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1話 ハーレムを求めて異世界へ


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ぢぎじょぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 とっくに夕陽も沈んでしまい、暗く静まり返っている深夜の山中。

 沸々とこみ上げてくる後悔に身を悶えさせながら、俺はあらん限りの声で叫ぶ。


「くそっ! くそくそくそぉっ! 俺はどこで間違った!?」


 高校生活最後の夏休み。

 俺はかつてからの夢であった美少女ハーレムを築くべく、同じ学校の生徒達は勿論、地元に存在するありとあらゆる美少女達に愛の告白をして回った。

 しかし残念な事に、俺の誘いに応じてくれる子は一人して存在しなかった。

 だから俺は田舎の町を飛び出して、俺の抱く完璧なハーレムプランを受け入れてくれる美少女探しの旅に出る事を決めたのだ。

 やがて俺が日本一周を成し遂げる頃には、日本中の至る所に俺のハーレム候補となる美少女が存在している……なんて、誰もが羨む野望を抱いていたのに!


「まさか初日でこんな目に遭うなんて!! ツイていないにも程があるだろ!?」


 自転車一人旅を始めて、最初に差し掛かった山道。

 少し疲れたので休憩しようと、自転車を停めて休んでいた僅かな時間である。

 突如として現れた野生のサルが、俺のバッグを盗んでランナウェイ。

 盗まれたバッグの中には財布や携帯が入っており、そのバッグの紛失は旅の終焉を意味している。俺は当然のように、そのサルを走って追いかけた。

 自転車では入れない獣道を突き進み、右から左へ、時には上から下へ。

 気が付いた頃には周囲は真っ暗。空には雲に隠れたお月様。

 結局サルも見失い、残されたのは山奥で迷子の少年が一人だけ。

 

「おかしい、こんなのは絶対におかしい! 俺の完璧な計画では今頃、ナイスバディな美少女と、熱い夜を過ごしている筈だぞ!!」


 奪われた荷物を取り戻そうと数時間近く、鬱蒼とした草木を掻き分けながら進んでいるのだが……一向に道が開ける気配は無い。

 ずっと歩き続けて体中は汗だくだし、そろそろマジでキツくなってきた。


「……ええい、この程度で諦めてたまるか! 俺の野望は誰にも邪魔させねぇ!」


 現在、俺の手元に残されたのはポケットの中の255円のみ。

 このままでは山から脱出できたとしても、旅の続行は不可能だろう。

 ハーレム結成の旅を続けるには、なんとしてもあのサルから荷物を取り戻さなければならない。だから、どれだけ辛くても俺は――


「んんっ?」


 ガサガサガサッ!

 そんな激しい音を立てながら、俺の前を素早く横切っていく小さな影。

 暗くてよく見えなかったけど……大きさからしてあのサルである可能性は高い。


「……よし、落ち着け。これは絶好のチャンスだ」


 足音を立ててしまわないように、物音がした茂みの方へとすり足で近付く。

 俺の野望を叶える為にも、ここは冷静に、クールに……あのにっくきサルを!!


「覚悟しろやオラァァァァッ!!!」


 溢れ出る怒りを抑えきれず、無我夢中で茂みの中へとダイビング。

 奇襲は物の見事に嵌まり、俺が突き出した両手は何かをガッチリと掴んでいた。完璧だ。これで俺は運命の出会いを求める旅を続けられ……


「さぁ、神妙にしやが……あれ? なんか、すっげぇ軽い?」


 おかしい。俺の両手に掴まれている何かは、サルとは思えない程に軽い。

 触れている感触も毛深くないし、どちらかと言えばモフモフとした感触。


「まるでぬいぐるみのような……って、マジでぬいぐるみじゃんか」


 夜空を覆っていた厚い雲が晴れていき、満月の光が徐々に周囲を照らし始める。

 そうして明らかになったのは、サルではなく赤いぬいぐるみ。

 デフォルメ調のヤギっぽい頭に、二頭身程度の人型胴体。西洋の悪魔が可愛らしいマスコットキャラクターになったら、こういう感じかもしれない。


「なんだよ。期待して損しちゃったぜ」


「……なんだとはなんじゃ。千年ぶりの再会じゃというのに」


 ぬいぐるみに付いた土を払っていると、どこからか女の子の声が聞こえてきた。

 口調は堅苦しい感じだが、声の感じは小学生くらいか?

