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第2ステージ:突然の訪問者【1】


「いいか、ラウル。何よりも最優先はコイツを早く家に帰して即刻戦争を阻止することだ」


 それは──

 ラウルとの通信を終えて、ようやくラウルがモニター画面から姿を消してしばらくしてのことだった。



「きゃぁぁぁっ!」



 コックピットの後方で、何やら慌ただしい――連れるように色んな物が次々と崩れていくような物音と少女の悲鳴が聞こえてきた。

 驚いたクルドと黒猫が一斉に背後を振り向く。

 そこには誰も居ない。

 そのさらに後方──ドアの向こうから声と物音は聞こえきた。

 黒猫が警戒気味に耳を伏せてクルドに言う。


「侵入者だ。この宇宙船(ふね)に無断で侵入してきた奴がいる」


 クルドは同意する。


「あぁ。だが──」


 そこで言葉を切った。

 この宇宙船に侵入といってもセキュリティーは万全だ。

 クルドの住む惑星では、犯罪が当然のごとくまかり通るこの世の中で、そう簡単に誰もが自由に侵入されては夜もおちおち寝ていられない。

 出入口のドアはどこも頑丈に自動認証施錠(ロック)で管理されており、黒猫の改良のおかげでラウルですら侵入が難しくなっているくらいだった。

 それなのに……。


(犯罪者にしては侵入がド素人過ぎる。しかも侵入に不慣れな少女の声だった。

 だが遊びで忍び込んだにしては施錠突破がプロ並みだ。

 念の為、警戒はしておくか)


