ラヴ・ソング」
プロローグ
不安はあった。
でもそれは、いつもの、「すぐに解消される」不安。
そう思って、受診した。
ところが・・・。
「ご家族のかたのどなたでも良いですけど、呼ぶことはできますか?」
「家族は鹿児島なんです」
唾を呑み込む音が、耳奥で響く。
翌日、駆け付けた母の、これまで見たことのない哀しみを、 目の当たりにした。
残りわずかな人生を、悔いなく生きることを、生まれて初めて考えた。
1
暦の上では春が来たらしいけれど、まだまだ寒いと、桐山優音は、首をすくめる。
何度めかのスマホの確認。
待ち受けの新村初音が、笑いかけてくる。
鹿児島の同じ病院の同じ日の、ほぼ同じ時刻に生まれた二人の親が、これも何かの縁ですねと、お互いの名前の中に、「音」を入れた。
何の意味なの?と優音は両親に尋ねた。
「うちも新村さんも、昔、バンドをやってたからだよ」
中学生の頃に、初音とその話を初めてした。
「知らなかった」
初音は目を丸くする。
優音が初音を意識したのは、中学二年の夏だった。
優音が男友達二人と下校途中に、同級生の男子にコクられている初音と、遭遇した。
それまでも、親同士の付き合いで食事や、夏なら海へ、秋なら山へと一緒に連れていかれた際に会うこともあったけれど、話すこともなく、意識もしていなかった。
「新村初音か。あの子、モテるよな」
友達の一人が、目線だけ送りながら囁く。
そうなのかと、優音は目の隅に捉える。
車がやっとすれ違える狭い道の端っこを、男子三人は黙って斜め上を見ながら、耳だけそばだてて、通りすぎようとした。
その時。
「優音っ、お疲れっ!私も一緒に帰る」
そう言いながら、初音が駆けてくる。
驚く優音に、二人の男友達は少し、距離を置く。
今までコクっていた相手を、一度も振り返ることなく、優音の横に並ぶ。
これが返事よ、と言わんばかりだ。
「あいつ、いいの?」
優音が、小声で尋ねると、なぜだか、ことさらに大きな声で、
「私のタイプじゃないから」と判決のハンマーを打ちおろした。
後ろを歩く男友達が、あ~ぁ、うなだれてるよと囁く声が聴こえてくる。
意外にキツいとこ、あるんだな、と優音は少しだけ、女の怖さを知った。
その後、高校は別々になった。
それでも、親同士の交流は途切れなかったから、顔を合わせる機会は減らなかった。
高校三年の冬、大晦日。
新村家が桐山家に、「子供たちの高校最後のこの年を、一緒に年越ししましょう」と集まった。
単なる飲み会だった。
親たちが呑んだくれて、除夜の鐘を聞き終わらずに眠った頃。
「ねぇ、優音」
初音が優音の二階の部屋に入ってくる。
まだ、ベッドで横になりながらも起きていた優音は、
「な、なに?」と少したじろいでいる。
起き上がる。
「私たち、高校生ラストじゃん」
「う、うん。そうだね」
「私さぁ、高校生で済ませておきたいことがあるのよ」
「な、なに?」
小さな不安、大きな期待。
初音は後ろ手にドアの鍵を閉める。
ベッドに近寄る。
すぐ横に座る。
前を向く、初音。
横目で盗み見る、優音。ソッと唾を呑み込む。
こんなときこそ、勉強が役に立つのだ。
そう思った優音は、いろんなパターンのエロ動画を思い出して、初音の肩に、手を回す。
想像していたよりも、細い肩。その温もり。
少し、力を入れただけで、初音は頭を優音にもたせかける。
それからは、勉強の甲斐もあって、津々がなく、ファーストステップを終了した。
初音は看護学校に通い、夢は叶い、現在看護師をしている。
優音は東京の大学に入学。今年、卒業の予定だ。
「お待たせ~、病院の更衣室にお化けが出て、遅くなっちゃった」
