第三十一話 初仕事
「昨日は良く眠れたか?」
「あぁ、お陰様でな」
そう言いカナデは食事が並べられた昨日訪れた部屋の椅子に腰掛ける、勿論眠りなどして居ない、敵地ですやすや寝るほど馬鹿でもない。
それに結論から言って、寝ずに正解だった。
誰かは分からないが此方を見る気配と視線をずっと感じて居た、恐らく向こうも此方を信用しては居ないのだろう……だが別にこちらも信頼関係を築くつもりは無い。
目的は解体、中心人物である教祖と右腕は殺す必要がある、信頼関係もクソも無い。
「あ、お兄ちゃんが居る!」
嫌な声が聞こえて来た。
「珍しい、わたあめが教祖様以外に家族の名称で呼ぶなんて」
そう感心する赤井を他所に、わたあめがカナデに突っ込んでくる、そして屈託の無い笑顔で此方を見て居た。
「ねぇねぇ、何でお兄ちゃんが居るの?何で?何で?」
子供特有と言うべきか、気になった事を永遠と聞いてくるモードに入る、その言葉に一瞬苦い表情をするとショックを受けたかの様に一歩下がった。
「お兄ちゃんが嫌な顔した!」
そう言いわたあめは部屋を走り回る、彼女にはペースを狂わされる……正直一番苦手なタイプだった。
「凄い懐かれてるな、俺は名前すら呼んでもらえないのに……」
「お前は暑苦しい!」
そう言い赤井を指差し笑う、2人のやり取りを眺めながら用意された料理の数を数える。
アルスフィアの話では汚れ役3人の、教祖と右腕を合わせた5人、ここまでは確認できて居るとの事……料理の数は5つ、自分の分を抜くと4人分……流石に教祖は姿を見せない様だった。
だが残りのメンバーも確認出来るのは願っても無い事だった。
恐らくそのうちの1人は昨日から赤井の側に居る茶髪の青年、見たところあまり強そうでは無いが……転生者は皆んなそんな物だった。
「桜庭、お前も座ったらどうだ?」
茶髪の青年は桜庭と言うらしい。
「いや、俺は大丈夫だ、いつ敵が襲って来るか分からんからな」
そう言い、澄ました顔で立ち続ける、昨日のやりとりを聞いた限りだと部下的な位置付けかと思ったが、タメ語で話して居るのを聞く限りはそうでは無いらしい。
イマイチこの団体の階級付けも分からない、色々と調べる余地はありそうだった。
「まだ2人集まって無いが、時間だ、まずは祈りを捧げよう」
そう赤井が告げると癖の強い2人は大人しく席に着いた。
「我らが神リリアーナ様に、こうして二度目の人生が歩める事へ感謝を込め」
そう特に長々と述べる事も無く、シンプルに告げると合掌をする、そして数秒間目を瞑り、手を合わせ続けると、目を開けて食事を始めた。
「それにしても、木中と茶神は何をしてるんだ?」
「木中は知らないが、茶神はまた女でも探して居るのでは?」
「またか」
そう言い赤井は呆れる、すると示しを合わせたかの様に扉が開き、1人の女性が入って来た。
「おっすおっす、遅れて悪いねー」
軽いノリでズカズカと入って来ると椅子に勢い良く座り、品性もクソも無く料理に手を付け始める、流れからして彼女は茶神の筈だった。
「茶神、祈りをしろと何度も言って居るだろ」
「あー、そうだった……リリアーナ様サンキュー!」
そう言い目を軽く閉じて片手で合掌の真似事をする、その行為に赤井と桜庭は呆れ、わたあめは爆笑して居た。
「すまんな、騒がしい奴らで」
「まぁ、それは慣れてますから」
カーニャはそれ程だが、メリナーデ様は兎に角、酔ったらうるさい……その苦労は何となく分かる。
「へー、新しい子ってイケメンじゃん、まぁ私には関係無いけど」
そう言い片膝を上げながら料理を食べる、礼儀作法は全くどうなって居るのやら。
「まぁ、そろそろ本題に入ろうか、今回頼むのは単純な取り立てだ」
「あぁ、ここより西のミルハと言う小国の国王が金を渋って居てな、此方はしっかりと仕事を果たしたのにそれを払わない……そんな事は通らないだろ?」
「まぁ、それはそうだな」
「だから金を払ってもらう、勿論手段は選ばなくて良い、重要なのは金を払って貰う事だからな」
そう言いフォークで肉を強く刺す、金の取り立て……まるで借金取りだった。
「普段なら誰かを付けてやりたいが、今回はやる事が多くてな、木中も帰って来ないし、1人でも大丈夫か?」
「問題ない、たかが金の取り立てだろ?」
「そうか、なら食事後、各々の仕事に戻る様に」
その言葉に皆、口々に返事をする、仕事……汚れ役なのだから当然だろう。
