第60話 任務前日 カーニャ編
「ふぁ……」
大きく欠伸をしながら目を覚ます、寝ぼけ眼で時計を見るとまだ7時半だった。
いつもよりだいぶ早い目覚め、と言うのも、任務が実習として取り入れられてから学院の授業はあまり受けなくなった。
それ故に早起きする必要もあまりない、遠方の任務の時は5時とかに起きる時もあるが、任務の無い日は殆ど自由な生活だった。
ふと隣を見ると布団が綺麗に畳まれ、アリアの姿はそこに無い、彼女はいつも早く起きて何処かへ行っている。
どこへ行っているのかは知らないが、彼女にもプライベートはある。
「今日はどうしよう……」
最近任務続きでこうした1日フリーと言うのは久し振りだった。
する事も特に無い、そして気が付けば髪を整えて制服を着ていた。
「授業でも受けようかな」
寮を出て久しぶりにも感じる学院の校舎へと向かう、実際には任務などで何度も行っているのだが、こうして授業の為に行くのは久しぶりだった。
今となっては学院でも上位のチーム、入学当初じゃ考えられない程に成長したものだった。
相変わらず対人は苦手だが、魔物に対してなら問題なく攻撃出来る様になった、嬉しい……嬉しいのだが、それではダメだった。
私の目標は今も昔も、カナデの足手纏いにならない、彼の隣にいる事……カナデの相手は人、魔物では無い。
恐らく今も何処かで彼は戦っている……会いたい、だが戦いは好きでは無かった。
この学院生活も気に入っている、任務は少し嫌な時もあるが、ルナリスやアリアと過ごす日々は幸せだった。
出来るなら、カナデが居て、アリア達が居て……そんな平和な日常を望む、だがそれは叶わない事だった。
「今日は授業しなくても良いと思ったんだが、お前が来るとは珍しいな」
教室に入ると教卓に座りながら眠そうにアルトが此方を見る、教室には彼と私の二人しか居なかった。
「他の人は?」
「みんな任務だよ、まぁ授業より実戦の方が身につくからな」
彼の口ぶりから察するに、一人でも生徒が来れば授業をしなくては行けないらしい……誰が来るかも分からないのに毎日学校に来ないと行けないとは、教職員も大変なものだった。
「ってもな、別に今更基礎教えても仕方ねーしな」
確かにその通りではある。
だが、彼から学びたい事は別にあった。
「アルトは人と戦った事ある?」
「先生って呼べよ、まぁこう見えても賢者候補だからな、腐るほどあるよ」
さも当たり前の様に言っているが、この国出身では無い故に、賢者になる条件があまり分からなかった。
「知ってるか分からんが、賢者は国で一番強い人間、象徴となる人物、言わば英雄なんだ」
心を読んだかの様にアルトは説明をしてくれる。
「英雄ってのは国にどれだけ貢献したか、この時代だとどれだけ人を殺したかって事なんだよ、魔物も対象には入るが……俺の場合は戦争で活躍したから賢者候補になったんだ」
「なんで人を殺すの?」
「痛いとこ聞いてくるな……」
カーニャの言葉にアルトは苦笑いを浮かべる、人を傷つける事すら出来ない私にとって、アルトやカナデの様な存在は異質で、理解が出来なかった。
殺したいとは思わない、ただ来るかは分からないが、カナデや大切な人が危ないときに今のままでは助けられないから、変わりたかった。
「そうだな、逆にカーニャは何故人を傷つけられない?」
何故……漠然としていて、あまり考えて事はなかったが……強いていうなら、わたあめ……彼女が死んだときに感じた、あの胸を締め付けられる様な、苦しくて、悲しい感覚……友達が死んだ苦しみだった。
わたあめとは出会ったばかりだった、だがあんなにも悲しかった。
人を殺すと言う事は、その人を大切に思っていた人が悲しむと言う事……私はそれを想像すると攻撃が出来なかった。
「その人にも大切な人が居るから……」
「……まぁ、そう思うのが一般的……だがそいつがカーニャ、お前の友達や大切な人を殺そうとしていたらどうする?」
そう質問されるのは分かっていた。
だがそんな状況は訪れてみないと分からない……それに、カナデはそんな心配はいらない程に強い。
「流石にこの質問は早いか、俺は自分の大切な物を守る為に殺す……それが人間なんだよ」
そう言いアルトは立ち上がると、換気の為か、窓を開ける。
「人間ってのは結局は自己中心的な生き物、相手よりも自分を優先する、そりゃ相手にどれだけ大切な人が居ても、自分が死んじゃ世話ねぇからな」
そう言いアルトは笑う、分かって居る……自分が死んだら意味ない事くらいは。
「まぁ、そもそも人間なんて一人一人が違う訳だしな、カーニャ見たいに人を傷つけられない人間も居れば、簡単に人を殺す人間も居る……そればっかりは俺も、なんとも言えないな」
やはり人を傷つけられない……それは克服しようと思っても簡単に出来る物ではないらしい。
