表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラヴ・ソング」

作者: 田中浩一


プロローグ


不安はあった。

でもそれは、いつもの、「すぐに解消される」不安。

そう思って、受診した。

ところが・・・。

「ご家族のかたのどなたでも良いですけど、呼ぶことはできますか?」

「家族は鹿児島なんです」

唾を呑み込む音が、耳奥で響く。

翌日、駆け付けた母の、これまで見たことのない哀しみを、 目の当たりにした。

残りわずかな人生を、悔いなく生きることを、生まれて初めて考えた。


1


暦の上では春が来たらしいけれど、まだまだ寒いと、桐山優音きりやまゆうとは、首をすくめる。

何度めかのスマホの確認。

待ち受けの新村初音にいむらはつねが、笑いかけてくる。

鹿児島の同じ病院の同じ日の、ほぼ同じ時刻に生まれた二人の親が、これも何かの縁ですねと、お互いの名前の中に、「音」を入れた。

何の意味なの?と優音は両親に尋ねた。

「うちも新村さんも、昔、バンドをやってたからだよ」

中学生の頃に、初音とその話を初めてした。

「知らなかった」

初音は目を丸くする。

優音が初音を意識したのは、中学二年の夏だった。

優音が男友達二人と下校途中に、同級生の男子にコクられている初音と、遭遇した。

それまでも、親同士の付き合いで食事や、夏なら海へ、秋なら山へと一緒に連れていかれた際に会うこともあったけれど、話すこともなく、意識もしていなかった。

「新村初音か。あの子、モテるよな」

友達の一人が、目線だけ送りながら囁く。

そうなのかと、優音は目の隅に捉える。

車がやっとすれ違える狭い道の端っこを、男子三人は黙って斜め上を見ながら、耳だけそばだてて、通りすぎようとした。

その時。

「優音っ、お疲れっ!私も一緒に帰る」

そう言いながら、初音が駆けてくる。

驚く優音に、二人の男友達は少し、距離を置く。

今までコクっていた相手を、一度も振り返ることなく、優音の横に並ぶ。

これが返事よ、と言わんばかりだ。

「あいつ、いいの?」

優音が、小声で尋ねると、なぜだか、ことさらに大きな声で、

「私のタイプじゃないから」と判決のハンマーを打ちおろした。

後ろを歩く男友達が、あ~ぁ、うなだれてるよと囁く声が聴こえてくる。

意外にキツいとこ、あるんだな、と優音は少しだけ、女の怖さを知った。

その後、高校は別々になった。

それでも、親同士の交流は途切れなかったから、顔を合わせる機会は減らなかった。

高校三年の冬、大晦日。

新村家が桐山家に、「子供たちの高校最後のこの年を、一緒に年越ししましょう」と集まった。

単なる飲み会だった。

親たちが呑んだくれて、除夜の鐘を聞き終わらずに眠った頃。

「ねぇ、優音」

初音が優音の二階の部屋に入ってくる。

まだ、ベッドで横になりながらも起きていた優音は、

「な、なに?」と少したじろいでいる。

起き上がる。

「私たち、高校生ラストじゃん」

「う、うん。そうだね」

「私さぁ、高校生で済ませておきたいことがあるのよ」

「な、なに?」

小さな不安、大きな期待。

初音は後ろ手にドアの鍵を閉める。

ベッドに近寄る。

すぐ横に座る。

前を向く、初音。

横目で盗み見る、優音。ソッと唾を呑み込む。

こんなときこそ、勉強が役に立つのだ。

そう思った優音は、いろんなパターンのエロ動画を思い出して、初音の肩に、手を回す。

想像していたよりも、細い肩。その温もり。

少し、力を入れただけで、初音は頭を優音にもたせかける。

それからは、勉強の甲斐もあって、津々がなく、ファーストステップを終了した。

初音は看護学校に通い、夢は叶い、現在看護師をしている。

優音は東京の大学に入学。今年、卒業の予定だ。

