第57話 初任務
「はぁ、また森な訳?」
初めての任務、訪れたのはルデールから10km程度南下した場所にある小さな村、人口は30人ほど、今回の依頼主はこの村の村長だった。
「この森に最近ゴブリンが住み着き、この村を度々襲うのです……しかし小さな村ゆえに傭兵を雇う資金も無く……」
「安心してください、私達が来たからにはもう怯える必要もありませんわ」
絶望する村長に優しくルナリスは声を掛ける、ゴブリンは一個体の能力は高くないものの、群で行動する習性と少しの知性が厄介な魔物……だが一番の特徴はその繁殖力だった。
ゴブリンは年中発情期なのかと言いたくなるほど子作りに積極的、それにあの小さな体で一度に4〜5匹程子供を産む、そして数日もすればもう他のゴブリンと変わらない大きさ、人間で言う成人になる……ゴブリンがあまり強くないのに厄介で多い理由はそこだった。
この村は殆ど老人と子供しか居ない、村長の話では成人の男は二人、腕っ節もあまり強くない上に、ゴブリンとの戦いで負傷中……ゴブリンが繁殖するには好都合な村だった。
「カーニャ行きますわよ」
「うん」
ルナリスに呼ばれ村長の家を後にする、扉越しでも彼の願いは聞こえてきた。
この村を救ってくれと、任務に大きさはある、だがその全てには困っている人が居る……成績の為でも何でもない、ただこの村の人を助けたかった。
人を助ける、そう決意したカーニャとは逆に村から少し離れ、森の入り口で二人を待つアリアの表情はあまり浮かなかった。
彼らを助ける意味があるのか……アリアはずっとモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
赤い髪への迫害は今に始まった事ではない、だが純粋に私が嫌いだったルナリスと何の偏見もないカーニャと一緒に過ごして居て私は忘れて居た。
赤い髪は、血の魔女は国から嫌われて居る、彼女のした事は許せる事ではない……国民の中にも理解ある人は少数だが居る、メイガスタの様な人は、だが大半はこの村の様な奴らばかりだ。
こうして森の入り口にいるのも村に入る時に用心棒の代わりとなって居た村の男に血の魔女は入れないと言われたからだった。
随分と有名な物だ、こんな村にまで私の存在が伝わって居るのだから。
「でも……お母さんの為よね」
こんな国の人間はどうでも良い、寧ろ母を……私達を迫害したこの国は大嫌いだ。
こんな国の人を助けたいなんて思わない、だが私は母を裕福に、迫害をなくす為に認めさせなくてはならない……今日の奴らを助けるのも仕方なくだ。
「アリア、癖……でてますわよ」
親指を血が出るまで噛んでいたアリアにルナリスはカーニャに聞こえない様にそっと伝える、すると気が付いて居なかったのか、隠す様に手を後ろに回した。
「話は済んだの?」
「えぇ、ゴブリンの規模はざっと30体程、そこまでの任務じゃありませんわね」
「ならさっさと片付けるわよ」
そう言いアリアは探知も待たずに森へと入って行く、今の彼女は危うい。
いつもと少し様子の違うアリアにカーニャも少し戸惑って居た。
「何故アリアはもやしっ子、貴女に優しく接するのでしょうね」
「急にどうしたの?」
「あの様子を見て何か思わないかしら?」
そう言いアリアを指差す、確かに今日のアリアは少し様子がおかしい様な気がした。
「もやしっ子は迫害を受けた事があります?」
「奴隷だったから少しは」
「でしたら、殺意を向けられた事は?」
その言葉にカーニャは首を横に振る、奴隷だからと殺意を向ける人間は居なかった、あるのは哀れみやら嘲笑、馬鹿にされる事だけ。
「一つ、知っておいて欲しいですわ……アリアは善人ではないという事を」
「善人じゃない?」
そんな訳は無い、私には色々と言うけど優しくしてくれる、それに他の人にも……
「あれ?」
思い返してみれば、アリアが私以外に優しくして居るのを見た事が無かった。
「幼い頃から迫害され、国の人から忌み嫌われ続ければ性格も歪みますわ、私からすれば今こうしてこの学院で共に学べている事すら奇跡に感じますもの」
そう言いルナリスは先を行くアリアの背中を見つめて告げる、よく考えればこの一ヶ月で彼女の過去については深く聞いた事が無かった。
初対面の時から意外と私に色々世話を焼いてくれて、優しいと思って居たのだが……何故私にだけなのだろうか。
でも一つ分かったことはある。
「やっぱりルナリスもアリアが好きなんだね」
「な、何言ってますの?!髪だけじゃ無くて頭の中も真っ白ですの?!」
分かりやすく照れて歩く足を早める、そして暴言を吐きまくって居た。
「探知魔法はどう?」
「特に感知ありませんわね」
杖を片手にルナリスが瞳を閉じて周囲を確認する、それ程大きな森でも無いのだが、ここまでゴブリンに遭遇しないのは少し妙だった。
ゴブリンは基本的に何でも食べれる上に常に人間が持つ3大欲求のうちの二つに苛まれている。
それが性欲と空腹、ゴブリンは常に発情し、腹をすかせている、その上雑食ゆえに草でも木の実でもなんでも食べる、日中は森を徘徊している筈なのだが……何処にも姿は無かった。
不可解、知能があるとは言え、私達が討伐しに来たという事はまだ悟られて居ない筈だった。
