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第1ステージ:探し物【3】


 クルドは黒猫へと顔を向けた。


「どういうことだ?」


「……」


 黒猫が顔を俯け、そのまま口を閉ざす。

 代わりにとばかりに頭領が話を続けてくる。


「昨夜、お前の祖父さんが息を引き取ったそうだ。

 原因は過労とストレス。かわいいかわいい孫娘の自殺に次いで、後継者として大切に育ててきた孫が突然の失踪。

 ここぞとばかりに顔を出してくる親族との世襲問題。

 宇宙ではこの機を狙った貴族どもが覇権争いで大戦争勃発寸前。

 第二継承権を持つお前の弟も可哀想なもんだぜ。世襲の重み、天才児の代役としての周囲の重圧。弟は元々小さい頃からの持病があったんだろう? ただでさえ健康じゃない体に一気に来たストレスでそれが悪化して、今はベッドで絶対安静」


「もうよせ、ラウル」


 クルドは頭領――ラウルに制止を求めた。

 だが、ラウルは言葉を止めようとしない。

 モニター画面から睨みつけるようにして、


「てめぇら貴族のくだらない戦争に否応なしに巻き込まれる地位の無い庶民の気持ちを考えろ」


「よせと言っているだろう!」


 強い口調で、クルドはラウルを叱責した。

 ラウルが鼻で笑って、諦めるかのようにモニター画面から顔を背ける。

 そのまま瓶を口に当てると中身を一気に飲み干した。


 口を閉ざして俯く黒猫。

 気まずく顔を逸らして椅子に背凭れるクルド。

 黙ってコップを磨く亭主。


 重苦しい沈黙が続く中、やがてその沈黙を破るように黒猫が口を開いた。


「それでもオレは帰らない」


 クルドとラウルは共に黒猫へと目を向ける。

 黒猫が肉球となった自分の掌を見つめ、言葉を続ける。


「姉さんがあの化け物に殺されたという証拠を掴んだのに、このまま何事なく帰ることなんてできない。姉さんは自殺したんじゃない、殺されたんだ。誰かがそれを裏でもみ消そうとしている。

 最初は反星府組織の奴らを疑ってクルドやラウルには色々迷惑かけてしまったけど、あの化け物と遭遇して考えが変わった。

 化け物のあの飼い慣らされ方からして貴族だ。

 家族なんてアテにならない。だからオレは家出したんだ。

 一族ともども口を揃えて影でオレのことをこう言う。『お姉さんの自殺を目撃したことで頭がおかしくなったんじゃないか』って。

 きっとこれは何かの策略だ。姉さんは自殺をするような人じゃない。それなのに父さんも母さんも、みんな酷すぎる。オレを異常者扱いして毎日精神安定剤を飲ませ、部屋に監禁してこう言い続けたんだ」