「お待たせ~、病院の更衣室にお化けが出て、遅くなっちゃった」

いつもの遅刻の言い訳をしながら、初音が優音に腕を絡ませる。


2


「ねぇ、知ってる?人は心停止しても、何分かは、耳が聴こえてるって」

優音は、周囲を気にして、初音のうんちくを聞き逃していた。

冬、寒いとはいえ、初音はくっつきすぎる。優音の肩には、初音の口紅が着いていることがしょっちゅうだ。

すれ違う人たちの心の声が、聴こえる。

ヒューヒュー。

「聴いてるぅ~?」

初音の甘え声に、振り向く。

目の前に眉根を寄せた初音の顔。

すぐに前を向く。

慣れない。

優音は、思う。

ずっと尻にしかれっぱなしだ。

「もしさ、私が死んだら、何分間かはワタシの耳元で、『初音、愛してる』を繰り返してね」

問題を聞き逃して、答えを聞いている感覚で、

「了解」と答えた。

そんなこととは露知らず、初音は満足げに破顔する。

それを盗み見るように横目でチラ見しては、

「可愛い」と呟く。

「でしょうっ!」

誉め言葉を聞き逃さない初音は、優音に身を寄せる。

左腕が抜けそうだと思いながら、柔らかな膨らみを感じ、二の腕に神経を集中している自分に気づく。

冬の寒さも悪くない。

優音はそう思った。


3


桐山優音と新村初音の故郷、鹿児島に帰ることを、優音が告げた。

卒業したら、帰るつもりでいた、と言う。

突然でごめんと、優音は言ったけれど、初音はさらに驚くことを言った。

「私も鹿児島帰るんだ。もう、病院も辞めちゃったし」

「マジでっ?」

「マジでっ!」

看護師は引く手あまただから、どこにいっても食いっぱぐれはないのさ、とも言う。

そりゃそうかもしれないけど。

優音はしばし、唖然としていた。

すると、初音が突然、

「ねぇ、中学のときのクラスメイトでさ、佐伯芽季さえきめいって子、居たの覚えてる?」

少しの間、記憶を辿るけれど、

「いや、覚えてない。その子が?」

「私と違う病院で働いてるの」

「看護師なんだ」

「そうそう」

それが、初音が病院を辞めたことと関係あるのかと尋ねると、

「ぜんぜん」と右手をうちわのように振る。

なんだそりゃ、そう笑う優音を、初音はじっと見つめていた。

その笑顔はどこか、憂いを帯びていた。


4


二人で新幹線の切符を買い、二人で住んでいたアパートを引き払い、優音の卒業式には、二人でホテルから大学へ出向いた。

手荷物は必要最小限。あらかた宅配便で送ってしまった。

鹿児島についたら、卒業祝いに手料理とケーキを作るね、と初音。

頷く優音。

「どうした?元気ないぞ。風邪かな?」

初音はおでこをくっつける。

「なんだか、疲れたな。卒業式、長かったし」

熱はなさそうだと言いながら、初音はとりあえずコレを飲んでと、小型のリュックから薬を出す。

「さすが、元看護師。準備がいいね」

「辞める前に、いろいろ持ってきたのさ」

「マジかっ?ヤバくね?」

冗談だよとまた、うちわをあおぐ仕草をする。

「んっ?これは?」

リュックの奥の方に、茶色い小瓶が見えた。

「これは、ヒヤキオウガンだよ」

初音はそう言って、伏し目がちに笑った。


5


新幹線に乗り込み、座席に着くと、早速、お弁当を広げる。

「列車の旅は、これだよね~」

「今日イチの笑顔だな」

優音が、人参を初音の弁当に移しながら言う。

「おいおい、君はお子ちゃまだな」

そう言って、鮭を半分切ると、自分の弁当に載せる。

「そ、それは、メインなのに」

オーバーなしかめっ面に思わず、はい、と皮だけ返す。

「お~これこれ。皮に栄養があるんだよねって、おいっ」

また、笑った。

しばらく、車窓を見ていた。コンクリートと人工の自然と、澱んだ目の人間たちの街を抜け、自然のアオが心を和ませた。

初音は何度かお手洗いに立った。

