6話 暗躍する者達
異世界セフィロート。
かつては偉大なるソロモン王によって統治されたこの世界は、千年前に主を失って以来……長き戦乱の時代が続いていた。
ソロモンに仕えた魔神達も、その大半が散り散りとなった現在は、各々が派閥を作り、互いの領土を奪わんと殺し合う。
このアリエータもまた、そんな風に魔神が作り上げた国の一つであった。
「我が王バエル様。ご報告がございます」
セフィロートの西部に位置する聖国アリエータ。
その首都に存在する宮殿の一室にて、四人の美少女が円卓を囲み合っている。
「夕刻よりユーディリアへの定期侵攻を行っていたフェニックスですが、帰還時刻を越えても戻っておりません。まさかとは思いますが、敗北した可能性も……」
ソロモン72柱の魔神の中で序列第2位に位置する魔神アガレスが、上座に座する主に報告を行う。すると、彼女の隣に座る一人の少女が大きな反応を示した。
「きゃはははははっ! 不死のフェニックスが、あのユーディリアの雑魚共にやられたって言いたいわけぇ? バカバカしくてマジウケるんですけどぉ!」
両手をパチパチと叩いて鳴らしながら、先の発言をしたアガレスを嘲るのは序列第39位の魔神マルファス。厳格な雰囲気が漂うこの一室において、彼女の言動は浮いたものであったが、本人がそれを気にしている様子は見られない。
「やめて。アガレス姉様への不遜な態度、許せない」
「は? 何よ、腰巾着? 良い子ちゃんぶって、ウチに喧嘩売るつもり?」
楽しげな満面の笑みから一転。マルファスは自分に注意を促した相手……自身の正面に座する序列第3位の魔神ヴァサゴを鋭い瞳で睨みつける。
「妹だからって姉にベッタリなのはどうかと思うけどぉ? ま、ウチと違ってヴァサゴは姉妹の出来損ないの方だもんねぇ、かっわいそー」
「違う、ヴァサゴは普通。ただ、アガレス姉様が優秀すぎる、だけ……」
マルファスの猛攻に圧されながら、ヴァサゴは隣に座る姉に視線を向けた。
アガレスとヴァサゴは姉妹の魔神である為に、その顔は瓜二つ。
しかし、そんな姉に救いを求めても無駄である事は、妹であるヴァサゴ自身が一番理解していた。
「聞くに耐えない話ですね。これ以上バエル様の御前で騒ぎ立てるのであれば、今すぐにでも……この私が消して差し上げましょう」
アガレスは不快そうな表情で、2柱の魔神を一瞥する。
その瞳は虫ケラを見下ろすかのように、恐ろしく冷たい。
「……申し訳、ありません」
「べーっ、だ! ちょっと強いからって、偉ぶるなっつぅの!」
即座に頭を下げて謝罪するヴァサゴと、反抗的な態度で舌を出すマルファス。
「バエル様。この痴れ者を今すぐ排除致しますので、少々お待ちを」
怒りを表情に出す事もなく、アガレスは静かな口ぶりで席を立つ。
その手に握られているのは一つの懐中時計。これは彼女の命とも呼べる魔神装具であり、それを取り出した時点で彼女が本気の殺意を抱いている事が垣間見えた。
まさに一触即発。ひりついた空気が室内を包み込み、間もなく殺し合いが始まろうかという……そんな時である。
「もう、ダメじゃないアガレス。仲間同士で争うなんて、妾は見たくないわ」
円卓の上座に座する少女が、慈愛に満ちた言葉で2柱を諌める。
その少女こそ、この聖国アリエータを治める者――聖女バエルであった。
「それにマルファスも悪気は無いと思うの。だって、妾の前で狼藉を働くようなお馬鹿さんなら……今頃、原型を保っていられる筈がないでしょう?」
両手を合わせ、ニコニコと微笑むバエル。
それはとても美しい笑顔、優しい口調だというのに……マルファスは首筋に刃を当てられたような感覚に陥っていた。
言葉を誤れば、自分は今ここで死ぬ。
たとえ千年近く仕えてきた自分であろうとも、彼女の機嫌を損ねてしまえば容赦なく切り捨てられる。その事を、マルファスはよく理解していた。
「……はいはい。ウチが悪かったですぅ」
「うふふふっ、従順な子なら問題ないわよ?」
