第四十話 ひと段落
「一先ずは終わりか?」
「あぁ、俺の能力で見る限り生存者は居ない、ここに居る人達で全員だな」
教会前の扉に集まり新城と言葉を交わす、大きさで言えば一般的な体育館の1.5倍程の教会、それが半分埋まる程度しか生存者は居なかった。
「全街民が15万人、生存者は890名、死者2000弱、あとは全員狂乱者になってるな」
「14万人近く操られてるって事か……」
とんでもない規模の能力、何が原因で操られているかも分からない……それに放っておけば被害は更に広がって行く……現状は眠らせるしか手段は無かった。
「取り敢えず生存者達は英雄組合で保護するとして、狂乱者はどうする?今のところアルスフィアと俺しか現場に居ないが」
「そうだな……あんまり良い手段では無いが、恐らく教祖を倒せば能力は解除される、それまで眠らせるしか無い」
「眠らせるか、俺達は何をすれば良い?」
「取り敢えず生存者をこの街から遠ざけてくれ、この街に俺と狂乱者以外居なくなったら眠らせる」
カナデの異常さがもう既に分かっている新城は特に何を言う事もなく扉を開け教会に入り生存者を移す準備に入る、するとアルスフィアが此方に近づいて来た。
手にノートを持つ様子は無かった。
「す、すまなかった……私に任された筈の任務を何から何までカナデに押しつけるみたいになって」
「お、おお」
突然普通に喋り出すアルスフィアに驚き過ぎて言葉が入って来なかった。
女性となら普通に話せると言っていたが、男性恐怖症という訳では無いのだろうか。
「何で突然喋り出したんだ?いつものノートは?」
「へ、変か?」
「別に変では無いが、違和感はあるな」
そんなに出会って日も経って無いが、それでもノートで喋っていた人物が突然普通に喋ると違和感はある。
「そ、そうか……」
そう言い何も言わなくなる、やはり声色を聞いても性別が判断出来ない、俺の予想では8割女性だが……まぁ何でも良いだろう。
「何で突然俺にノートじゃ無く声で話しかけたんだ?」
「私もそろそろ変わらないと行けないと思ってね、それにメリーさんとカーニャちゃんが信頼してる人なら大丈夫と思って」
「何だその理由、まぁコミュニケーションが取りやすくなって助かるよ」
正直彼女が喋ろうと喋らなくても関係は無かった。
それよりも今はこの事態を収束させる方が先決だ。
「次はその仮面の中でも見せてくれ」
そう言いカナデは手を振りながら背を向ける、その言葉にアルスフィアは何も言わずに背を見ていた。
『聞こえてるかカナデ?』
「ああ、退避は済んだか?」
街の中心に到着すると同時に新城から念話の魔法が繋がれる、頭の中に声が流れる様で気持ち悪くてあまり好きでは無い魔法なのだが、電話が無いこの世界では必須級の魔法だった。
『退避は済んだ、もう俺達は何もしなくて良いのか?』
「あぁ、あとは俺がする」
『分かった』
それだけを残し念話は切れる、狂乱者の呻き声だけが響き渡る街の中でゆっくりと空を見上げた。
「もう直ぐ夜明けか」
随分と長い夜だった気がする、この街の人には悪いが……しばらく眠ってもらう事になる。
あそこで教祖を逃してしまった俺のせいで不憫な思いをさせる、恐らく狂乱化して居るのは信者の人達だった。
ただ神様を信じていた人、金で安心を買っていた人、貧困から来る現実をあの液体で紛らわしていた人……教団に属する理由は様々だが、ここに居る人は皆んな被害者だった。
とは言え一概に全て教団が悪いとも言い難い……実際に助かっていた人も居るのだから。
「まぁ……居ない方がこの世界の為何だけどな」
そう呟くとカナデは空に向かって息を吹き出した。
口から出る甘ったるい薄くピンク色の煙、それは徐々に広がるとやがて街全体を覆った。
街に響く声は次第に少なくなって行く、そして数分もすれば街に静寂が訪れた。
「取り敢えずこんなものか」
街全体を煙で覆うとその場に座り込む、本来であればかなりの魔力量だが、今の俺にはなんて事無かった。
例えるならお風呂の水から小さじいっぱい分掬い上げた程度、何は無くなるがその前に回復する、疲労すらしないレベルだった。
「とは言え、定期的に煙の濃度は上げに来ないと行けないな」
それに眠って居るという事は栄養も取れない、あまり医学に詳しく無い故にどれだけの期間栄養を取らずに生きれるかは分からないが……定期的に治癒魔法を施しにも来ないといけない様だった。
「まぁ……取り敢えずはひと段落か」
この色の煙なら恐らく街に誰も近づく事は無い、それにしても俺は何をやって居るのだろうか。
クリミナティの情報は掴んでいるが片凪は相変わらず行方が分からない……カナデは顔を手で覆うと唸る様な声を上げた。
「くそっ……何やってんだよ」
