リー・ジミーです」
リーはひみこに手を差し出し、二人は握手した。呼びかけたグエンが男を紹介する。
「私の後輩で、札幌新都中学校の先生です。ダヤルさんの代わりにひみこさんをサポートします」
「ホア、僕の代わりだと?」
アレックスの眉がピクっと吊り上がる。
「失礼、誰もダヤルさんの代わりにはなれませんね。さ、行きましょう。大統領は、時間に厳しい人なんです」
グエン局長は、アレックスの袖を引いてホールを去った。
コンテストが始まった。
内容は、前回のコンテストと似たり寄ったりで、庭に咲いたパンジーや通学中の雑談など、ひみこにはどこがいいのかわからない話に、人々は感動している。
ふと、ひみこは思いだした。
アレックスから渡されたゴーグル。これを着けるとウシャスの力が少しは使えるのだ。自分も、これらのプレゼンの価値がわかるかもしれない。
と、ゴーグルを巾着から取り出して装着してみる。
──うそ! 無理!
襲いかかってくるイメージの奔流に飲み込まれそうになり、慌ててひみこは外した。
アレックスは感度を下げたと言っていたが、信じられない……本番まで使うのはやめよう──少女は、ウシャスのゴーグルを巾着に戻した。
いよいよ、ひみこの番が回ってきた。舞台袖で、クリップ状のマイクを受け取り、振袖の襟に挟み込む。
司会が舞台で紹介する。
「鈴木ひみこさんは、『日本語族』です。この国に古くから住んでいる貴重な先住民族です。今残っている『日本語族』は、鈴木さんとお父さんお母さんの三人だけです」
──自分は、保護すべき貴重な先住民族──
司会の言葉が、ひみこの胸に突き刺さる。
彼は彼女を罵倒しているわけではない。なぜ不快になるのかひみこ自身もわからない。
「それでは鈴木ひみこさんお願いします」
ひみこは、舞台の中央に進んだ。二千人もの聴衆の前に立ちガクガクと震えてくる。
ざっと客席を見渡すが暗くてよくわからない。
震える手で袂からゴーグルを取り出した。観客席で着けたときのイメージの奔流を思うと、恐ろしくなってくる。
が、この勝ち目のないプレゼンテーションで、少しでも勝利に近づきたい。
ひみこは勇気を振り絞って、ゴーグルを装着した。
──リアル原住民かあ
──槍は持ってないんだね
──突然、ポポポって踊りだしたりして
──あのゴーグル、縄文土器みたい
ひみこは、自分が野蛮な原始人だと思われていることに、ショックを受ける。
……いや、ある意味、本当だった。川で魚を釣っていたし、こんなゴーグルがなくても生きていけた。
で、でも、違う。違うって見せつけないと! 自分はあの親たちとは違うんだ!
「はじめまして、私は鈴木ひみこ、日本人、十四歳です」
かすれ声で共通語を発した。
──へー、一応言葉しゃべるんだ
──発音、ワラエル。ジューニョンチャイ だって
ウシャスの力が伝える囁きの群れに、ひみこは圧倒される。
「私は、日本語族です。古い民族です。東京で生まれました。多摩川を知ってますか?」
──脳波こないからわからないや。なにタマガワって?
──原始人だから、仕方ないでしょ
次々と襲う囁きを、彼女は振り払った。
「私の父は、ときどき多摩川で魚を釣りました。私たちは、魚に塩を振って焼いて食べました」
その途端、囁きではなく、はっきりとした怒号が、ひみこを襲う。
──魚、食べる!
──さいてー!
──やっぱり、野蛮!
──きたねー! 脊椎動物食べるなんて!
ひみこは、アレックスから脊椎動物を食べることの問題を、散々聞かされてきたのに、うかつにも話してしまった。
──川で魚獲るって、法律違反じゃん!
──あたし、魚食べたことないよ!
──ずるい、先住民だからって何やってもいいの?
声にはならない襲いかかる糾弾の嵐。
「やだああ! もうやめてええ!」
雑言を振り払おうと、ひみこは頭を振るが、簪でまとめた頭の重さに耐え兼ね、ひみこはバランスを崩す。
「うわあ!」
叫んだ時は遅かった。
踏みとどまろうとするが、厚底の草履で上手くいかず、足首を捻り、振袖の少女は、ドタンと、しりもちをついた。
静まりかえるホール。観客は無言でひみこを見つめている。
が、彼らの心の中は、野蛮な先住民の無様な姿への嘲笑でいっぱいだ。
もうやだ! 親を見返すなんて無理だよ!
その時。
一番前に座っていた少年が、駆け上がってきた。
「ダイジョーブデスカ?」
それは、ひみこが一年ぶりに聞いた、肉声の日本語だった。