「それより明日、Aランクの任務に行くんだってな」
「うん」
「Aランク任務経験者の先輩として、一つ忠告だ」
そう言いアルトは指を立てる、その言葉にカーニャは首を傾げた。
「任務中は何が起こるか予測出来ない、魔人出現の様にな……そして優先すべきは任務じゃない、命だ」
「命?」
「そう、仲間の命、己の命……危険を感じたら直ぐに逃げろよ」
いつもは見せない真剣な表情でアルトは告げる、その表情にカーニャは息を呑んだ。
「不安にさせて悪いな、ただ、生徒が命を落とすのは教師の監督責任になって、最悪クビだからな、頼んだぜ」
そう言いカーニャの方を叩き、アルトはタイミングよく鳴ったチャイムと共に教室を出て行く、あの表情と言葉……彼は恐らく過去に任務で何かあった様だった。
最後は冗談っぽく誤魔化して居たが……賢者候補に命を大切にしろと言わせるAランク任務……少し怖くなってきた。
だがアリアとルナリス、この二人とならやれると言う自信もある……私はそれを信じるしか無い。
「これからどうしよう」
まだ昼どころか、1時間しか時間は経過して居ない……任務が無く、アリア達が居ないとこんなにも暇とは思わなかった。
どうしようとは言ったが、こういう時に行く場所は決まっている。
「4日振りですねカーニャさん」
書庫の受付で本を片手に、ミツリアが入室したカーニャの方を振り向く、結局はこの場所を訪れてしまう。
本に囲まれていると不思議と落ち着くのだ。
「うん、最近任務が忙しくて」
「任務……ですか、私も一時期は行ってましたね」
「そうなの?」
過去形と言う事は、今は行って居ないのだろう。
「はい、ですが私には魔導隊は向かないと言うことが分かりました、それにこの司書の役割もしっくりと来てますし」
そう言い本のページを捲る、入室早々にそんな話をされるとは思って居なかった……少し気まずい。
「カーニャさんは緋色の約束と言う本をご存知ですか?」
「初めて聞いた」
「私の好きだった本なんです、仲間との友情を描き、どんな困難も攻略して行く王道の話なんですけど……一番好きだったポイントは自叙伝と言う事」
「自叙伝?」
「はい、ノーマンズって言うこの国に居た魔導隊の人なんですが、私は彼に憧れてこの学院に入ったんです」
当然ながら、聞いた事はない。
「ですが所詮は自叙伝とは言え本の中の話、私の現実は少し厳しかったですね」
ここまで来ると何となく話の流れは読めて来た。
「仲間の一人が任務で命を落として、あの日から私は魔法が使えなくなったんです」
「魔法が使えない?」
少し予想と違った。
「はい、仲間を守れなかった後遺症なのでしょうか、使おうとしても潜在的な部分が邪魔をして、魔法が発動できないんですよ」
そう言い軽く詠唱をして魔法を発動しようと試みる、だが後半に行くにつれて声は掠れ、息切れを起こし始めて居た。
「もうやめた方が……」
「そ、そうですね……この通りです、私はもう戦える精神状態じゃ無いので、魔導隊に入る為に蓄えた知識をこの司書として発揮してるんです」
そう言い震えた手で再び本を手に取る、彼女には少し親近感を感じる。
あそこまで酷くは無いが、私も人に魔法を向けようとすると躊躇い、発動をやめてしまう……その点では同じだった。
「暗い話が続く様で申し訳ないんですけど、最近ある噂が流行ってるのご存知ですか?」
「噂?」
「はい、近々戦争が起こるかも知れないとか、何とか」
「戦争?」
また物騒な、だが戦争自体は別に珍しくも何とも無い。
歴史書を見ても殆ど記されているのは戦争の事ばかり、それに近隣の小国なんて常に戦争を繰り返して居る。
「はい、噂程度でしか無いですけど、大きな戦争が近々……起こるらしいです」
その言葉にカーニャは黙ってミツリアの顔を見る、正直何とも言えなかった。
この国の状況は私には当然分からない、何処と仲が良くて、悪いのかも……だが、大国が戦争を起こすと言う事は歴史に残る大事件になる事だけは理解して居た。
「どの国と戦争になるかも分かりませんが……劣勢になれば確実に学院の生徒は戦場へ駆り出されます……怖いですね」
「そうだね」
ミツリアの言葉に頷く、私にはこの国自体に思い入れなんて無い、だが恐らく戦場に出されれば戦わなくては行けない。
だが今の自分に人を傷つける事はできない……だが死にたくも無いし、誰も死なせたく無い。
幸いなのは戦争の事は噂程度と言う事だった。
「何か暗い話ばっかりですみません」
「大丈夫、本だけ借りてく」
そう言いカーニャは適当に三冊本を見繕うと、受付を済まして書庫を出る、今自分がすべき事は何なのか……分からなかった。
だが今幾ら考えた所で、明日の障害にしかならない……今は出来ることをやるだけだった。