いつもの遅刻の言い訳をしながら、初音が優音に腕を絡ませる。
2
「ねぇ、知ってる?人は心停止しても、何分かは、耳が聴こえてるって」
優音は、周囲を気にして、初音のうんちくを聞き逃していた。
冬、寒いとはいえ、初音はくっつきすぎる。優音の肩には、初音の口紅が着いていることがしょっちゅうだ。
すれ違う人たちの心の声が、聴こえる。
ヒューヒュー。
「聴いてるぅ~?」
初音の甘え声に、振り向く。
目の前に眉根を寄せた初音の顔。
すぐに前を向く。
慣れない。
優音は、思う。
ずっと尻にしかれっぱなしだ。
「もしさ、私が死んだら、何分間かはワタシの耳元で、『初音、愛してる』を繰り返してね」
問題を聞き逃して、答えを聞いている感覚で、
「了解」と答えた。
そんなこととは露知らず、初音は満足げに破顔する。
それを盗み見るように横目でチラ見しては、
「可愛い」と呟く。
「でしょうっ!」
誉め言葉を聞き逃さない初音は、優音に身を寄せる。
左腕が抜けそうだと思いながら、柔らかな膨らみを感じ、二の腕に神経を集中している自分に気づく。
冬の寒さも悪くない。
優音はそう思った。
3
桐山優音と新村初音の故郷、鹿児島に帰ることを、優音が告げた。
卒業したら、帰るつもりでいた、と言う。
突然でごめんと、優音は言ったけれど、初音はさらに驚くことを言った。
「私も鹿児島帰るんだ。もう、病院も辞めちゃったし」
「マジでっ?」
「マジでっ!」
看護師は引く手あまただから、どこにいっても食いっぱぐれはないのさ、とも言う。
そりゃそうかもしれないけど。
優音はしばし、唖然としていた。
すると、初音が突然、
「ねぇ、中学のときのクラスメイトでさ、佐伯芽季って子、居たの覚えてる?」
少しの間、記憶を辿るけれど、
「いや、覚えてない。その子が?」
「私と違う病院で働いてるの」
「看護師なんだ」
「そうそう」
それが、初音が病院を辞めたことと関係あるのかと尋ねると、
「ぜんぜん」と右手をうちわのように振る。
なんだそりゃ、そう笑う優音を、初音はじっと見つめていた。
その笑顔はどこか、憂いを帯びていた。
4
二人で新幹線の切符を買い、二人で住んでいたアパートを引き払い、優音の卒業式には、二人でホテルから大学へ出向いた。
手荷物は必要最小限。あらかた宅配便で送ってしまった。
鹿児島についたら、卒業祝いに手料理とケーキを作るね、と初音。
頷く優音。
「どうした?元気ないぞ。風邪かな?」
初音はおでこをくっつける。
「なんだか、疲れたな。卒業式、長かったし」
熱はなさそうだと言いながら、初音はとりあえずコレを飲んでと、小型のリュックから薬を出す。
「さすが、元看護師。準備がいいね」
「辞める前に、いろいろ持ってきたのさ」
「マジかっ?ヤバくね?」
冗談だよとまた、うちわをあおぐ仕草をする。
「んっ?これは?」
リュックの奥の方に、茶色い小瓶が見えた。
「これは、ヒヤキオウガンだよ」
初音はそう言って、伏し目がちに笑った。
5
新幹線に乗り込み、座席に着くと、早速、お弁当を広げる。
「列車の旅は、これだよね~」
「今日イチの笑顔だな」
優音が、人参を初音の弁当に移しながら言う。
「おいおい、君はお子ちゃまだな」
そう言って、鮭を半分切ると、自分の弁当に載せる。
「そ、それは、メインなのに」
オーバーなしかめっ面に思わず、はい、と皮だけ返す。
「お~これこれ。皮に栄養があるんだよねって、おいっ」
また、笑った。
しばらく、車窓を見ていた。コンクリートと人工の自然と、澱んだ目の人間たちの街を抜け、自然のアオが心を和ませた。
初音は何度かお手洗いに立った。