少し食べるスピードを落とし、周りから何か聞けないかを待ってみるが、結局残ったのはわたあめだけだった。
「お兄ちゃん食べるの遅いね」
「今日はそう言う気分でな」
もうお兄ちゃん呼びに違和感がなくなって来た自分が怖い、だがこうして見ると本当に妹が出来たかの様だった。
「わたあめは何でお兄ちゃんって呼ぶんだ?」
「?お兄ちゃんはお兄ちゃんだからお兄ちゃんって呼ぶんだよ?」
不思議そうに訳の分からない事を言う、彼女に答えを、意味を求めては行けない様だった。
「まぁ何でも良いや」
そう言い申し訳程度に皿を重ねると席を立つ、取り立ての前にカーニャ達を連れて行こうと部屋を向かおうとするが、何故かわたあめが着いて来て居た。
「なんで着いて来るんだ?」
「昨日の白いちっこい子に会いたいから」
そう自分よりも大きいカーニャをチビ呼ばわりする、確かに歳も近く、気になるのは分かるが……圧倒的に不安だった。
彼女は人を殺す、それもかなりの手練れ……カーニャに万が一が無いとは言い切れない。
「仕事が終わってからでも良いんじゃ無いのか?」
「うーん、お兄ちゃんがそう言うならそうする」
少し残念そうな表情を見せるも、意外にも素直にそう言うとわたあめは走り去って行った。
とことん不思議な子だった。
「ソーニャ、メリー様、俺は少し用事でここを開けます、アルスフィア、2人を頼めるか?」
『大丈夫』
正直、アルスフィアを信頼して居る訳では無い、だが2人を連れて行く訳には行かない……仕方なくだった。
「……行ってらっしゃい」
2人の見送りの言葉を聞き、カナデは背を向ける、気のせいか、メリナーデの表情は悲しげだった。
「さてと、ミルハか……面倒臭いな」
教団の外に出ると大きく伸びをする、1人になるのは久しぶりかも知れなかった。
ミルハはまだ訪れた事のない国、転移魔法も使え無い……だがこの身体ならそう苦労せずとも辿り着ける筈だった。
なるべく早く終わらして帰る……街の外に出るとカナデは軽くジャンプをし、地面を蹴った。
「相変わらず気持ち良いな」
一般人ではまず視認出来ないほどのスピードで草原を駆け、森を抜け、山を登る、相変わらず馬鹿げた身体能力だった。
転生者の攻撃でも傷つかない肉体に一振りで地を割るほどのパワー、チートという言葉は自分が良く似合う。
だが忘れては行けないのがこの力は愉悦に浸る為では無いと言う事……これはメリナーデを守る、そして復讐の為の力なのだから。
「ここがミルハか、国……にしては少し寂しいな」
城も無ければお洒落な街も商店街も無い、ただ無機質な石造りの街並みが広がって居るだけの国、とても金などありそうも無かった。
恐らく城……と言うか、国王が住んで居るであろう建物は辛うじて色付きの石が使われて居る、それにしても質素なのは変わりなかった。
「まぁ、貧富の差はあるよな」
正直、こうやってマジマジと見る経験はあまり無かった。
俺は幸運な事に裕福な方の家庭で生まれた、貧富の差はあると聞いて居たが貧しい国はこうも貧しいとは……残酷な世界だった。
「お兄さん、私を買わない?」
街の光景に呆気を取られて居ると売春婦と見られる女性が話し掛けてきた。
「幾らだ?」
「1000レラよ」
相場は知らないが……恐らくかなり安い。
カナデは懐から1000レラ取り出すと女性に手渡した。
「少し話しを聞きたい、これは情報料だ」
俺に出来るのはこの程度、大金を渡す事も出来るがそれは根本的な解決にはならない……だが見て見ぬ振りも出来ない、力があるのに無力だった。
「お話し?何が聞きたいの?」
「そうだな……」
改めて聞かれると困る、聞きたい事があり過ぎて。
このミルハと言う小国は一応は国を名乗って居るが、元々はエルフィリア領土から独立した国の筈だった。
だがそれが突然独立すると言い出し、何処から出たのか、大金をエルフィリアに渡す事でそれを成し得た……正直謎が多い国だった。
「国王の事について聞きたいんだ」
「国王?あぁ、ルドーシュの事ね」
ルドーシュ……国王を敬称も付けずに呼ぶのが少し引っかかる。
「何かおかしな事とか、金銭的なトラブルとか無かったか?」
「そうねぇ……」
カナデの言葉に考える様なポーズを取る、一市民に情報など期待して居ない、何かあれば良いな程度だった。
「そう言えば最近博打が出来なくてキツいって言ってた様な」