 クルドは操縦席に隠していた銃を手に取ると、警戒気味に席を立った。

 ついて来ようとする黒猫を手で制してその場に留める。

 そしてゆっくりと、慎重に。

 クルドは後方ドアへと近づいた。

 いつでも撃てるように銃を構えて、ドアのすぐ傍の壁に背を張り付ける。


 微かだが、まだ物音や足音がしている。

 割りとすぐ近い。


 クルドは無言で黒猫に合図を送る。

 察して、黒猫が操作パネルに前足を伸ばした。

 黒猫がパネル・キーを押すと同時、後方ドアが開く。

 クルドはそのタイミングで銃口を構えて飛び出し、引き金に手をかけた。


「きゃ! 待って、撃たないで! ごめんなさい!」


 侵入した少女がすぐに両手を挙げて謝ってくる。

 歳の頃十五といったところだろうか。

 絹糸のようなきれいなストレートの金髪を肩まで伸ばし、高価なふわふわフリルのついた黄色のドレスに身を包んだ貴族のお嬢様だった。

 お転婆な印象をもつその少女は、好奇心旺盛な翡翠色の瞳でクルドを見つめ、必死に言い訳してくる。


「見つからないと思ったの!」


 クルドの口端が引き攣る。

 構えを解かずに、


「なぜ見つからないと思った?」


「だって……」


 少女は両手を下ろして、胸の前で弱々しく手を重ねる。


「ここまでは上手く尾行出来てたんだもん。

 帰ろうとしたらそこにあった道具箱に躓いちゃっただけ。

 だってこの宇宙船、お片付けが下手なんだもん。ちゃんとお片付け専用のアンドロイドは雇っているの?」


「……」


 クルドは銃口を下ろし、溜め息を吐いた。

 そして黒猫へと視線を送る。

 黒猫もまた、クルドに視線を送っていた。

 お互い同時に同じ言葉を発する。


「「片付け専用のアンドロイドならそこに居る」」


 ……沈黙。


 ふいに。

 少女が笑った。

 口に手も当てず、お腹を抱えてクスクスと笑う。


「変な人たち。あたしと一緒だね」


 ……。


 同一視しないでほしい。

 クルドはちらりと黒猫を見た。

 黒猫もまた物凄く不機嫌な面で不貞腐れている。

 笑いながら、少女が黒猫を指差して、


「ねぇ。さっきの会話の中でヴァンキュリア公家がどうとか言っていたけど、もしかしてその猫、ヴァンキュリア公家で飼われていた猫なの?」


「いや、その前に……いつから――どうやってここに?」


 尾行はともかく、注意力散漫で不慣れな侵入はどこにでもいるお嬢様だ。

 きっと遊びのつもりなのだろう。

体つきを見ても頑丈に鍛えた筋肉質ではなく、ごく一般的な貴族らしい細く華奢な体をしている。

 とてもこういう犯罪まがいや芸当に向いている様子はない。

 少女が人差し指を顎に当て、可愛らしい仕草で考える素振りを見せる。


「えっとね……。あなた達の話は割と最初の部分から聞いていたわ。

 ちなみにどうやって侵入したかは秘密」


 そう笑って誤魔化しながら、少女が堂々と何食わぬ顔で、まるで友人の家に遊びに入るかのごとくコックピット内へと侵入してくる。


「お邪魔しまーす。わぁ、すご……」


 途中。

 クルドは彼女の肩を掴んで阻止する。


「誰が侵入を許可した? つーか、何しにここに来た? お前はいったい誰なんだ?」


 すると、少女がくるんと一回りしてクルドに振り向いてくる。

 ふわりと靡く綺麗な金色の髪。

 花開くドレスの裾。

 そのドレスの裾を流れるようにちょこんと掴んで。

 慣れたように辞儀をし、少女がニコリと笑ってくる。


「あたしって、誰かに似ていると思わない?」


「えーっと……」


 クルドは記憶を辿りつつ、頬を掻く。

 貴族の知り合いなんてクレイシスくらいだ。


「どちら様、ですか?」


 裾を下ろして、少女が残念そうに溜め息を吐く。

 もしかしたら当ててもらいたかったのかもしれない。

 素っ気ない声でぼそりと答えてくる。


「エミリア」


「は?」


 目を点にして問い返すクルド。

 再び素っ気なく、少女が答える。


「あたしはフレスノール・エミリア。今日お見合いしたのはあたしのお姉ちゃん」


 クルドは身を仰け反らせ、すっとんきょうな声を上げる。


「お、お姉ちゃんだとォっ!」


 少女――エミリアが自分を指さしてコクコクと頷く。


「そうそう。あたし、妹」


 そう告げて。

 エミリアの視線が黒猫へと目を移った。

 黒猫が今までに無いくらいに動揺した顔でその場に固まっている。

 おそらく慌ててアンドロイド猫を装っているのだろう。

 何もかもが無駄だと察したクルドは絶望的に両手で顔を覆った。


(終わった……。何もかも終わりだ……)


 そんな絶望するクルドをよそに、エミリアが黒猫へと近寄っていく。


「ねぇあなた、本物の猫なんでしょ?」


「え?」


 思わず黒猫が声を出す。

 エミリアがニコッと笑って話しかける。

 視線を合わせるように腰を屈め、興味津々に身を乗り出して黒猫に顔を近寄せていく。


「猫がしゃべれるなんて、ヴァンキュリア公家で飼われていた猫って普通の猫と違うのね」


「──!」


 その時だった。

 黒猫が何かに気付く。

 すぐに前足を伸ばして何かを掻き掴もうとする。

 しかしすぐにエミリアが危険を察して身を引いてそれを避けた。

 猫に攻撃されると思ったのだろう。

 プロの避け方ではなく、普通の。

 反射的にただ避けた感じだった。


「どうした!?」


 クルドは二人の元へ駆け寄る。

 黒猫が焦りある声でクルドに言う。


「見つけた!」


「見つけたって、いったい何を?」


「オレの大事なモノ! 彼女が持ってる!」


 必死に前足で示す黒猫。

 クルドの視線がエミリアへと向く。

 エミリアが何かを隠すように胸元を握りしめる。

 クルドはそこでようやく全てを察した。

 なぜ彼女がここに簡単に侵入できたのかを。


「そういうことだったのか」


 クルドはエミリアに手を差し出し告げる。

 なるべく彼女の警戒心を刺激しないよう優しい声音で、


「鍵。持っているんだろう?

 悪いが、その鍵を返してくれないか?