さすがに一時間に二度三度、頻繁になると、
「具合が悪いの?」そう優音が、顔を覗き込む。
「大丈夫。きっとあれだな、新幹線酔いだよ」
人差し指を振りながら、初音が笑う。
初耳だったけれど、そう言われるとそんな気もしてきた優音である。
「窓が開けば良いのにな」
空気の入れ換えができるのに、と言うと、
「風圧で私たち吹っ飛ぶかもね」
そりゃそうだねと、二人して少し、笑った。笑顔は不安を溶かす、光の魔法だなと、優音は胸のうちで思った。
6
鹿児島中央駅に着く。
ここで、日豊本線に乗り換える。
「鶴、いなかったね」
途中の出水の地を行きすぎるときに、姿を見られなかったことを、初音は残念がった。
「帰った後だったんだね」
優音が慰める。
初音の体調も落ち着いてきたみたいだ。
「夢に見たの」
初音が電車に乗り込みながら、考え込むときによくやる、目をぎゅっと閉じながらそう言う。
優音は、歩きながら考えるなよと、腕を掴んでひく。空いている椅子を見つけると、並んで座る。
動き出すと、車窓が後ろへと流れていく。
やがて、鹿児島湾が右に見えてくる。その先には、桜島が雄壮な姿で佇む。ゆらりと火山煙がたなびいている。
しばらく二人して、久しぶりに見る懐かしい風景を、言葉もなく見つめていた。
「鶴のこと?」
優音が口を開く。
「夢のこと?違うの。洞穴の夢なの。もう、何回も見るんだ」
「東京に居るときは、洞穴なんてとこには行ってないから、子供の頃のことかな?」
「例えば?」
「熊本県の球磨の洞窟かな?球泉洞だっけ?」
「そこは、赤い鳥居がある?」
なかったようなと、優音は首を捻る。
「そこで愛を誓うと結ばれるの」
「球泉洞のそばに、そんなのがあったよ、確か」
「そこは、音楽が流れるの?」
「音楽?」
「自然の音が聴こえるの。それが歌のように流れていて、その時、愛を誓うの」
「落ち着いたら、行ってみる?」
初音は、嬉しそうに頷いた。
7
「子供の頃に行ったのなら、あそこだな。曽於市の溝の口洞穴」
新村家の実家に帰ると、桐山家も揃っていた。
優音の父が、初音の夢の質問に答えて言う。
鳥居があるし、風の音が音楽に聴こえないこともない、と。
「でも、縁結びじゃないわ。パワースポットだって」
と、優音の母。
「たぶん、僕たちの話を、初音は覚えてるんだな」
初音の父が、妻と顔を見合わせて、微笑む。
「僕たちが若い頃、二人でドライブしていて、道に迷ったんだ。雨は降るし、道は狭くなるしで。
たまたまだった、その溝の口洞穴にたどり着いたのは。
赤い鳥居が印象的で、洞穴の中から振り返ると、さらに赤い鳥居が暗がりから際立って見えた。
思わず、僕は母さんに、『結婚してください』って、プロポーズしたんだ」
初音がまだ小さい頃に、そんな話をしたよ、とも言う。
そうそう、と初音の母も相づちを打つ。
その話を覚えていたんだと、初音は合点した。
「その時、自然の音楽は鳴ってたの?」
初音の問いに、
「どうだったかな?」と父は母を見る。
「私たちは覚えてないけど、あの時もう、初音はお腹の中にいたから、もしかしたら、二人には聴こえなかった音楽が、聴こえていたのかもね」
初音の母は、そう言って、優音と初音を見つめる。
「早速、明日、行ってみたら。車なら貸したげる」
それがいいと、親たちが頷くのを見て、優音は初音と、明日の約束をした。
8
旅の疲れからか、二人はその晩、早く眠った。
朝起こしに来たのは、初音だった。
「今、何時?」
寝ぼけ眼の優音に、
「六時だよ」と言いながら、ベッドに潜り込んでくる。
「ヤバイよ。下には親たちがいるのに」
「何にもしないよ。フフフっ」
