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第2ステージ:突然の訪問者【3】


 ──コックピットから自室へ。


 クルドは半ばヘトヘトになりながらも、ようやく自室に戻ることが出来た。

 部屋のすぐ脇に置いていたベッドに歩み寄り、そして力尽きるように倒れこむ。

 安らぎのベッド。

 疲れを癒す場所。


 一日の疲れを溜め息に変えて吐き出す。


 ここに辿り着くまでに。

 クルドは停電したかのごとく重くなったエレベーターの両扉のような鉄の扉を、何度も何度も力づくの手動で開けて突き進まなければならなかった。

 認証コードも無反応。

 非常用のノブですらここまでの事態を想定していないので当然設置していない。

 そのツケが今、こうしてクルドに重く圧し掛かる。

 反省したところでこの事態が変わることはない。

 自室の扉でさえ、全身全力を出して手動で開けて中に入らざるを得なかった。


 自室の扉が半開きになってしまったが。

 もう閉める元気もなくなり、安眠求めるかのように安らぎのベッドの中で静かに目を閉じていく。


(なんもやりたくねぇ……何にも)


 重労働を終えたクルドの筋肉はすでに限界に達していた。

 このまま深い眠りへと落ちようとする。


 そんな時だった。


 突然──しかも自動で──クルドの部屋の扉が開き、一人の訪問者が部屋に入ってくる。

 起き上がる気力もなく。

 クルドは顔だけをそいつに向けた。


「……」


 部屋に入ってきたのは人間のままのクレイシスだった。

 黒猫になるはずじゃなかったのだろうか?

 枕を片手にクレイシスが我が物顔で勝手にクルドの部屋に入ってくる。


(もうどうでもいい。勝手にしてくれ)


 起き上がる気力もなくベッドに寝たままで。

 クルドはやる気のない声でクレイシスに問いかけた。


「いったいどうした? 自分の部屋で寝ないのか?」


 クレイシスが不機嫌な顔で答えてくる。


「オレの部屋をエミリアに盗られた。今夜はこの部屋の……」


 そこで言葉が止まる。

 物が散乱した部屋の中を見回して、クレイシスが頬を引き攣る。

 唯一の寝場所を目で探して。

 苛立ちを耐えるかの如く不機嫌な顔を露わに、クレイシスがさきほどの言葉の続きを口にする。


「作業台の真下で寝る!」


 そう強く言い放って。

 銃の作業台として使っていた机の真下──唯一空いていた場所に歩み寄って、荒々しく手持ちの枕を投げ込んだ。


(……)


 クルドはその様子を見て鼻で笑って、静かに目を閉じる。


(物置部屋で寝たことのないお貴族様にとっちゃ辛かろう)


 そして再びゆっくりと目を開いた時には──

 作業台の下に置かれた枕の上で、一匹の黒猫が蹲るようにして身を丸めて寝ていた。

 いったいどういう仕組みで人間になったり猫になったりするのだろう。

 とても不思議だった。

 クレイシスに理由を聞けど、魔法だのなんだのという言葉で誤魔化し、詳しいことを明かしてはくれない。

 気にはなるのだが、”貴族とはそういうものだ”と理解し、クルドも少し気を遣ってそこをあまり深く触れないようにしていた。

 だがたまに。

 彼が本当に同じ人間なのかと疑いたくなる時もある。

 そもそも貴族を自分と同じ人間として見ること自体が間違っているのかもしれないが。


 過去を懐かしむように、クルドは黒猫を見つめる。


(それにしてもこの環境に馴染んできたのか。初めて俺の部屋に来た時は踏み込むことすら嫌がっていたのに)


 この一年でクレイシスはずいぶんと変わった。

 口ではまだ貴族のプライドにこだわっているようだが、最初に会ったあの頃と比べると性格も態度もだいぶ庶民っぽくなってきたとクルドは思う。

 庶民の暮らしを強要していればいつか諦めて帰るだろうと思っていたのに、今ではもうすっかり庶民の生活に馴染んでいた。

普通の貴族なら自分の思い通りにならないと、すぐに癇癪あげて権力を盾に暴力で庶民を支配してくる。

 クレイシスもそれをしようと思えば出来たことだろう。

 しかし、一度もそういうことを口にせずにこの生活に耐えてきた。

 プライドなのだろうか?

