第2ステージ:突然の訪問者【2】
暗闇の部屋の中。
出口も明かりを付けることさえも出来ず、クルドはただジッと助けが来るのを待っていた。
(まさかこんな事態になるとは)
突然の訪問者に宇宙船を奪われた挙句、唯一の味方がどこで何しているか分からない。
いつもなら宇宙船のメイン・コンピューターに音声で指示するだけで全てが解決していた。
だが今は、シカト状態。
誰の耳にも声は届かない。
自分の宇宙船なのに、だ。
クルドは溜め息を吐く。
(こんな事態を想定して、せめて手動の非常口くらいは確保しておくべきだった。
食料の備蓄も置いてなけりゃ非常電灯すらない。
手元にあるのは銃のみ。
はは……こりゃ、完全に油断し過ぎたな)
今までずっと完璧だったクレイシスのセキュリティー。
ラウルですら突破できなかったことでクルドの心は慢心し、完全に安心しきっていた。
その結果がこれだ。
頼り過ぎていたのがそもそもの原因かもしれない。
クルドはそう反省する。
暗闇の中、何も見えず。
ここがどこの部屋なのかさえ分からない。
前にも後ろにも歩くことすら出来ず、座ることも安全なのかさえ分からない。
クルドはその場にずっと立ち竦むしかなかった。
(俺はいつ、ここから解放されるのだろう)
ふと。
一筋の光が差し込む。
眩しいほどの光。
クルドは思わず手で覆って光の先を確かめる。
まだ目が光に慣れない。
しかし声で、それが何であるかが理解できた。
光の向こうからエミリアがクルドに声を掛けてくる
「ねぇ、おじさん。あたし、今晩ここに泊まるね」
「……は?」
声は理解できても意味が理解不能だった。
突然言い放たれた言葉に、クルドは唖然と問い返した。
※
──ようやく暗闇の部屋から明るい通路へと脱出するができたクルド。
振り返れば。
クルドの居た部屋はただの物置部屋だった。
ただの物置部屋と一言で言っても、中に収納していたのは宇宙船の修理道具の数々。
もちろん刃物類の道具や鋭利な角の部品、他諸々。
片付けが苦手なクルドは、誰もこの物置部屋には入らないからと、そんな道具を床に散乱させたりしていた。
本当に、手当たり次第に動いたり触れなくて良かったと心から安心する。
そういえば。
クルドはエミリアのことを思い出して視線を向ける。
しかし、視線を戻した時には。
すでにエミリアの姿はそこにはなかった。
「……」
誰も居なくなった通路で。
クルドは改めてエミリアの言葉を反芻する。
“ねぇ、おじさん。あたし、今晩ここに泊まるね“
「……マジか?」
急に訪問してきた挙句、突然の身勝手な宿泊。
いったい何の目的で?
姉の婚約者になるであろう男の素性調べだろうか。
それにしては徹底的過ぎるのではないか?
まるで貴族の娘を誘拐してきたような気分になり、クルドは青ざめ、慌ててもう一人の味方──クレイシスの姿を探した。
コックピットの扉に辿り着いたクルド。
案の定、扉は無反応。
慌てて駆けたせいか、息荒く、そのまま扉横の壁に設置していたコード認証を入力するも、エラーで開かない。
苛立ちに一叫びして両手を戦慄かせるも、すぐに冷静になり。
その下──足元の床に隠していた──仕掛け小窓の仕掛けを解除してから、その小窓を力づくで無理やり開け、非常時のノブを手で動かした。
コックピットの扉がようやく開く。
しかし途中で半開きのまま止まってしまったので、後は自力で無理やり押し開いてようやく中に入ることが出来た。
入ってすぐ、クルドは操縦席のパネル前に座る少年を見つける。
その少年には見覚えがあった。
清潔感のある質の良い黒髪。
元伯爵としての、高位な貴族然とした服装。
パネルを巧みに操作する繊細な指先。
そして、少年ながらも爵位を持つ者としての、威圧ある凛としたあの顔立ち。
家出してきた当時のままのクレイシス皇子としての少年がそこに居た。
「クレイシス!」
クルドは思わず声を大にして名を呼ぶ。
振り返ることなくパネルを操作しながら舌打ちするクレイシス。
「その名で呼ぶな。バレたら厄介だ。それに──」
最後のパネル・キーを打ち終えて。
クレイシスが操縦席に背もたれ、両手を腹の上に組み置いて溜め息を吐く。
「今、この状態であの女にココに来られるとかなりマズい」
クルドはクレイシスの傍に静かに歩み寄った。
途中、背後を振り向き、エミリアがここに来ないかを警戒しながら。
声を落として尋ねる。
「どこがどうマズいと言うんだ?
──それ以前に、どうやって黒猫からその姿に戻った?」
「それについて詳しく説明するつもりはない。
とにかくこの宇宙船の応急処置は施した」
「鍵を取り戻せたのか?」
問いかけに、振り向くことなくクレイシスが首を横に振って答える。
「いや、鍵はまだここから取り戻せてはいないし──恐らく不可能だ」
「不可能、だと?」
クレイシスの傍に辿り着いて、クルドは顔を渋める。
頷いてクレイシス。
「何度も言うが、簡単に解決出来るものならオレも”大事なモノ”とは言わない。
あのマスター・キーには特殊なプログラムを施している。
一度こんな風にオレ以外の者に使われ、マスターの権利を奪われると取り戻すことが難しい」
「それはラウルから聞いている。
そうやって他人の宇宙船を奪っては自分の所有物にして俺たちの惑星まで辿り着いたんだろ?」
「……」
無言で。
クレイシスが肩を竦めてお手上げする。
まるで認めているかのように。
クルドは鼻で笑う。
操縦近くの補助席に腰かけながら、
「しかし……今までよくそんなモノが市場に出回っておいて悪用されなかったな」
「それまではたまたま運が良かったんだろう。
幸運が重なり続けて、そして、ここで尽きたってだけの話だ」
「俺の宇宙船はどうなる?」
「不可能だ。諦めろ」
「身も蓋もねぇな。その言葉……」
クルドは絶望的に顔を手で覆った。
それを他所に、クレイシスが話を切り上げるようにして立ち上がる。
「とにかく──」
クルドは顔を挙げてクレイシスを見た。
クレイシスが言葉を続けてくる。
「オレはまた黒猫に戻る。
こんな惑星にいることが他の貴族どもに知られたら家名の恥だ」
「オイ。今さらっと俺たちを卑下したか?」
「……」
無視するように、クレイシスが顔を背けた。
そしてクルドをその場に残してコックピットから去ろうとする。
「……」
クルドはその背を黙って見送った。
だが。
扉を前して、クレイシスが一旦足を止める。
振り返らずに、
「後悔なんてしていない。
自分の意志でここまで来たんだ。自分の意志で家に帰る」
「お姉さんの事件が解決したら、だろ?」
「……」
クルドの放ったその言葉に対し、何も言わず。
無言のままクレイシスが扉の前で人差し指を払った。
すると扉は触れもせずに自動的に開き、そこを悠々と通り抜けてコックピットから出ていった。