そう笑いながら、優音の胸の上に、頬を載せる。
「生きてるな、優音」
しばらくそのままにしていた。
やがて、胸の上から寝息が聞こえてくると、優音はその10分後に起こすことにした。
急がなくても、まだ時間はある。
9
「行ってらっしゃい。気をつけて」
親たち四人に見送られて、優音は借り物の軽自動車のハンドルを切る。
お見送りが、面映ゆい。
「なんだか、新婚旅行に行くみたいだね、私たち」
初音が、優音の面映ゆさの原因を、見事に言い当てては、笑う。
春麗らかな日曜日。
絵に描いたような、青い空に白い雲。
車内に流れる、軽快な音楽。
口ずさむ二人は一路、桜島に向かう。
それから、夕方までに、溝の口洞穴に着く予定だ。
それは、初音の両親が、プロポーズした時間帯に近付けようという、初音の企みだった。
もちろん、優音はその事に気づかない。
カレーを食べるかチャンポンにしようか、二人でじゃんけんをして、結局、桜島にあるチャンポンに決めた。
カレーの赤いお店を通りすぎる。
牛根大橋を渡り、大人しい桜島に入る。
「あれっ?お休みじゃん」
軒先の定休日の札。
初音は目ざとく見つけると、「うぇ~」と下顎を出す。
「残念」
優音は結局、「ファミレスだな」と言う。
「桜島を見ながら、コンビニ弁当でもいいよ」
初音が、暖かいしピクニック気分で食べようと、提案した。
すぐに、可決。
恐竜の作り物が置いてある公園で、食べる。
食後、お茶で薬を飲む優音に、
「お水がいいんだよ」と忠告する初音。
「ただの風邪薬だから」と笑う優音。
初音の笑顔は、どこか哀しげに見えた。
10
離合できない細い道を、ひた走る。
「対向車来たら、アウトだな」
優音は車内で伸び上がりながら、進行方向を確認する。
「ナビだと、もうすぐだね」
初音が言い終わらないうちに、溝の口洞穴駐車場の看板が見えた。
小さな駐車場に車を停め、しばらく歩くと赤い鳥居が見えた。
その時、優音が膝に手を着き、息をつく仕草をみせた。
「大丈夫?」
初音は、背中にソッと手を添える。
「最近、運動不足で」
顔色も明らかに悪い。
「少し歩かなきゃならないみたい」
洞穴は200メートルほど、続くらしい。
「真っ暗だね」
初音は努めて明るい声音で、語りかける。
「懐中電灯がある」
洞穴入り口に備え付けられている懐中電灯。
「点かない・・・」
初音が、思わず苦笑い。
「帰ろっか?帰りの運転は私がするよ」
「いや、少しだけ、せめて、初音の言う、自然の音楽が聴けるまでは居よう」
「夢の話だよ。お父さんたちも、聴いたかどうかわかんないみたいだし」
洞穴に少し入ったところで、優音は腰を下ろした。
振り返ると、赤い鳥居が自然の中に浮き出て見えた。
「音楽に合わせて、永遠の愛を誓うんだね」
優音が、呼吸を落ち着かせながら、それだけのことをやっと言い切る。
「ティーエスワン配合顆粒T20。さっきの薬。優音は私に隠してることがあるでしょ?」
あぐらをかいた優音が、奥の暗がりを見やる。そして、決心したように、語り始めた。
「佐伯芽季って思い出したんだ。メガネかけのインテリ女子。そうか、俺の居た病院の看護師だったのか」
それを聞いて、初音も優音の横に座りながら、
「最初は、桐山が来たよって、メールが来たの。その時、私は何にも優音から聞かされてないから、何で私の勤め先の病院に来ないのって、ちょっと、疑ったの」
優音は少し、笑った。
バカだなと、唇が言っている。
「守秘義務ってあるから、言えないこともあるけど、いろいろ話してるうちに、教えてくれたの」
優音が長く息を吐く。
「俺が、癌で、もう長くないって」
初音の顔が強張る。