「何か感じる」
探知を終えた直後のルナリスにカーニャがそう告げる、その言葉にアリアは周囲を見渡すが何か居る気配は居なかったのか。
「何も居ないわよ?」
「感じる」
なんと表現すれば良いか分からないが、黒くて嫌な気配が前方から五つほど感じる……このまま進めば危険だった。
「待ち伏せかも知れない……」
そう言いアリアを少し後ろに下がらせる、そして手をかざして広範囲の威力は低い光魔法を発動すると甲高い人間ではあり得ない悲鳴が鳴り響いた。
茂みからは身を潜めて居たゴブリンが光の炎に焼かれながら転がってくる、そして間も無くして絶命した。
「本当に居ましたわね、探知には引っ掛かりませんでしたが」
「なんで分かったの?」
アリアとルナリスは不思議そうに困惑気味でカーニャに問い掛ける、だが自分にも分からなかった。
「なんか嫌な感じがしたの」
「嫌な感じって……悔しいですが探知はもやしっ子に任せますわ」
「その方がいいわね、にしてもコイツら、範囲魔法で死ぬほど弱かったかしら?」
そう言いゴブリンの死体をひっくり返す、皮膚が酷く爛れて居た。
どう見ても広範囲の光魔法の威力では無い……これが聖の属性なのだろうか。
魔物は邪悪なるもの、故に光属性に弱い事は多いが……聖がこれ程効くとは思いもしなかった。
「また来た」
カーニャの言葉にアリアは剣を構えて指を刺した方向を向く、少し実験してみる価値はあるかも知れなかった。
「二人とも少し手を出さないで」
そう言いゴブリンに向かって最低級の炎魔法を発動する、ゴブリンは火に驚いて後退りをするが、軽い火傷をする程度だった。
「カーニャ、私に身体支援掛けてくれる?」
「分かった」
魔法には全く影響の無い身体能力強化、ゴブリン1匹に狙いを定めて先程と同等程度の魔法を発動する、火球はゴブリンに当たると一瞬にして燃え広がり、ゴブリンを焼き尽くした。
「やっぱり……」
驚いた様子の二人を他所に残って居たゴブリン二体を斬り捨てて剣を納める、カーニャの魔法には自動的に聖の属性が付与される様だった。
そして聖の属性は魔族に効果的面……詠唱を破棄できる才能と良い、彼女は一体なんなのだろうか。
「まぁ、ゴブリン退治が楽になるわね」
「ですわね」
二人して顔を見合わせて頷く、任務は至って順調……このままなら遂行は容易かった。
「カーニャ、何か感じる?」
「今のところは何も」
そう言いアリアが歩みを始めようとしたその時、突然前方にゴブリンの時とは比にならない……大きく、不気味な気配を感じた。
「アリア止まって!!」
カーニャの声に踏み出そとした足を止めてこちらを振り返る、するとアリアが進む筈であった場所に巨大な斧が振り下ろされた。
「あ、危なっ!?」
アリアは驚きながらも後ろに飛んで後退する、木々を薙ぎ倒しながら邪悪な気配の主が姿を現す、ゴブリンの様な緑色の身体に3mは超える程の巨体、この状況から察するにハイゴブリンなのだろうが、それにしては雰囲気が禍々しかった。
「こいつ、ハイゴブリンよね?」
「見た目的にはそう見え無くも無いですけど……それにしては大き過ぎませんこと?」
普通ゴブリンの上位種、ハイゴブリンは1.5mから2m程度しかない、それでも十分大きいのだが、3mともなるとゴブリンキング、ゴブリンの王としか思えなかった。
だが特徴的な王冠は無い、それにゴブリンキングは単独では出て来たりしない……そうなると目の前の奴はやはりハイゴブリンだった。
「取り敢えずカーニャ、支援お願い」
「うん」
慌てる様子も無く、3人はそれぞれの準備を整える、ハイゴブリンは勢いを付けて斧をアリア目掛けて振り下ろした。
「緩いわね」
斧を剣で受け止めると弾き飛ばす、上へと弾かれたハイゴブリンの腹部はガラ空きだった。
「任せるわよ」
「一撃で片付けますわ」
アリアがそう言い脇に逸れるとその背後に居たルナリスが特大の火球を放つ、だがハイゴブリンは巨大に似合わないスピードでそれを交わした。
ハイゴブリンは挑発する様に汚い笑い声をあげる、それとは真逆にルナリスは上品に微笑んだ。
「やはり知能は猿以下ですわね」
そう言い手を振り上げるとゆっくりと下ろした。
「初撃はフェイク、これは定石中の定石ですわよ?」
その言葉と共にハイゴブリンの上空に浮かんでいた黒雲が雷を落とす、意識外からの攻撃に交わす事も出来ずに落雷は直撃した。
直撃した右肩から下が吹き飛ぶ、聖属性も付与された雷撃魔法は一瞬にしてハイゴブリンを黒焦げにした。
焦げ臭い匂いが漂って来る、知能の低い魔物で助かった。
戦闘の基本は読み合いだが魔物にはそれが無い、ゴブリンも知能があると言えど読み合い出来るほどの知能はない。
「取り敢えず、残りのゴブリンを引き続き始末しましょ」
「うん」
アリアの言葉に二人は頷くとその場を後に森の奥へと進む、そして誰も居なくなったハイゴブリンの死体のそばに一人の深くフードを被った男が姿を現した。
「うーん、ハイゴブリン程度じゃまだ弱かったかな?」
しゃがみ込みハイゴブリンの死体を眺める、そしてそれを蹴り飛ばすと死体は粉々に散って行った。
「もう少し実力を探ろうかな」
そう言い男はフードの下から笑みを浮かべるとその場から姿を消した。