さすがに一時間に二度三度、頻繁になると、

「具合が悪いの?」そう優音が、顔を覗き込む。

「大丈夫。きっとあれだな、新幹線酔いだよ」

人差し指を振りながら、初音が笑う。

初耳だったけれど、そう言われるとそんな気もしてきた優音である。

「窓が開けば良いのにな」

空気の入れ換えができるのに、と言うと、

「風圧で私たち吹っ飛ぶかもね」

そりゃそうだねと、二人して少し、笑った。笑顔は不安を溶かす、光の魔法だなと、優音は胸のうちで思った。


6


鹿児島中央駅に着く。

ここで、日豊本線に乗り換える。

「鶴、いなかったね」

途中の出水いずみの地を行きすぎるときに、姿を見られなかったことを、初音は残念がった。

「帰った後だったんだね」

優音が慰める。

初音の体調も落ち着いてきたみたいだ。

「夢に見たの」

初音が電車に乗り込みながら、考え込むときによくやる、目をぎゅっと閉じながらそう言う。

優音は、歩きながら考えるなよと、腕を掴んでひく。空いている椅子を見つけると、並んで座る。

動き出すと、車窓が後ろへと流れていく。

やがて、鹿児島湾が右に見えてくる。その先には、桜島が雄壮な姿で佇む。ゆらりと火山煙がたなびいている。

しばらく二人して、久しぶりに見る懐かしい風景を、言葉もなく見つめていた。

「鶴のこと?」

優音が口を開く。

「夢のこと?違うの。洞穴の夢なの。もう、何回も見るんだ」

「東京に居るときは、洞穴なんてとこには行ってないから、子供の頃のことかな?」

「例えば?」

「熊本県の球磨の洞窟かな?球泉洞だっけ?」

「そこは、赤い鳥居がある?」

なかったようなと、優音は首を捻る。

「そこで愛を誓うと結ばれるの」

「球泉洞のそばに、そんなのがあったよ、確か」

「そこは、音楽が流れるの?」

「音楽?」

「自然の音が聴こえるの。それが歌のように流れていて、その時、愛を誓うの」

「落ち着いたら、行ってみる?」

初音は、嬉しそうに頷いた。


7


「子供の頃に行ったのなら、あそこだな。曽於市そおしの溝の口洞穴」

新村家の実家に帰ると、桐山家も揃っていた。

優音の父が、初音の夢の質問に答えて言う。

鳥居があるし、風の音が音楽に聴こえないこともない、と。

「でも、縁結びじゃないわ。パワースポットだって」

と、優音の母。

「たぶん、僕たちの話を、初音は覚えてるんだな」

初音の父が、妻と顔を見合わせて、微笑む。

「僕たちが若い頃、二人でドライブしていて、道に迷ったんだ。雨は降るし、道は狭くなるしで。

たまたまだった、その溝の口洞穴にたどり着いたのは。

赤い鳥居が印象的で、洞穴の中から振り返ると、さらに赤い鳥居が暗がりから際立って見えた。

思わず、僕は母さんに、『結婚してください』って、プロポーズしたんだ」

初音がまだ小さい頃に、そんな話をしたよ、とも言う。

そうそう、と初音の母も相づちを打つ。

その話を覚えていたんだと、初音は合点した。

「その時、自然の音楽は鳴ってたの?」

初音の問いに、

「どうだったかな?」と父は母を見る。

「私たちは覚えてないけど、あの時もう、初音はお腹の中にいたから、もしかしたら、二人には聴こえなかった音楽が、聴こえていたのかもね」

初音の母は、そう言って、優音と初音を見つめる。

「早速、明日、行ってみたら。車なら貸したげる」

それがいいと、親たちが頷くのを見て、優音は初音と、明日の約束をした。


8


旅の疲れからか、二人はその晩、早く眠った。

朝起こしに来たのは、初音だった。

「今、何時?」

寝ぼけ眼の優音に、

「六時だよ」と言いながら、ベッドに潜り込んでくる。

「ヤバイよ。下には親たちがいるのに」

「何にもしないよ。フフフっ」

そう笑いながら、優音の胸の上に、頬を載せる。

「生きてるな、優音」

しばらくそのままにしていた。

