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27 豪華なバースデープレゼント

 アイーダに別れを告げられたアレックスは、意気消沈したまま月からエレベーターで地球へ、そして札幌のホテルに戻った。

 ひみこはずっとご機嫌斜めだ。ロボット・パーラに託したお休みのキスも拒絶された。


 やはり、妬いているのか?


 アレックスはそんな疑いを抱く。それは……決して悪い気持ちではなかった。

 アジア人の気の毒な少女とはいえ、そのように思われるのは満更でもない。

 脳チップが着けられず、最後の日本語族として絶望に囚われるよりはいいことだ。

 彼女には少しでも元気になってほしい。

 だから、飛びきりのプレゼントを用意して戻った。


「アレックス、楽しかったですか?」


 予想に反してひみこは、笑顔で迎えてくれた。


「ああ、月の重力も体験できたし、赤い地球は不気味だったよ」


 ひみこは「そうですね」とニコニコ頷いている。


「今日は、とっておきのプレゼントがあるんだ」


 部屋の外で待機しているスタッフを呼び寄せる。彼らは振袖を運んできた。


「ひみこ、この日本のドレスを着てディナーに出かけよう」


 邪馬台国のことを勉強してご機嫌だったひみこは、げんなりした。



 初めて着せられた振袖は、ひみこを窮屈にさせるだけだった。

 ホテルでは、観光客に日本の民族衣装を着せるサービスを提供している。スタッフは慣れた手つきで、ひみこを瞬く間に、伝統的な日本娘に変身させる。

 ひみこの気分はパッとしないが、アレックスは「ベッラ!」と大げさに喜ぶ。

 タキシードに身を包んだアレックスに手を取られ、ひみこは夜の札幌に出かける。草履で歩くのに慣れず、何度か転びそうになるが、そのたびにアレックスが支えた。


「ヘイ、スーリヤ!」


 彼が手を掲げると、エアカーがホバリングして現れた。

 無人の車に二人して乗り込む。


「畜産試験場へ」


 アレックスが窓のモニターに告げると、エアカーは北斗七星の方角へ向かう。


「うわあ。東京の夜景みたい」


 首都、札幌の輝きが少女を魅せる。


「東京の夜景?」


「あ、えー、私は昔ドラマで見ました」


 彼女の知識のバックボーンは二十一世紀初頭にある。その当時、首都は東京だった。

 温暖化が進み、東京の最高気温が連日四十℃を上回ったため、日本政府は札幌に首都機能を移した。今、東京は、五百年も日本の中心であり続けた古都として、観光客を集めている。

 北上し、地上で輝く星がポツポツとまばらになったころ、エアカーは着陸した。



 アレックスに手を取られ車から降りたひみこは、降ろした足の感触が柔らかいことに驚く。

 草が生い茂っている。

 近くの地面に置かれたいくつものライトが点滅している。が、明るいのはこのエアカーの着陸場だけで、遠くを見当たすと暗がりが広がっている。見上げれば眩しいぐらいの星明りだ。


「あれ、何かクサい」


 鼻を覆って顔をしかめるひみこに「ここは牧場だからね。肉牛を育てている」とアレックスが説明した。


「牛?」


「畜産は制限されているが、遺伝子のプールは必要だし研究は大切だ」


 現代日本の生活に慣れてきたひみこは、首をかしげる。アレックスに散々言われてきたが、環境保護のため、地球の人口維持のため、昔のように哺乳類を食べることはほとんどない、と。


 アレックスに会ってから鶏肉を食べたのは最初とクリスマスだけ。牛を育てて食べるなんてとんでもないエネルギーの損失、と聞かされてきた。

 おかげで日々、大豆ミートと野菜という、金持ちらしくない食事にひみこは不満だった。焼き魚を食べていた昔を恋しく思っていた。

 そんな不満をこぼすと「それは、君たちが日本語族だから許されていたんだよ」とアレックスは説明する。

 その説明もひみこには面白くない。自分たちが劣った原始人だから、魚釣りなんて野蛮な行為をやっても罰せられなかったって……事実だから余計腹が立つ。



 奥の平屋の事務所から大柄な女性が迎えてきた。


「ああダヤルさん! 待ってましたよ。今回はとても可愛らしいレディーをお連れですね」


「ああ、彼女のバースデーを、ここで祝いたくてね」


「どうぞ、今から始めます」


 ひみこにまた疑問が湧く。


「バースデー?」


「そうだ。君は今日から十四歳になった。スペシャルディナーを用意してもらったよ」


 少女は、ドラマのワンシーンが現実になると思うと、胸が高鳴ってくる。

 振袖の窮屈さにも耐えられる。

 ひみこは、自分の誕生日は知っていた。

 が、その日「ケーキとかないの?」と催促しても「ティラピアで我慢しろ」といつも父が釣ってくる魚を食べさせられた。誕生日の特権は、じゃんけんしないでも魚を食べられることぐらいだった。