 それがこんな真夜中の、しかも山奥で聞こえてくるなんて……


「おい、どこを見ておる? こっちじゃ、ほれ、儂じゃ」


 声の主を探す為に耳を澄ましてみると、声は俺のすぐ近くから発せられているようだった。だけど、俺の周囲には誰もいない。唯一めぼしい物と言えば……


「ふふっ、久しいな。これでも随分と捜したのじゃぞ?」


「……うぉわっ! しゃ、喋ったぁっ!?」


 ぐりんっと、頭をこちら側に回して喋り始めた赤いぬいぐるみ。

 そのあまりの衝撃に、俺は思わずぬいぐるみを放り投げてしまった。


「ぬぅ、何をするのじゃ。急に投げられては痛いではないか」


 放物線を描いて地面へと激突したぬいぐるみはムクリと起き上がると、拗ねたような声で俺を責めてくる。これには思わず、恐怖よりも罪悪感の方が勝った。


「あ、ごめん。つい、びっくりしちゃって……」


「まぁよい。手荒な仕打ちも、悠久の放浪に比べれば取るに足らぬもの」


 てちてちてち。

 そんな音が聞こえてくるような幼児的動きで、ぬいぐるみが歩み寄ってくる。

 最初はかなり驚かされたが、慣れてしまえば全く怖くないな。

 巨大な鉄の塊が空を飛んだり、機械で遠くの人間と顔を見て話せたりする時代だ。

 喋って歩くぬいぐるみ程度、さほど驚く事じゃないのかも。

 

「では、自己紹介から始めるとしよう。儂の名はベリアルじゃ」


「これはご丁寧にどうも。俺は根来尊ねごろみこと、よろしく」


 挨拶と共に右手を差し出されたので、俺はしゃがみこんでその手を取る。

 上質な材質を使っているからか、フニフニとした手の触り心地は中々だ。


「で? お前はこんな場所で何をしていたんだ? 捨てられた呪いのぬいぐるみだとか、怪しい実験で生まれた兵器とかだったら見逃してください」


 自己紹介も終わり、すっかり警戒心を無くした俺はベリアルに訊ねてみる。

 するとベリアルはおもむろに、自分の脇腹にある布の裂け目に腕を差し込み、まさぐり始める。そうして中から取り出した何かを、俺の方に見せてきた。


「儂はそのようなくだらぬ存在ではない。異世界セフィロートから、この指輪の持ち主を連れ戻しに来た【ソロモンの魔神】の一柱じゃ」


 ベリアルの手に持たれ……というかくっついているのは、赤紫の宝石が付いた指輪であった。シルバーのリング部分にはオシャレな文字が刻まれてあり、大粒の宝石の内部には星のような形の紋様が眩しい金色で輝いている。

 宝石の中にこんな光があるなんて、今まで見た事も聞いた事もないな。


「ふーん。異世界から、ソロモンの魔神が、指輪の持ち主を捜しに、ねぇ」


「正確には、指輪の持ち主――ソロモンの生まれ変わりとなる者を、じゃな」


「ほーん。そうかそうか」


「……おい、なんじゃ! そのつまらなそうな態度は!」


「いやぁ、だって本当に興味無いんだもんよ」


 別にベリアルの言葉を疑っているわけじゃない。

 俺の知らない異世界セフィロートとやらはどこかに存在しているし、ベリアルの正体がソロモンの魔神であるという事も信じている。俺が中学生の頃ならば、ドキドキワクワクとベリアルの話を興味深く聞いていただろう。