やがて、胸の上から寝息が聞こえてくると、優音はその10分後に起こすことにした。

急がなくても、まだ時間はある。


9


「行ってらっしゃい。気をつけて」

親たち四人に見送られて、優音は借り物の軽自動車のハンドルを切る。

お見送りが、面映ゆい。

「なんだか、新婚旅行に行くみたいだね、私たち」

初音が、優音の面映ゆさの原因を、見事に言い当てては、笑う。

春麗らかな日曜日。

絵に描いたような、青い空に白い雲。

車内に流れる、軽快な音楽。

口ずさむ二人は一路、桜島に向かう。

それから、夕方までに、溝の口洞穴に着く予定だ。

それは、初音の両親が、プロポーズした時間帯に近付けようという、初音の企みだった。

もちろん、優音はその事に気づかない。

カレーを食べるかチャンポンにしようか、二人でじゃんけんをして、結局、桜島にあるチャンポンに決めた。

カレーの赤いお店を通りすぎる。

牛根大橋を渡り、大人しい桜島に入る。

「あれっ?お休みじゃん」

軒先の定休日の札。

初音は目ざとく見つけると、「うぇ~」と下顎を出す。

「残念」

優音は結局、「ファミレスだな」と言う。

「桜島を見ながら、コンビニ弁当でもいいよ」

初音が、暖かいしピクニック気分で食べようと、提案した。

すぐに、可決。

恐竜の作り物が置いてある公園で、食べる。

食後、お茶で薬を飲む優音に、

「お水がいいんだよ」と忠告する初音。

「ただの風邪薬だから」と笑う優音。

初音の笑顔は、どこか哀しげに見えた。


10


離合できない細い道を、ひた走る。

「対向車来たら、アウトだな」

優音は車内で伸び上がりながら、進行方向を確認する。

「ナビだと、もうすぐだね」

初音が言い終わらないうちに、溝の口洞穴駐車場の看板が見えた。

小さな駐車場に車を停め、しばらく歩くと赤い鳥居が見えた。

その時、優音が膝に手を着き、息をつく仕草をみせた。

「大丈夫?」

初音は、背中にソッと手を添える。

「最近、運動不足で」

顔色も明らかに悪い。

「少し歩かなきゃならないみたい」

洞穴は200メートルほど、続くらしい。

「真っ暗だね」

初音は努めて明るい声音で、語りかける。

「懐中電灯がある」

洞穴入り口に備え付けられている懐中電灯。

「点かない・・・」

初音が、思わず苦笑い。

「帰ろっか?帰りの運転は私がするよ」

「いや、少しだけ、せめて、初音の言う、自然の音楽が聴けるまでは居よう」

「夢の話だよ。お父さんたちも、聴いたかどうかわかんないみたいだし」

洞穴に少し入ったところで、優音は腰を下ろした。

振り返ると、赤い鳥居が自然の中に浮き出て見えた。

「音楽に合わせて、永遠の愛を誓うんだね」

優音が、呼吸を落ち着かせながら、それだけのことをやっと言い切る。

「ティーエスワン配合顆粒T20。さっきの薬。優音は私に隠してることがあるでしょ?」

あぐらをかいた優音が、奥の暗がりを見やる。そして、決心したように、語り始めた。

「佐伯芽季って思い出したんだ。メガネかけのインテリ女子。そうか、俺の居た病院の看護師だったのか」

それを聞いて、初音も優音の横に座りながら、

「最初は、桐山が来たよって、メールが来たの。その時、私は何にも優音から聞かされてないから、何で私の勤め先の病院に来ないのって、ちょっと、疑ったの」

優音は少し、笑った。

バカだなと、唇が言っている。

「守秘義務ってあるから、言えないこともあるけど、いろいろ話してるうちに、教えてくれたの」

優音が長く息を吐く。

「俺が、癌で、もう長くないって」

初音の顔が強張る。

「ずっと嘘だって、何かの間違いだって。そう思いこもうとしてた。でも、わかるの、一緒にいると優音の行動で、否応なく、真実を見ろって、現実が、神様かも知れない何かが、私に突きつけるのっ」