たっぷりの冷や汗と引き換えに、絞り出すように出した謝罪の言葉。そのたった一言で命が長らえた事実を、マルファスは悔しげに噛み締めるしか無い。
「ああっ、バエル様! なんと慈悲深く、寛大なお方であらせられるのか!!」
一方でアガレスは、マルファスを許したバエルに恍惚とした視線を向けていた。
頬を緩ませ、口元からはだらしなく涎を垂らし……その眼には涙を浮かべる。
その姿はまるで、盲目的な狂信者のようであった。
「もしよろしければ、私が作った愛の詩をこの場で読み上げ……」
「ありがとう、アガレス。気持ちは嬉しいけど、今は本題に戻るべきよね?」
アガレスの熱い言葉をサラリと躱して、バエルは可愛らしくウィンク。
魔神の身でありながら、救世の聖女としてアリエータの全国民から慕われる彼女の愛らしい仕草は、見る者全ての心をくすぐってしまう。
それは、千年以上の付き合いがある他の魔神達にとっても例外ではない。
アガレスは勿論、ヴァサゴとマルファスまでもがその笑顔に見惚れていた。
「確か、フェニックスが戻らないというお話だったかしら」
惚けたように自分を見つめる魔神達を確認し、バエルは話を本題に戻した。
「不死のフェニックスを倒し、拘束する事が可能な者。そんな存在がユーディリアにいるとすれば、それは間違いなく――ソロモン様しか考えられないわね」
ちょうど千年経った頃だもの。
そう言葉を続けるバエルの瞳が、僅かに細められていく。
その瞳の奥には、複雑な感情の色が見え隠れしているようであった。
「……お戯れを、バエル様。あの男はもはや死んだ人間ではありませんか」
「きゃっははははっ!! バエル様、いくらなんでも冗談キツイって!」
「マスターが……? そんな事、信じられない」
アガレス、マルファス、ヴァサゴ。
その全員がバエルの言葉……ソロモンの復活を否定し、首を横に振る。
彼女達は元々、ソロモン王の帰還を信じる事なくユーディリアを飛び出し、自分達の手で一国勢力を作り上げた魔神達だ。
それが今更、ソロモン王が復活しただなんて考えたくも無かったのだろう。
「ねぇ? 貴女達、何か勘違いしてない?」
しかしそんな彼女達の危機感に欠ける反応は、バエルの機嫌を損ねてしまう。
「妾はただ、自分の推測を口にしただけ。貴女達は黙って、頷いていればいいの」
愛らしい聖女の姿から一転。
魂まで凍えるようにドスの利いた声で、態度を豹変させたバエルが告げる。
「ねっ? 妾に逆らったあの子のようには、なりたくないでしょう?」
3柱の魔神達は、彼女の言葉を肯定するように何も答えない。
逆らえば死ぬ。否、死ぬよりも恐ろしい目に遭う。
そのシンプルな仕組みは、単純にして明快な上下関係を産む。
ソロモンの魔神、序列第1位。支配者クラスの魔神バエル。
彼女の圧倒的な実力を前に、力なき者はただ従う他に無かった。
「はい。それじゃあヴァサゴとマルファス。これから貴女達に仕事を与えるわね」
「はっ! 必ず、こなしてみせます……」
「……やるわよ。やればいいんでしょ、やれば」
マルファスはせめてもの抵抗か、不貞腐れたように唇を尖らせている。しかしバエルはそんな彼女のささやかな反抗など眼中に無さげに、淡々と話を続けた。
「そう固くならなくてもいいの。貴女達程度でも、簡単に務められる仕事だから」
彼女達は未だ、知らずにいる。
千年もの時を越えて現代に蘇ったソロモン王……根来尊がどういう人間か。
「妾の願いを叶える為に、利用できるモノはいくらでも利用する」
馬鹿で、スケベで、軽薄で。
かつての偉大な王とは比べるべくも無い凡庸な少年。
そんな、王の器とは程遠い一人の少年の存在によって――
「――そうすればきっと、妾の愛しいあの子を取り戻せるわ」
自分達の運命が、大きく変えられていく事に。
いつも本作をご覧頂いて、誠にありがとうございます。
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