 それがヴァンキュリアという貴族だと言われればそれまでだが……。


(アイツだけは他の貴族と明らかに違う)


 そう感じたのはクルドだけじゃなかった。

 あのラウルですら、そう呟いていたのを聞いたことがある。


(……)


 クルドは再三の溜め息を吐く。

 ごろんと仰向けに寝返って淡白な天井を見つめる。

 そんなクルドの脳裏を過ぎる、とある庶民の少年の言葉。


“あの貴族だ! あの貴族が僕たちの家族を──”


 理不尽な仕打ちに嘆き、憎しみに打ち震える少年の声が、クレイシスの言葉と重なる。


“あの化け物だ! あの化け物がオレの姉さんを──”


 クルドはふと思う。

 なぜ俺たちは貴族のガキに手を貸すのだろうか、と。

 貴族を憎み、反星府組織に身を置いたにも関わらず、その仲間に黙って、貴族のガキに──クレイシスにいつの間にか手を貸してしまっている。

 ラウルも最初はかなりクレイシスのことを毛嫌いしていた。

 だが今では──たぶん、見る限りにとても仲良しだ。

 どこかでウマが合ったのだろう。

 気付けばクルド自身もいつの間にか自然とクレイシスに気を許すようになっていた。

 酒場のロンですら、元々がお人好しな性格もあるがクレイシスに二階宿の一室を提供したり毎日の食事を提供したりと寛容になっている。


(不思議な奴だ。ヴァンキュリア・E・クレイシス伯爵──いや、今はもう侯爵の身分か。

 近い将来、彼が全宇宙の統率者となる時代には、もしかしたら何かが変わっているかもしれない……)


 そんな儚い期待を抱いてしまう自分を可笑しく思い、クルドは独り言のように笑う。


「なーんてな。そんなわけないか」


「――っるっさいな。少しは黙って寝ようとか思わないのか?」


 まだ起きていたのか、お前。とばかりにクルドはクレイシスに目を向ける。

 起きていたついでに尋ねる。


「ところでクレイシス」


「何?」


「お前、”自分の意志で家に帰る”と言っていたが、マスター・キー無しにどうやって家に帰るつもりだ?

 一つ思ったんだが、あのエミリアとかいう貴族少女にマスターの権限があるなら、彼女に頼んでマスター・キーを取り出させて、そして返してもらうことって出来ないのか?」


 クレイシスが不機嫌な声で答えてくる。


「オレがそんな凡ミスを想定しないとでも?

 もし誰かにマスター・キーを奪われて使用された場合、オレ以外の使用者がキーを取り出して別の犯行に及ばないようキーを消滅させるという安全設計を施している。

 仮にエミリアがこの宇宙船に命じてキーを取り出したとしても、鍵穴が開いた頃にはマスター・キーは消滅している」


 クルドは鼻で笑う。


「そしてお前が家に帰れなくなる凡ミス設計、か……」


「オレにはマスター・キーを無くさないという絶対の自信があった」


「それを無くしてしまったからお前は焦った。そして貴族の娘と俺がお見合いするというとんでもない手段に出た」


「たしかに彼女には失礼なことかもしれないが、マスター・キーを取り戻す為には他に探す方法なんてなかった」


「……」


 クルドはしばらく黙し、考え。

 そして口を開く。


「じゃぁ、この先どうするんだ? マスター・キーが無いと家にも帰れんのだろう?」


「……」


 今度はクレイシスが黙する。

 そしてしばらくして重い口を開く。


「たしかにキーも宇宙船も取り戻すことは不可能だ。だが全く方法が無いわけではない」


「……貴族間で戦争が始まる前までには解決出来るのか?」


「それは──」


 溜め息を吐いて後、クレイシスが言葉を続ける。


「運次第、だ」


「運頼みかよ!」


 クルドは思わずベッドから身を起こして声を荒げた。





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