 それは元々この黒猫の──」


 そう。

 事の発端はクレイシスが、クルドの仕事の補助をさせていた際に人を助け、それと引き換えに運河に鍵を落としたことだ。

 割と最近の話である。

 それを誰かに拾われ、スリに遭い、転売され、巡り巡ってこの惑星に辿り着き、最終的にフレスノール家に行きついたとの情報をラウルから事前に得ていた。

 クルドは言葉を続ける。


「その鍵は黒猫がなくした大事なモノなんだ。もちろんタダでというつもりはない。

 鍵を黒猫に返してくれないか?」


「……」


 何か察するものがあったのだろう。

 エミリアが素直に首からペンダントを外す。

 そのペンダントに付けられた金色の鍵。

 エミリアがその鍵を手に、黒猫に近づく。

 ──と、思いきや。

 何を思ってか、黒猫の横を過ぎ去り、鍵をご丁寧に操作パネルの横にあった鍵穴へ。

 エミリアが黒猫に謝る。


「ごめんなさい。この宇宙船の鍵だったなんて知らなかったの」


「わぁぁぁぁッ!!」


 黒猫が顔を崩して悲鳴をあげる。

 クルドもその鍵がどんなに大事なモノか知っていたため、慌てて鍵を取り戻そうとしたが……。

 時、すでに遅し。

 鍵は鍵穴の奥へと一瞬で吸い込まれていき、宇宙船のドロイドボイスが事務的口調で通知してくる。


『マスターキーを認証しました。これより内部データの書き換えを開始します』


「……」


 これが人間だったならどんなに良かったか。

 一度鍵が差し込まれれば、プログラムが開始されて後は淡々と処理されるだけ。


 無言のまま固まるクルド。

 放心する黒猫。

 悪気のない顔で黒猫を見つめるエミリア。

 目をぱちくりとさせ、エミリアが黒猫に告げる。


「鍵、ここで良かったんだよね? みんなここに鍵を差し込んだりするからそうなのかなって思って」


「……」


「……」


「あれ? あたし、何か悪い事しちゃったかしら?」


 ちょっとした悪い事どころではない。

 これはとんでもない事態だ。

 クルドは気遣うように黒猫に声をかける。


「もう止められないのか? これ」


 黒猫が放心のままボソボソと答えてくる。


「止められるわけないだろ。すでに書き換えが始まっているんだ。

 そう簡単に止められるものならオレも『大事なモノ』なんて言わない。

 何をどうしたってもう手遅れだ……」


 クルドは重い溜め息を吐いた。


「仕方ない。この宇宙船のメイン装置を壊すつもりで鍵を取り出すしか──」


「クルド」


 言葉を遮るようにして黒猫が名を呼び制止してくる。

 フルフルと怯えるように首を左右に振って、


「もう……それ以上は言わない方がいい」


 同時に、モニター画面に黒い人型を模した影が映りこむ。

 誰も操作していなのに、だ。

 その影はモニターの向こうからお馴染みのドロイドボイスの声で完了のお知らせを淡々と伝えてくる。


『全ての読み込みを終了しました。これより覚醒を開始します。

 さきほど聞こえてきた”メイン装置を、壊す”という言葉を認識しました。

 破壊される前にその原因を排除します』


 ──瞬間。

 クルドの足元の床が急に消えてなくなり、穴が開く。


「なッ! うぉっ……」


 短い言葉を残して、クルドの姿がそこから消える。


「クルド!」


 黒猫が叫び助けようとしたが、穴はすぐに閉じられた。

 事の始終を見ていたエミリア。

 口元を手で押さえ、他人事のように呟く。


「あらら……」


「……」


 そして──。

 どこからか壁を叩く音。

 微かに聞こえるクルドの声。


「オイ! 閉じ込められたぞ! どうにかしろ、クレイシス!」


 黒猫がエミリアへと視線を向ける。

 その視線を受けて、エミリアが無邪気に笑って可愛らしくピッと人差し指を立てる。


「鍵。ちゃんと返したからどうにかなるわよ。きっと」


 その言葉に最初に反応したのは黒猫ではなく、この宇宙船だった。

 

『あなたがこの船のマスターですか?』


「え?」


 エミリアが驚いたようにモニター画面を見つめる。


「あなたは……誰?」


 黒猫が割り込んでエミリアの会話を止める。


「よせ! それ以上何も言うんじゃな──」


『侵入者を認識しました。排除します』


 あっという間に、黒猫の周囲をプラスチックのような透明なシールドが包み込み、閉じ込める。

 黒猫が必死にシールドを叩いて何かを喚くが、エミリアの耳には届かなかった。

 モニター画面の影がエミリアに問う。


『鍵キーを差し込んだのはあなたですね。

 マスター、あなたの名前を教えて下さい』


 エミリアが小首を傾げて問い返す。


「あたしの名前?」


「はい、マスター」


 にこりと笑って。

 エミリアは満面の笑みで答えた。


「あたしの名前はエミリア。フレスノール・エミリアよ」





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