 掌をぐっと握り締める。


「姉さんは自殺したんだ、と」


 ラウルは瓶をテーブルに置いた。

 フン、と。馬鹿にしたように鼻で笑って、


「たしかにそこだけ聞いてりゃただの異常者だな」


「てめぇはさっきから言い過ぎだ、ラウル!」


 クルドはモニター画面からラウルの声だけを消音にして黙らせた。

 そして黒猫へと視線を移す。


「いいか、クレイシス。それじゃこれだけは俺と約束しろ。

 とりあえずお前の大事な探し物が見つかり次第、お前は一旦大人しく家に帰れ。

 ――俺の言っている意味、わかるか?」


 黒猫が無言で顔を上げた。

 返事が来ないことで理解できていないと察し、クルドは続ける。


「ずっとここに居続けたらマズいと言っているんだ。

 このままだと本当に、貴族どもの宇宙戦争が始まる」


 黒猫が必死に懇願してくる。


「こんな中途半端で切り上げて帰れば真犯人の思う壺だ。きっとそれが狙いなんだ。

 帰ればオレは絶対にあの家から出られなくなる。

 姉さんの事件の真相は二度と誰からも解明されることなく未解決のまま闇に葬り去られてしまう。

 オレはここに来た時から全てを捨てて覚悟を決めた。

 戦争のことだってきっと何とかなる。だから――」


 黒猫の言葉を手で遮って、クルドはもう一度念を押す。


「わかったな?」


 消音にしていたはずのラウルの声が、いつの間にか元の音量に戻される。

 クク、と笑って。


「無理無理。そんなんでコイツが帰るかよ」


「うるせぇ、てめぇは黙ってろ!」


 クルドは再度ラウルを消音にし、さらに会話権限を使って画面から追い出した。

 ――そしてフッと不安そうな黒猫を見て思わず微笑む。

 口調穏やかに、


「あのなぁクレイシス。俺たちは意地悪でお前に言っているわけじゃないんだ。

 冷静になってよく考えてみろ。

 一度戦争が始まってしまったら、そう簡単に止められるもんじゃない。

 お前も含め貴族どもは庶民の犠牲なんて誰も気にも留めない。

 最初に犠牲になるのは俺たち庶民なんだ」


「でもクルド、オレは──……」


 黒猫が何かを言いかけようとしていたが、考え直すように視線を落として俯き、それ以上を口にしなかった。

 クルドは諭す。


「家に帰れ、クレイシス。お前の言葉をちゃんと信じている奴らがここにいる。それだけで充分だろう? 後のことは俺たちに任せろ」


 ラウルが再びモニター画面に現れ、呆れるように短笑する。

 瓶を口に運びながら肩を竦めて、


「『それでも帰らない』に金五十。なんなら頭領の座を賭けてもいいぞ」


「しつこいぞ、ラウル!」


 クルドは再びラウルを画面から追い出す。

 しかしどういう手を使ってか、ラウルは再び画面に姿を現した。

 へっ、と嘲るように笑って、


「俺様を追い出そうなんざ所詮無駄なこと」


「回線裏口から強制アクセスしてくるのはやめろ。手段を使う場所が明らかに間違っているだろうが」


 クルドは何度もラウルを画面から追い出そうとするも、今度はなかなか消えなかった。


「俺様のコミュ力を嘗めないでもらおう」


「そういうのはコミュ力と言わず嫌がらせの通報案件だ。残念だがお前との話はもう終わりだ。

 事は解決した。フレスノール家で探し物が見つかり次第、尻に蹴り入れてでもクレイシスを強制的に追い出す」


「侯爵を蹴る、か。止めはしないが俺様を裁判沙汰に巻き込むなよ」


「オイ、それ言うのやめろ。家に帰すのが怖くなるだろうが」


「あ、それからこれはついでなんだが」


 ラウルが急に、黒猫とクルドを人差し指で静かにモニター画面の前へと呼び寄せた。

 何事かと、クルドと黒猫が画面に顔を近寄せる。

 

「もう一つの新情報――『化け物の新たな動き』のことなんだが」


「ついでで言う話じゃないだろ」


 ツッコむ黒猫の両耳を手で塞いでクルドが真顔で言う。


「聞き流せ。ラウルの言葉をいちいち指摘していたらキリがない」


 黒猫の耳から手を離し、クルドはラウルに話の続きを催促する。


「それで?」


「……」


 言いにくそうに、ラウルが黒猫を顎で示す。


「この情報はフレスノール家の解決後に話そう」


 クルドもそれには納得の意を示す。


「そうだな。そうしよう」


 一匹だけが不満そうに、


「クルドもラウルも酷過ぎる。オレをわざと関わらせないようにしているだろ」


 そんな黒猫の頭を撫でて、クルドは言う。


「ここから先は異常者の戯言なんだよ。俺もラウルも異常者扱いには慣れている。だがお前は貴族だ。証明できない戯言には関わるな」


 ラウルが口を挟む。


「なんで俺様が含まれているんだ?」


 クルドは黒猫の頭から手を離すと、半眼でラウルに言う。


「お前は自分で自分を正常だと思っているのか?」


 あぁと頷いてラウル。

 両腕を広げ、さも当然とした顔で、


「俺様はいつだって正常だ。現実をちゃんと受け止めている」


 クルドは黒猫へと向き直った。そしてラウルを指差して一言。


「これが良い見本だ」


「なるほど」


「何が『なるほど』だ、このクソ貴族のガキがッ!」


 ラウルの怒り狂った顔がモニター画面いっぱいに広がる。

 それを小さくして画面隅へと追いやる。

 クルドは溜め息を吐いて、冷静に言葉を続けた。


「いいか、ラウル。化け物退治に失敗は許されないからな。真犯人となる貴族にここの足取りされてみろ。俺たちは死を許されることなく拷問され続けるんだからな」


 ハハハ、と。ラウルは一人、他人事のように軽く笑って……。

 急に真顔でクルドに凄んだ。

 頬を引きつらせて、


「――ってンなもん洒落になんねぇだろうが。二人だけで済むと思うなよ。真犯人を知った時点で、関係者含め、お前の一族と俺様の一族は全員皆殺しされちまうだろうが」


 その言葉に黒猫は前足で拳を作り、キラリと目を光らせて強気に断言する。


「大丈夫。その件についてはオレがなんとかす痛っ!」


 ラウルは黒猫の鼻頭を指で弾いて黙らせた。そして何事もなかったかのように二人で話を進める。


「いいか、ラウル。何よりも最優先はコイツを早く家に帰して即刻戦争を阻止することだ」


 うむ。

 納得して、ラウルがようやくモニター画面から姿を消した。



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