86話 水を差すな
ほんの数日前までは、争いの無い平穏な日々が続いていたヴァルゴル。
その中央に位置するエルフ達の集落は、今やレオアードの軍によって制圧され、見る影もなく荒らされてしまっている。
「ガハハハハハッ!! 飲め! 食え!! 勝利の宴だ!!」
「こんな勢いで食ってたら、すぐに食料も足りなくなっちまうぜ!」
「おいおい、食料を取りに行った連中はまだ戻らねぇのか!?」
様々な動物の特徴を持つ獣人兵達は集落の中心地で焚き火を行いながら、その周囲で集落の食料を食い漁り、酒を飲み……夕刻から存分に宴を楽しんでいる。
元々気性が荒く、ガサツな獣人兵達が大人しく飲み食いできる筈もなく、集落はもはや凄まじい程の熱気と喧騒に包まれていた。
「品の無い野郎共だぜ。アンタの優雅さを、少しは分けてやって欲しいもんだ」
そんな中。
この場にいる獣人兵達を束ねている魔神バラムは、酒瓶を片手に持ちながら……目の目で踊りを披露していた捕虜のエルフに話しかける。
「あ、あの……?」
「いや、悪いな。折角の踊りに水を差しちまって」
圧倒的な力を持つ魔神に話しかけられ、怯えたように動きを止める……踊り子の衣装に身を包むエルフ。
むさ苦しい宴に華が欲しいとして、バラムに踊りを披露するように命じられた彼女だったが……逆らえば仲間の身が危ないと感じ、大人しく従っている。
しかし当のバラムはただ単純に踊りが見たかっただけで、仮に彼女が拒否していても構わなかった。
「お前も疲れただろう? だったらもう、休んでいいぜ。お仲間の元へ戻れ」
そんなバラムは、立派に役目を果たした彼女の事をしっかりと評価していた。
だからこそ、最低限の礼節を以て接していたし、彼女に無理をさせるような真似はしない。
「うっ……は、はいっ……! ありがとうございます!」
ほんの少し怯えながらも、礼を告げて去ろうとする踊り子のエルフ。
バラムはそんな彼女の後ろ姿を見つめながら、心癒されるのを感じていたが――
「おいおい、姉ちゃん。踊りを止めるなら、今度は俺達の酌をしてくれよ」
「ひゃっはー!! 美人のエルフだぁー!!」
「ひぃっ!?」
囚われの仲間達が待つ牢に戻ろうとする途中、踊り子のエルフは酔った獣人兵達に捕まってしまう。
一人に両手を掴まれ、もう一人は彼女の腰に腕を回し……その大ぶりな胸に手を這わせようとしている。
「なぁ、いいだろ? ちゃんと言う事を聞いてれば悪いようにはしねぇからさ」
「ぐへへへ……最近溜まってたからなぁ。スッキリさせてくれよ」
「いやぁっ!! 離してぇっ!!」
いやらしい男達に絡まれ、泣きながら抵抗する踊り子のエルフ。
しかし、彼女の力では……屈強な獣人兵の魔の手から逃れる術はない。
このままでは、彼女の純潔は野蛮な暴漢達によって汚されてしまうだろう。
そう、誰もが思った――その時。
「泣いて叫んだって、誰も……ごぱっ!?」
「嫌がる顔もそそるねぇ……ふげっ!?」
「……え?」
突如として、はじけ飛ぶ暴漢達の頭部。
真紅の鮮血や粉々に砕けた肉片が周囲には巻き散って……宴に興じて盛り上がっていた獣人兵達は、唖然とした様子で一斉に騒いでいた口を閉じた。
「おい、テメェら。このオレの前で、何をしてんだ?」
ただ、一言。
椅子に腰掛けていたバラムが呟いた言葉に、この場にいる全ての獣人兵達が自身の死を覚悟する。
それ程までに、彼女の発する威圧感と殺気は……凄まじいものであった。
「俺が休めと言った女に、何をしたかと訊いているんだが?」
バラムが言葉を続ける度に、獣人兵達は滝のように冷や汗を流す。
もしも言葉を間違えれば、自分達は一瞬にして消し炭にされる。
仮にも歴戦の兵隊である彼らには、その確信があった。
「……まぁいい。もう一度だけ言っておく。オレの前で二度と、くだらねぇ真似はすんな。女を抱きてぇなら、無理やりじゃなくて口説き落とせよ」
「「「「「「「「「「ハッ!! 承知致しました!!」」」」」」」」」」
「分かりゃあいい。エルフの嬢ちゃん、悪かったな」
「あ、え? あぅ……」
踊り子のエルフは何がなんだか分からないといった様子であったが、とりあえず自分が助かった事を自覚すると……腰を抜かしたまま、這うようにして去っていく。
「……あちゃー。やりすぎたか」
「ええ。あそこまでやる必要はねぇと思うんですが」
あの子まで驚かせるつもりは無かった、と頭を掻いて反省するバラムの元へ、呆れた表情を浮かべながら歩み寄ってくる魔神エリゴス。
彼女は両腕を胸の前で組み、何か物言いたげな視線で……バラムをジッと見つめていた。
皆様のご支援のお陰で、ブクマ100を達成する事が出来ました! ありがとうございます!
今後も頑張って参りますので、どうかこれからも本作にお付き合いください!