「ずっと嘘だって、何かの間違いだって。そう思いこもうとしてた。でも、わかるの、一緒にいると優音の行動で、否応なく、真実を見ろって、現実が、神様かも知れない何かが、私に突きつけるのっ」
初音の声が、洞穴のなかで響く。
その時、一陣の風が吹いた。それは、第二陣を生み、やがて間断なく吹き始めた。
「雨風だな」
優音は、鼻を向ける。
「雨になる」
目を閉じる優音。
その左腕にすがるように、しがみつく初音。
「愛の歌、聴こえるかな?」
風はただ空しく、洞穴を吹き抜ける。
優音の体調が、急激に悪くなっているのは明らかで、
「雨が降りだす前に、帰ろう」と初音は言うけど、
「もう、ここには、来れないかも知れないから、もう少しだけ」と譲らない。
「そんなことないよ。いつでも来れるよ。何度だって、私と一緒に・・・」
「俺、初音と出逢えて良かった。初音が俺のすべてで、俺の世界の全部で、ほんとに、幸せだった」
「私だって、優音とだけが、生きるすべてだよ」
風は止み、雨が降りだした。雨足は、拙速に世界を造り変えていく。
赤い鳥居が、雨に煙っていく。
優音の体が、壁からずり落ちる。もう、自力で支えられないようだ。
その体を、初音は抱き締める。頭を自分の胸に掻き込む。
知らず、涙が溢れ出す。
「病院に行こう。ね、優音」
「もう、いいよ。初音とここにある温かさで幸せだ」
その時だった。
洞穴の奥で、鉄琴のような甲高い音がした。それは、続けざまに、高く低く、鳴り続ける。
「雨の雫が、床に落ちて、まるで音楽のようだ」
優音が、初音の胸のなかで、呟く。
「約束してほしい」
初音は、うん?と頬を寄せる。
「あの茶色の小瓶。一緒に死ぬ気だったんだろ?」
初音は黙っている。
優音は続ける。
「俺たちの赤ちゃん、産んでほしい。いきなり、父親なしだけど、ごめん。でも、死んではいけない。俺のぶんまで、初音にも、新しい命にも、生きて欲しい」
途切れ途切れの言葉。
わかっていたのか。そう初音は嗚咽を噛み殺す。
後追いの茶色の小瓶の毒物も、二人の新しい命が宿っていることも。
佐伯芽季が、真実を教えてくれたのも、お腹に優音との赤ちゃんがいることを話したからだった。
それでも・・・。
「ずっと一緒に居た。これからもずっと一緒にいたい。一人は、嫌っ」
「ひとりじゃない。俺たちの分身がいる、新しい命が。大変だろうけど、無責任な言い方だけど、二人には生きて欲しいんだ」
音は鳴り続ける。
優音が、震えだした。
「いや、いや・・・」
初音が、かきむしるように、優音を抱き寄せる。
強く抱き締めても、いかないでと泣き叫んでも、見えない心は、とどめることはできない。
小さな声が、した。
「愛してる、初音。僕と結婚してください」
最後の言葉。
「はい。よろしくお願いします」
涙が溢れて言葉にならない。
泣きながらそれでも初音は、伝え続ける。
「優音、愛してる
優音、愛してる
優音、愛してる・・・」
ずっと、ずっと。
茶色の小瓶は、鞄の中から無くなっていた。
生きて欲しいのなら、と初音は優音の耳元に決意を告げた。
「私たち、生きるよ。どんなことがあっても。でも、優音。いつでもどんなときでも、見守っていてよ」
お腹を触る。
力強い鼓動が、鳴っている。
エピローグ
小さな女の子が、草原を走る。
見守るお祖父さんとお祖母さんたち。
女の子が、大好きなお母さんに追い付き、脚に小さな手を絡ませる。
甲高い声が、青空に飛んでいく。
お母さんが、女の子を抱き上げて、頬を擦り付ける。
笑い転げる、幼子。
「雨音、大好きっ!」
風が吹く。
僕も大好きだと鳴っている。
おわり
※この話はすべてフィクションです。