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9 愚かな親、偉大な親

 アレックスは、ひみことの初めてのディナーを済ませた後、彼女の世話を客室係に託し、札幌に戻ったチャン局長とモニターで対話した。


「鈴木夫妻は生きているのか?」


 真っ先にアレックスは確認を求める。

 と、人懐っこい丸顔のチャンが答えた。


「元気も元気ですよ~。いや~日本語族はたくましいですねえ。時代遅れのボロボロウェアー着て三時間も東京をふらついてたのに、ピンピンしてたそーですよ」


 生きていたのか! なら、なぜ保護局はエアカーでひみこを連れ去った時、ハッキリ言わなかった? 

 チャンの持って回った言い方に、アレックスは苛々してくる。

 モニター越しだと、脳のチップを使って相手の心を読み取ることが難しい。


「そこで保護局は鈴木さんたちを札幌に移しました。そうそう、ダヤルさんに会いたい、と言うので、今、こっちに来てます」


 モニターの右から、二人の中年男女が現れた。

 やや小太りではあるが、どちらもアジア人らしい、黒い髪と細い目にやや日焼けした肌。

 アレックスは確信し、安堵した。間違いなく、ひみこの両親だ。そっくりじゃないか。


「初めまして。僕がアレックス・ダヤルです。お嬢さんの養育は僕にお任せください……」


 人格者らしい笑顔をアレックスはモニターに向ける。彼らの言葉は、両親が着けている黒い腕時計が通訳した。



 ──十分ほどで鈴木夫妻との対面が終わった。


「ダヤルさん……すいませんねえ。そういうことで、本当に頼みますよ」


 チャンが拝むように手を合わせている。


「ああ、任せてくれ。ひみこの生育環境を知りたいから東京の鈴木家を調査したい。僕の信頼できるスタッフが自由に出入りできるよう、今すぐ手配してほしい」


「いや、本当に助かりますよ、ダヤルさん」


 チャンの笑顔も空しく、アレックスは、鈴木夫妻の言葉に怒り失望していた。

 日本語族保護局が態度を曖昧にした理由がわかった。ひみこに、親たちの言葉は告げられないからだ。

 親の庇護と愛が必要な子供を身勝手にも放りだし、見ず知らずの他人に預けられるなんて……その点、アレックスの偉大なる母、ラニカは違った。

 天才技術者にして、実業家である母。多忙な中、息子に惜しみない愛情を注いできた母。アレックスが成人してからも、今にいたるまで見守ってくれる母……息子はモニターに瞬きを送る。


「マンマ」

 そっと呟くと、黒目の大きな褐色肌の女が現れた。


「アレク……久しぶりね。もっと会いに来てほしいわ。今度はどうしたの?」

 母は穏やかに微笑む。

「嫌だな、ただマンマに会いたかっただけだよ」


 ラニカ・ダヤルは六十五歳の誕生日、ダヤル社CEOから降りた。現在、相談役としてダヤルの事業を手助けしている。

 モニターに映る女性の肌は、六十代にしてはみずみずしい。目元と口元の皺が彼女の慈悲深さを際立たせていた。


「あなたは小さい時から、困ったときだけ『マンマ』って呼ぶのよ。ほら、ジュニアハイスクールの時、女の子たちと……」

「やめてくれよ、マンマ。ずっと昔の話じゃないか」

 母と過ごすと、いつも子供時代に引き戻される。


「ラニカ、言っておくけど、そういう『女の子』の問題ではないよ。可哀相なアジア人の少女を育てることになったんだ」

「あら、あなたはたくさんの女の子を育ててきたけれど、アジア人は初めてね」


 母と息子はずっと支えあってきたが、今は別々に生きている。

 母はダヤルの本社で相談役を務めるが、アレックスはダヤル社が命ずる通り、世界各国を飛び回っている。


「今度の女の子も、きっと素晴らしい女性に成長するわよ」

「ありがとうマンマ、いつか会いに行くよ」


 親子の会話は終わる。充分アレックスは満たされた。



「保護者として僕は、彼女のデータを確認しないとな……アーン!!」


 モニターに日本支部の秘書フィッシャー・エルンストを呼び出す。ゴーグルを掛けた青白い四十代男性の顔が表示された。


「お呼びですかアレックス。随分な時間ですが」

「まだ夜の九時だ。日本人は勤勉と聞いているよ」

「……いつの時代です? ま、あなたが前にいたタスマニアの担当から聞いてますから」


 フィッシャーが、前任者から引き継いだ事項は、実にシンプルな心得だった。

『逆らわないこと、好きにさせること』


 典型的な日本人として、秘書は引継ぎ事項を忠実に守った。

 そして、今後、上司との通信はすべて労働にカウントされるよう、勤怠管理アプリをセッティングした。



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