 だけど、今や高校生となった俺が求めるのは――


「俺は今、念願のハーレムを作る為の旅をしているんだ。そんで今は、その旅の邪魔をしたクソザルを追いかけている最中ってわけ」


 そう。元々俺は大切な荷物を取り戻す為に奔走していたのだ。

 喋る人形とのエンカウントは貴重な体験だったが、今はそれどころじゃない。


「お前も、その指輪の持ち主を捜しているんだろ? だったらここでお別れだ」


「待つのじゃ、ミコト! まだ儂の話は終わっておらんぞ!」


 目的を思い出した俺は適当に話を切り上げ、ベリアルを置いてこの場を去ろうとする。だが、小さなお人形さんはそんな俺の逃走を許してはくれなかった。


「千年もの間、儂はお前を捜したのじゃ。ここで逃がすわけにはいかん」


「あっ、やっぱりそういう感じ?」


 どうやら、この子が捜しているソロモンの生まれ変わりとやらは俺の事らしい。

 久しい、とか、捜した、とか言っていたからそうじゃないかと思ってはいた。


「おいおい、いくらなんでも焦りすぎだって。そう簡単に決めちゃっていいの? 言っておくけど俺、とても褒められた人間じゃないよ?」


 根来尊、17歳。十英高校三年生、帰宅部。

 趣味はガールズウォッチングで、特技は料理と裁縫。

 学校中の女子生徒からは汚物のように扱われており……最近では男子連中からも、お前といると女子に嫌われるんだよ、と避けられ始めている。

 捨て子だった俺を育ててくれた養父さえも、俺が旅に出ると告げるや否や、そのまま二度と帰ってこなくていいぞ、と冷たく言い放ってくる始末。


「どうだ! 逃げるなら今の内だぞっ!! じゃないと俺、自分で言っておいて、なんだか泣きそうに……う、うぅぅぅっ……」


「そんな事は知らん。お前がソロモンの生まれ変わりである以上、儂はお前にこの指輪を返し、セフィロートへと連れ帰るだけじゃ」


 途方もない悲しみで崩れ落ちた俺の肩を、優しく叩いてくれるベリアル。

 あれ、意外とコイツ……イイ奴かもしれない。


「容姿、声、魂の色。これらが一致しているだけで十分じゃ。後はお前が、この指輪を嵌める事ができたのならば――」


 涙を拭った俺の手に、ベリアルは先程の指輪が手渡してきた。

 ふむ。近くで見てみても、やっぱり格好良い指輪だなぁ。


「それは【ソロモンの指輪】といい、神々がソロモンに与えた指輪じゃ。ソロモンにしか嵌める事ができず、嵌めさえすれば魔神との契約が可能となる」


「ソロモンの指輪? なんか、ゲームとか漫画で聞いた事あるぞ」


「ふふん。この指輪を嵌めてセフィロートに渡れば、強大な72柱の魔神を従え、世界を征服する事も容易となる。どうじゃ? そそられてきたじゃろう?」


「いえ、全く。こう見えて俺は、とても慎ましやかな人間でね」


 世界征服という餌をチラつかせて、俺の興味を惹こうという魂胆らしいが……甘いな。男が全員、権力に弱いと思ったら大間違いだ。


「俺の願いはただ一つ。できるだけ沢山の可愛い女の子と、エロエロでイチャイチャなハーレム生活を幸せに過ごす……ただ、それだけさ」


 鼻の頭を指の背で掻きながら、俺はニヒルな口調でそう告げる。

 いくら異世界の魔神といえども、この至極真っ当な願いを聞けば、無理に引き止めようなどとは思わないだろう。


「なんじゃ、くだらぬ。その程度の夢ならばすぐにでも叶うぞ。先程も言ったじゃろう? 72柱の魔神がお前に付き従うと」


 だから何も問題はあるまい。

 そう言いたげな表情で俺の顔を見上げてくるベリアル。

 いやいやいや。問題大アリですとも。


「ごめん、ベリアル。いくら俺でも、ぬいぐるみハーレムはちょっと……」


「何を言うか。今の儂はワケあってこんな仮の姿じゃが、本来の魔神態は若くて美しい女の姿じゃ。乳房はばいんばいんじゃし、くびれはきゅーっとしておる」


「なん……だって?」


 確かに、このぬいぐるみの姿は魔神というにはあまりにもファンシーすぎる。

 だとすれば、ベリアルの本来の姿は他にあるという話は信憑性が高い。

 

