狐の恩返し
"バンッ!!"
鉄砲の火薬の臭い、横たわる狐、散らばった木の実。
「ごん・・・お前だったのか。」
ごんを殺してしまった兵十は、自分のしてしまったことに対する罪悪感から寝れない日が続きました。
「ごん・・・すまない・・・すまない。」
念仏の様に唱えても、死んでしまったものは帰ってきません。兵十の苦しみは一生続くように思えました。
しかし、ある晩のこと。
"コンコン"
「ごめんくださーい!!」
玄関の戸を叩く音と、耳をつんざくような女の大声が聞こえてきました。
「う、うるさいなぁ・・・ただでさえ寝不足なのに。」
兵十は無視しようかと思いました。
"ドン!!ドン!!"
「おい!!兵十!!居るんだろう!!開けろ!!」
無視しようかと思いましたが、このままだと戸をぶち破られそうだったので、仕方なく戸を開けることにしました。
「全く、借金取りが取り立てに来た家を間違えたのか?」
"ガラガラガラ"
「おう、兵十久しぶりだな♪」
戸を開けると黄色い長い髪で整った顔立ちの紺色の着物を着た女が立っていました。
「兵十、寒いから早く中に入れてくれよ。」
女は、えらく馴れ馴れしい態度ですが、兵十はこの女に心当たりが全くありませんでした。
「あの、どなたですか?」
「良いから♪良いから♪話は中に入ってからにしようぜ♪」
そんな調子で美人はトコトコと中に入ってしました。
美人は囲炉裏端にドガッと大股開きで座り、「ふぃ~疲れたぁ」と見た目とは裏腹にオッサン様な振る舞いです。着物の胸のところも少しはだけて、胸の谷間がチラチラと見えて、兵十は顔を赤くしてそれを見ないように必死でした。
「あの、それでアンタは誰なの?」
兵十が気になっていることを単刀直入に言うと、美人はあっさりと自分の正体を明かしました。
「ん?お前が鉄砲で撃ち殺した狐の"ごん"だよ。」
「あぁ、オラが撃ち殺したね・・・えぇ!!」
兵十は驚きました。美人がいきなり訪ねてきたかと思えば、自分を"ごん"だと言うのですから、当たり前と言えば当たり前です。
「う、嘘こくでねぇ!!オメー、オラを馬鹿にしてんのか!!」
「してない、してない。俺はお前が一人で心配だからやって来たんだよ。待ってな、今から俺が"ごん"だっていう証拠を見せるから。」
そういうとピョコン!!という音と共に美人の頭からは狐の耳が出て、お尻のところからはモフモフの尻尾が飛び出しました。
「ほら狐だろ?神様にオプションでつけてもらったんだ。」
「お、おぷしょん?」
兵十は化け狐が自分を騙しに来ただけとも思えましたが、純粋無垢のクリクリとした美人の丸い目を見ると、何故だか美人が"ごん"に見えてきました。
「ダメ元で俺は神様に『兵十が心配だから生き返らせてくれ』とお願いしたら『OK』って簡単に了承してくれてな。こんな美人に生き返らせてくれ貰ったんだよ。どうだ欲情するか?」
ウフンと胸元を強調するポーズを取って、兵十をからかう"ごん"ですが、兵十には一つ疑問がありました。
「オメーは雄だった筈だが・・・。」
「バカ野郎、女の方がお前の世話をするのに便利が良いだろ♪」
上目遣いにウィンクする"ごん"。
兵十は何だかドキドキしてきましたが、理性を持って自分の中の獣を押さえました。
「なんだよ、俺とまぐ合わないのか?つまんねーな。」
"ごん"は非常につまらなそうにしました。
兵十は心を落ち着けた後、"ごん"に対しての謝罪の言葉を述べました。
「すまねぇ、ごん。オラはオメーを殺しちまった。オメーは俺に良くしてくれたのに・・・本当にすまねぇ。」
その場で土下座をして、"ごん"に対して誠心誠意謝りました。
しかし"ごん"はそんなことは望んで居ません。
「顔をあげてくれよ。俺が死んだのは鰻を盗んだ報いさ、お前は死にかけのおっかさんに鰻を食べさせたかったのに、それを俺が盗んじまった。あとになって俺はそのことを悔いたが、俺に出来ることは残ったお前に食べ物を持ってくることぐらいだった。そんでお前に鉄砲で撃たれて死んじまったが、俺はそれで満足だった・・・まぁ、でもお前が心配で生き返って来たワケだけどな・・・フフフ。」
「ご、ごん。」
兵十が顔を上げると"ごん"はニッコリと笑っていました。その顔を見て思わず兵十は一言。
「綺麗だ。」
「えっ!?」
まさか兵十からそんな言葉が出ると思わなかった"ごん"はたいそう驚き、立ち上がって爪先立ちして、毛を逆立てるレベルでした。
「おま、おま、お前!!急にふざけんな!!俺は元は雄だぞ!!急に欲情してんじゃねえよ!!」
「で、でもさっきオメーは欲情させようと・・・」
「バカ!!じょ、冗談だろうが!!全くよぉ!!・・・本当にダメな!!お前はよぉ!!」
明らかに焦っている"ごん"でしたが、深呼吸を二回ほどして調子を整えました。
「ふぅ~・・・よし、今から俺が料理を振る舞ってやる。お前は出来るのを待ってな♪」
「ご、ごん、オメー・・・りょ、料理出来んのか?」
「当たり前だよ、俺はこう見えて花嫁・・・ゴホン!!もとい、お前の世話出来るように粗方出来るように修行してきたんだ。とにかく待ってな。」
そう言うと"ごん"が腕捲りをして、手馴れた様子で料理をルンルン気分で作り始めたので、なんだか兵十は満ち足りた気分になって、すっかり安心すると、急に眠気が襲ってきて、その場でゴロンなって寝入ってしまいました。
そうなると全部夢だった・・・みたいな終わり方をしそうな気もしないでもありませんが心配ありません。
「もう、そんなとこで寝たら風邪引くぜ?えぇっと?毛布は何処にあるのかねぇ?」