正直少し焦りがあった、よく漫画やアニメで復讐系のキャラが居るが……彼らに共通するのは孤独という事。
仲間を得ると良く復讐をやめる奴も居る……復讐心と言うのは永遠では無い。
確かに片凪は許せない、目の前に現れればどんな残酷な殺し方をするか迷うレベルだ……だが、復讐心が前ほど強く無いのが分かる。
カーニャやメリナーデと言う守るべき存在が出来、父やフィリアスとの約束もある……ただ復讐だけが生きる理由では無くなっていた。
それが良い事なのかは分からない……ただ、死んだフィリアスに申し訳ない様な気がして居た。
正直、カーニャ達と過ごす日々を悪く無いと思っている自分が居る、いつか復讐を忘れてしまうのでは無いか……それが怖かった。
「取り敢えず……戻るか」
歯切れの悪い終わりだが、まだまだやる事は山積み、のんびりとはして居られ無かった。
転移魔法を使いアジトへと転移する、そろそろ此処ではなく自分の拠点を作っても良さそうだった。
「な、なんか出た!?」
「凄いです!こんな短時間でセンスあるんじゃ無いですか!?」
外から二人の興奮する声が聞こえる、何が出たのだろうか。
「何してるんですか?」
アジトから出ると声のする方へと向かう、すると人に見立てた木の棒が少しだけ燃えていた。
「あ、お帰りなさいカナデさん、聞いてください、カーニャさんが魔法を習得したんですよ!」
「魔法?」
何でまた魔法をと言う疑問もあるが、まぁ使えるに越した事は無かった。
「カーニャさん、もう一度行けますか?」
「う、うん……」
そう言い手を重ねて対象となる木の棒に向ける、そして力むと胸辺りの部分が軽く燃えた。
まさか無詠唱で魔法陣も無しとは思わなかった、当の本人もその凄さに気づいてない様子……これはかなりの逸材かも知れなかった。
「凄いな、いや……予想以上で言葉が出ないよ」
「そんなに?」
カナデの予想外の反応にカーニャも少し困惑して居る様子だった。
彼女達はあまり分かっていない様だが、この異世界で数十年も過ごしている俺からすれば無詠唱なんて才能の塊だった。
普通は簡単な魔法陣から入り、詠唱を覚えて、それを簡略化……大抵魔法を使う人間はそこまでしか出来ない。
この世界には賢者やら大魔道士何て肩書きの人間も居るが、詠唱を破棄できるのはそのレベル、本当に一部の人間だけだった。
しかも詠唱破棄は長い年月を掛けて練度を高め、やっと出来る……それをこんな初っ端にやって退ける何て、まさに天才だった。
「ちょっと、これは化けるかも知れないな……」
彼女が自分で身を守れるに越した事は無い……少しの修行でとんでもない力を付ける可能性もある。
「なぁカーニャ、何で魔法を覚えたいんだ?」
だがその前に彼女の真意を聞いて置かなければならない。
人間、強い力を得るとその使い道を間違える事は良くある……カーニャもそうなるのなら、力を付けて貰わなくても別に良かった。
「それは……」
少し言いにくそうだった。
「カナデに……迷惑掛けたく無いから」
「迷惑……?あぁそう言う事か」
良くカーニャ達を別行動で何処かへ置いて行く事を迷惑掛けたと思って居たらしい……ただ怪我をさせたく無い、万が一を起こしたく無いからなのだが、こう言う事は言葉にしないと伝わらないだろう。
「別に迷惑なんて思ってないさ、二人が大事だから、俺が守り切る自信が無いから悪いんだよ」
フィリアスに500敗もした所為で負け犬根性でも染み付いて居るのだろうか。
だがどれだけ強くなっても守り切る自信は無い、それだけ転生者は何をして来るか分からない連中なのだから。
「まぁでも、カーニャにもメリナーデ様のお守りが頼めるのならありがたいな」
「うぅ……守られるばかりなのが情け無いです」
そう言いしょんぼりとする、だが仕方無い。
「よし……そうと決まれば行くか」
「行くって、何処にですか?」
「カーニャを鍛えてくれる人の所だよ」
その言葉にキョトンとした表情の二人、故郷を失い、知り合いも居ないように思えるが、母の知り合いで一人面識のある人物が居た。
彼の居る場所はルデール、エルフィリアが滅ぶ前は三大国の一つだったのだが、今はナルハミアの一強となり、随分と肩身の狭くなった国の一つだった。
完全に会ったのが昔で忘れて居たが、彼ならカーニャを任しても全然不安では無かった。
「そうと決まれば出発するか」
「うん!」
カナデの言葉に少し興奮気味にカーニャは返事をする、ルデールまでの道のりは遠いが、何は行く必要のあった場所、それに知り合いに会う為なら苦では無かった。
「置いてけぼり感が半端じゃ無いのですけど……まぁ良いですか」
少し楽しげな二人の背中を見てメリナーデは可笑しそうに微笑んだ。