「残り71柱の魔神達も、漏れなく相当な美女の姿じゃぞ。その大半がお前に再び逢いたい一心で、夜な夜な枕と股を濡らしておるじゃろうなぁ……」


 くねくねとぬいぐるみの体をよじらせながら、流し目でこちらを見つめてくるベリアル。これがもし本来の姿であれば……と残念に思いつつ、俺は考える。

 俺の目から見た感じでは、ベリアルの話に嘘は無いように思えた。

 しかし、だからといって全てを話しているとは限らない。


「合わせて72柱の美少女が、俺の事を待って……」


「お、おおっ! ミコト、お前……!?」


 僅か十八年足らずではあるが、俺もこれまでの人生でそれなりに修羅場をくぐってきている。そうして培ってきた直感が、これは罠だと告げているのだ。


「夜な夜な枕とお股を濡らして……クネクネと……」


「ふふっ。儂は嬉しいが、こうもあっさりと決めては……ん? おい、ミコト?」


 だからこそ、ここは慎重に……慎重に……慎重に……


「こら、ミコト! 儂の話を聞いておるのか?」


「んぁ? あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事を……って、ええええええっ!?」


 顎に手を当てて、指輪を嵌めるかどうか考え込んでいた僅かな時間。

 そのたった数秒足らずの間に、俺を取り巻く世界の状況は激変していた。


「なんっ、なんで!? ここはどこだ!?」


 緑豊かな木々は無機質な灰色をした瓦礫の山に、地面から長く生い茂っていた草木はユラユラと蠢く炎へと、その姿を変えていた。

 自然が溢れていた山中から一転して、荒れ果てた廃墟群となった景色。

 唯一変わっていないのは、夜空に浮かぶ真円の満月くらいのものだ。


「どこも何も、ここはセフィロートのユーディリアという国じゃ」


 事態が飲み込めずに戸惑う俺に対し、親切に説明を挟んでくれるベリアル。


「あーなるほど。ここはもう、セフィロートとかいう異世界なのかぁ……って、おかしいだろ! なんでいきなり異世界にワープ!? ワッツハプン!?」


「おかしいのはお前じゃ、ミコト。自分でその指輪を嵌めたのじゃろうが」


「はぁ? 俺はまだ指輪を……あれぇ?」

 

 ベリアルに指摘されて、ふと視線を落とした右手の人差し指。

 そこにはいつの間にか、先程のソロモンの指輪がしっかりと嵌められていた。 

 馬鹿な! 俺はちゃんと理性的に、指輪を嵌めるべきか検討していた筈なのに!

 まさかとは思うが、ベリアルが俺の隙を突いて無理やり指輪を―― 


「儂がお前を唆した後、何やらブツブツ言いながら自分で嵌めておったぞ」


「…………ああ。本能が理性に勝ったのか」


 頭で考えるよりも先に、体が勝手に動いてしまったのだろう。

 俺の中に眠る本能というのは、理性如きでは抑えられないモノらしい。


「指輪を嵌める事もできて、無事にセフィロートへと渡る事も叶った。これでもう、お前がソロモンの生まれ変わりである事は揺るがぬ事実だと言えよう」


「そうなるんでしょうね。あのさ、これってクーリングオフとか……指輪を外して元の世界に帰るって事はできないのか?」


「くーりんぐおふ? とやらは分からぬが、一度この世界に渡った以上は元の世界には二度と戻れぬぞ。お前はもう、この世界の王となる以外に道は無いのじゃ」


「あー……ま、いいか。あっちの世界に大した思い入れがあるわけでもないし」


「うむ。儂は物分りの良い奴は大好きじゃぞ」


 覚悟も決意も無いままに、元の世界での人生を捨ててしまった事は悲しいけれども……過ぎてしまった事をウジウジと後悔していても仕方ない。

 この指輪があれば、可愛い魔神少女達によるハーレムが作れるみたいだし。


プロローグから引き続きご覧頂いて、誠にありがとうございます。

次回からようやく、ぬいぐるみ以外のヒロイン達が登場致します。

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