 そこは、オシャレなレストランではなく、事務所の打ち合わせ室だった。

 会議用のテーブルに機能的な椅子。


「ダヤルさん、うちは試験場なんで、こんな部屋しかないんです」


 二人を出迎えた女が、ひみこの不満げな様子を察して、詫びる。


「いえ、ここのディナー、ずっと楽しみにしていましたよ」


 アレックスは笑顔を向けた。



 ディナーの始まりはスパークリングワイン。


「君は子供だから、アルコールは抜いてある。さあ乾杯だ」


 アルコールなしでも、それだけで大人になった気分が味わえる。


「お待たせしました」


 事務所の職員が運んだ二枚のプレートには、スライスした魚の赤い切り身が載っている。


「サーモンのマリネです」


 アレックスがにっこり頷いた。


「水産研究センターからの差し入れだね」


 ひみこはどうしたらいいか戸惑う。


「好きに食べればいいよ」


 ひみこはフォークでマリネを刺し、口に運んだ。


「うわあ、めっちゃウマ!」


 サーモンの塩気とうま味、ビネガーの酸味が口の中で広がる。

 生まれて初めて知った味に、ひみこは涙がにじみ出そうになる。

 アレックスは、何か頷くように味わっている。


 続いて出たのはコーンポタージュスープ。

 コーンスープは、普段の食事によく出るので、ひみこはがっかりした。

 が、色がいつもよりずっと黄色い。


「えっ! 全然違う!」


「バターと牛乳をたっぷり入れてあるからね」


 畜産が著しく制限されている現在、バターと牛乳は貴重品で、滅多に食べられない食材だ。

 ひみこがただただ目を丸くしていると、メインディッシュが運ばれてきた。

 目の前に置かれた皿を、彼女は凝視した。


「え、これって」


 それは、ひみこがドラマで長年憧れていた、牛のステーキだった。


「サーロインステーキが食べられるなんて、日本はいい国ですね」


 アレックスが優雅にナイフとフォークでステーキを切り分け口に運ぶ。

 ひみこも見よう見まねでステーキを切った。肉は思ったより抵抗なく、すっと切れる。


「うそ! メチャクチャおいしい!」


 口の中に広がる肉の香りとうま味。長年の憧れと妄想を充分満たす味だった。

 アレックスが本当のお金持ちだと、ひみこはようやく理解した。



「アレックス、ありがとう。美味しかったです」


「君の笑顔が見られてよかった。僕にとってもこの畜産研究所のディナーは欠かせないんだ」


「牛は一年に一度しか食べられないんですね」


「まあね、ここでしっかり味わって、チップに記憶させないとね。そうしないと食べたいときに食べられないから」


 アレックスは自分の頭を指さす。が、男は自分の発言の迂闊さに気がつく。


「あ、ああ、ひみこ。悪い。君は脳にウシャスのチップを取り付けられないから、ここで食べたとしても、曖昧な記憶でしか残らない。僕らのように、好きな時に味覚を呼び出し、完全に再現することはできない」


 左手に張り付けられた通訳ツールのスイッチを押して、ひみこはアレックスの発言を確認した。

 ひみこは俯いたまま、アレックスに訪ねた。


「貧しい人は、この店に入れますか?」


「え? それはないよ。僕らダヤル社は、ここに莫大な寄付をしている。他の富豪たちも同じだ。ここだけでなくてね、水産研究センターとか……そうでなければおかしいだろ? 誰もが脊椎動物を食べられる世界になったら、人類は滅んでしまう」


「では、ここのディナーは秘密ですか?」


 向かいの比類なき富豪は笑った。


「構わないよ……秘密にすることではない。僕は正当な権利でここの食事を楽しんでいる。ずるい? 卑怯? そう思うなら正当な手段で対価を払うべきと思わないか?」


 少女は、目の前の大男がどれぐらい富豪なのか掴めてきた。

 普通の人たちは、ステーキを食べることはできない。そしてアレックス達だけが、一年に一度ステーキを食べられる。

 でも食事は、一年に一度だけではないのだ。その記憶はいつでも使えるから。脳の中の機械に保存しておけるから。その気になれば、毎日だってステーキが食べられる。


「……チップの記憶を売らないのですか?」


 アレックスの青い眼が一層輝きを増す。


「……いくらペイしても、チップのない君には意味ないよ」


「私はいりません。でも、機械に記録できるなら、売ることもできる。買えば、食べたと同じです」


「……君は、僕が今メモリーした味覚がビジネスになると言うんだね?」


 ひみこにビジネスという発想はない。ただ、本物の肉が食べられない人も味わえる方法を提案しただけだ。

 アレックスが大豆ミートで満足できるのは、彼が真の富豪だからだ。彼は、あの美味しくない薄っぺらいパサパサした塊を口に入れ、ステーキの香りと肉汁を、いつだって楽しむことができるのだ。肉の味を楽しみながら「大型脊椎動物を食べるなんて、環境破壊だ」と言うのだ。


「君はセンスあるね……でもダメだよ。獲得した感覚は、売ってはならない。生理的本能は生命維持に欠かせない。他人の借り物の味覚に依存すれば、どうなる? 生命が糖類を欲しているのに、他者の甘味感覚で満足したら……君は賢いからわかるよね?」


 言っていることはわかる。でもそれなら……アレックス達が味覚を記録して呼び出すことも同じでは? と疑問は尽きない。

 ひみこは顔を上げた。


「アレックス、美味しかった。ありがとう」


「そうか、君が喜んでくれて何よりだ……ヘイ、スーリヤ!」


 いつものようにアレックスは空に向かって手を挙げ、エアカーを呼んだ。


 ひみこは、親以外と初めて過ごした誕生日に、この世界の仕組みを理解した。

 エアカーでゆったりとくつろぐ保護者に、最後の日本語族は宣言する。


「私、来年のプレゼンテーション・コンテスト、参加します」

ここで第二章を終わる。次章から、鈴木ひみこのプレゼンテーションコンテストへの取り組みについて語る。

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