初音の声が、洞穴のなかで響く。

その時、一陣の風が吹いた。それは、第二陣を生み、やがて間断なく吹き始めた。

「雨風だな」

優音は、鼻を向ける。

「雨になる」

目を閉じる優音。

その左腕にすがるように、しがみつく初音。

「愛の歌、聴こえるかな?」

風はただ空しく、洞穴を吹き抜ける。

優音の体調が、急激に悪くなっているのは明らかで、

「雨が降りだす前に、帰ろう」と初音は言うけど、

「もう、ここには、来れないかも知れないから、もう少しだけ」と譲らない。

「そんなことないよ。いつでも来れるよ。何度だって、私と一緒に・・・」

「俺、初音と出逢えて良かった。初音が俺のすべてで、俺の世界の全部で、ほんとに、幸せだった」

「私だって、優音とだけが、生きるすべてだよ」

風は止み、雨が降りだした。雨足は、拙速に世界を造り変えていく。

赤い鳥居が、雨に煙っていく。

優音の体が、壁からずり落ちる。もう、自力で支えられないようだ。

その体を、初音は抱き締める。頭を自分の胸に掻き込む。

知らず、涙が溢れ出す。

「病院に行こう。ね、優音」

「もう、いいよ。初音とここにある温かさで幸せだ」

その時だった。

洞穴の奥で、鉄琴のような甲高い音がした。それは、続けざまに、高く低く、鳴り続ける。

「雨の雫が、床に落ちて、まるで音楽のようだ」

優音が、初音の胸のなかで、呟く。

「約束してほしい」

初音は、うん?と頬を寄せる。

「あの茶色の小瓶。一緒に死ぬ気だったんだろ?」

初音は黙っている。

優音は続ける。

「俺たちの赤ちゃん、産んでほしい。いきなり、父親なしだけど、ごめん。でも、死んではいけない。俺のぶんまで、初音にも、新しい命にも、生きて欲しい」

途切れ途切れの言葉。

わかっていたのか。そう初音は嗚咽を噛み殺す。

後追いの茶色の小瓶の毒物も、二人の新しい命が宿っていることも。

佐伯芽季が、真実を教えてくれたのも、お腹に優音との赤ちゃんがいることを話したからだった。

それでも・・・。

「ずっと一緒に居た。これからもずっと一緒にいたい。一人は、嫌っ」

「ひとりじゃない。俺たちの分身がいる、新しい命が。大変だろうけど、無責任な言い方だけど、二人には生きて欲しいんだ」

音は鳴り続ける。

優音が、震えだした。

「いや、いや・・・」

初音が、かきむしるように、優音を抱き寄せる。

強く抱き締めても、いかないでと泣き叫んでも、見えない心は、とどめることはできない。

小さな声が、した。

「愛してる、初音。僕と結婚してください」

最後の言葉。

「はい。よろしくお願いします」

涙が溢れて言葉にならない。

泣きながらそれでも初音は、伝え続ける。

「優音、愛してる

優音、愛してる

優音、愛してる・・・」

ずっと、ずっと。

茶色の小瓶は、鞄の中から無くなっていた。

生きて欲しいのなら、と初音は優音の耳元に決意を告げた。

「私たち、生きるよ。どんなことがあっても。でも、優音。いつでもどんなときでも、見守っていてよ」

お腹を触る。

力強い鼓動が、鳴っている。


エピローグ


小さな女の子が、草原を走る。

見守るお祖父さんとお祖母さんたち。

女の子が、大好きなお母さんに追い付き、脚に小さな手を絡ませる。

甲高い声が、青空に飛んでいく。

お母さんが、女の子を抱き上げて、頬を擦り付ける。

笑い転げる、幼子。

「雨音、大好きっ!」

風が吹く。

僕も大好きだと鳴っている。


おわり


※この話はすべてフィクションです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