「博打?」
「えぇ、大切な金に手を掛けたから、俺は死ぬかもしれんとか言ってたけど、まぁあの人の事だからいつもの事だしねぇ」
そう言い笑う、話の内容は全く笑えないのだが……それだけ信頼関係のある国王なのだろうか。
「ほら、話しをしてたら」
そう言い指を指す、その先には首元まで伸びた金髪の、一見女性と見間違える様な美青年が歩いて居た。
彼が国王とはとても信じられなかった。
見た目の若々しさもそうだが、一番なのは彼がエルフと言う事だった。
「国王はエルフなのか?」
「そうよ、珍しいでしょ」
彼が現れた瞬間、街の人々が集まり出し、笑顔になって居た。
正直、ここまで愛されている国王は見た事が無かった。
「みんなー、俺に金くれよ」
「いや、それこっちのセリフだよルドーシュ!」
ルドーシュの言葉に市民の人々が口々に突っ込む、貧しい街とは思えない笑顔と賑わい様だった。
その後、ルドーシュは街の人々に心ばかりの食糧と日用品を渡し、カナデの方に視線を向けた。
「あんたは……まぁ察しはつくよ、教団関係者だろ?」
その瞳は覚悟を決めた瞳だった。
「此処じゃあれだ、俺の家に来てくれるか」
「それは任せる」
ルドーシュに案内されるがまま、カナデはミルハの狭い街を歩く、そして質素な一軒の家に辿り着いた。
「ここがって表情だな、生憎俺は家に金は掛けないからな」
そう言い笑いながら扉を開ける、博打好きなのは頷けるが、とても国の金に手を付ける様には見えなかった。
「悪いな、リリアーナ教に収めるはずの50万レラ、綺麗に使っちまってよ……」
そう言い椅子に座り、ルドーシュはコップにワインを注ぐ、だがその手は震えて居た。
「まぁ……催促の前に、それ程の大金を何に使ったんだ?」
国の規模で見ればあまり大金とは言えないが、この小国では大金の部類だろう。
「博打だよ、来月の分まで稼ごうと思ったが、全部すっちまって」
そう言いながら何を思うか、ルドーシュは笑う……だが彼からは嘘のオーラが出ていた。
だがそれを追求する前に聞きたい事があった。
「50万レラ……かなりの大金をリリアーナ教に払って何の得があるんだ?」
見たところ街は貧困を極めている、国王までこの有様なのだから。
「そうだな……こんな風前の灯火であるこの国が何故残っているか疑問に思わないか?」
「……まぁ、多少は思うな」
俺なら攻め落としても無意味と思うが。
「この国にはリリアーナ教にとって価値がある、だが大金を収める事でこの国を守ってるんだ」
「価値?」
「この国には聖樹の水があるんだ」
聖樹の水……それはこの世界の事をあまり詳しく無い俺でも知っている。
肉体の回復力、再生力をとんでも無く上昇させ、瀕死の重症でも回復させると言われている伝説の水だった。
だがその水があると言うことは……悲しい事実があると言う事だった。
「この国の聖樹の水は俺の両親が残した物でな……どうしても守りたいんだ」
少し悲しげな顔で告げる、聖樹の水は言わばエルフの血液だった。
だがただのエルフでは無い、エルフの中でも上位種と呼ばれるハイエルフにのみ成せる技だった。
通常のエルフは数百年生きる、そしてハイエルフはその何倍もの数千年を生きる、そして聖樹の水は健康体である事を条件に、全ての寿命を捧げる事で生成される。
詳しい儀式方法は分からないが、聖樹の水は1人のエルフそのものという事だった。
「リリアーナ教は聖樹の水を求めてこの国を滅ぼす事も出来ると脅してな、だから大金を払い続けた……今回の50万レラはうちのバカ大臣が持ち逃げたんだよ」
そう言い酒を一気に煽る、彼の言葉は痛い程だった。
「この国は俺たちが来るまではここまで貧困を極めて無かったのか?」
「当たり前だ、こう見えても交渉術や交易は得意でな、ちゃんとした暮らしは出来てたよ」
「そうか」
元より彼から金を取り立てる気など毛頭無かった。
俺は転生者は殺しても、この世界の人間は殺さない……その一線を越えるつもりはない。
「分かった、50万レラは俺が何とかする」
「は……どう言う事だ?」
「今回だけの慈悲だ、次は無いからな」
会話を聞かれている可能性もある、迂闊な事は言えない……彼に掛けれる言葉はこの程度だ。
その言葉を残して去ろうとするカナデをルドーシュは呼び止めた。
「あ、あんた名前は!」
「カナデだ」




