18話 怪しい同盟交渉
「……どういうつもりだ!? なぜ貴様達が、我らと手を結ぶ!?」
「そうです! 今までどれだけ、私達を苦しめてきたと思っているんですか!?」
真っ先に怒声を上げたのは、やはりというべきかアンドロマリウスとルカ。
これまでユーディリアを攻めてきておいて、急に手のひらを返して同盟の提案。
彼女達が怒りを浮かべるのも当然の事だ。でも、それを許すわけにはいかない。
「ちょっと待った!! こっちから仕掛けるのはナシ!!」
「何を悠長な!? こんな連中の言葉を信じるのですか!?」
「信じる信じないの話じゃないよ。まさか、こんな場所で戦うつもりなのか?」
息巻くアンドロマリウスの肩に手を置き、俺は窓の外に広がる廃墟群を指差す。
それだけで、彼女は俺が言いたい事をちゃんと理解してくれたようだ。
「外には、民が……っ!?」
「そう。向こうから仕掛けてきたのなら、こっちも対抗するしかないけど……そうじゃないなら、周囲の人達を危険に晒す必要は無いと思うんだ」
呆然とするアンドロマリウスを横切り、俺はヴァサゴの前に足を進める。
後ろからルカとハルるんが俺の身を案じて呻き声を漏らすが、俺は何も心配していない。そもそも、ヴァサゴが嘘を吐いているようには見えないし。
「とりあえず、ルカとアンドロマリウスはそのままラウム達を寝室のベッドに運んであげてくれないかな? 少し傷もあるようだし、手当てもお願い」
「し、しかし!! 相手は――」
「行きますよ、アンドロマリウス! ミコト様のご指示は絶対です!!」
食い下がろうとするアンドロマリウスだったが、ルカの言葉で動きを止める。
そうして何度も俺とヴァサゴ達との間で視線を動かした後……渋々といった様子で頭を下げた。
「……承知致しました。ハルファス、フェニックス! 主殿を頼んだぞ!」
「むふぅっ! 何かあったら、すぐに馳せ参じますからね!!」
ハルるん達に後を託し、ルカと共に食堂から去っていくアンドロマリウス。
少し悪い事をしたような気もするけど、今はラウム達を休ませる事が優先だ。
「というわけで、こっちからも手を出したりはしないから安心してくれ。まずは色々と、そっちの話を詳しく聞かせて欲しいな」
「……元マスター。貴方は、ヴァサゴ達を信用、しているのですか?」
俺の取った行動を見て、ずっと無表情だったヴァサゴの瞳が少しだけ大きく見開かれる。それは確認というよりは、期待の感情のように感じられた。
「今のところはね。だって、そっちがその気ならラウム達は無事じゃなかっただろうし……俺達を本気で潰すには、もっと効率の良い方法が幾らでもある筈だ」
相手が美少女だから、なんて俺の本音は置いておくとして……実際、彼女達の行動には筋が通っている。狙いはどうあれ、争うつもりは無いと考えていい。
「そうしないって事は、俺達と同盟を結びたいって話は本気なわけだ」
「ご明察です。流石は、元マスター」
「つぅか、ウチはハナから戦う気は無いって言ってたしぃー」
不快そうに唇を尖らせるマルファスはともかく、ヴァサゴの方は納得したように深く頷く。その瞬間、僅かに口元が綻んだように見えたのは……気のせいかな?
「では、ヴァサゴ達の話を――」
「あ、ごめん。話し合いの前にあらかじめ、言っておきたい事があるんだけど」
話し合いは俺の方からも望む事だ。
しかし、その前にどうしても、彼女達に言わなければならない事がある。
「どんな理由にしても、お前達が俺の大切な仲間を……ラウム達を傷付けた事に変わりは無い。もしもそっちがこれ以上、俺の仲間を傷付けた時は――」
そう話しながら、俺はまっすぐな視線をヴァサゴの方へと向ける。
すると、彼女の長く垂れ下がった前髪から覗く、右片方だけの漆黒の瞳は……俺の視線にたじろぐようにして、幾度となく左右に泳ぎ始めた。
「なんという、眼力。蘇った元マスター……衰え、無しかも」
「へぇー? そういう顔もできるんだ? ちょーっとだけ、ウチ好みかもぉ」
「……ん?」
――どんなセクハラをされたって、文句は言えないからな。
そう続けようと思っていたんだけど、何か妙な勘違いをさせてしまったらしい。
「やるじゃない。高位の魔神をたったひと睨みでビビらせるなんて」
「あぁんっ!! ダーリン!! こっち! こっちにも視線をくださぁいっ!!」
「……うん。まぁ、そういう事にしておくか」
相手に対する牽制と脅しの意味を込めた睨みではなく、その美貌を堪能する為のいやらしい視線だったなどと……自分で説明するのは凄く恥ずかしい。
「前のソロモンちゃんよりはタイプなんですけどぉ、その頭の上に乗っけたヘンテコなぬいぐるみが頂けないってカンジ? なにそれ、流行りなの?」
「ぬいぐるみ? ああ、これは……いでぇっ!?」
マルファスの疑問に答えようとするも、ベリアルがいきなり俺の耳を強く引っ張ったせいで、最後まで言い切る事はできなかった。
そうした後にベリアルは、俺の耳にだけ届くようにボソボソと囁き始めた。
「……儂の存在はまだ隠しておけ。アンドロマリウスの気遣いを無駄にするな」
「……おう? 一応、分かったよ」
なぜだかよく分からないが、コイツは自分の存在をヴァサゴ達に知られたくないようだ。マルファスが現れてから一言も喋らずにいたのは、そのせいか。
アンドロマリウスも、そんなベリアルの意図を汲んでいたらしいな。
「コレはアレだ! 一緒に寝ている的な感じの……」
「ふーん……? メルヘンチックな趣味してんじゃーん」
ベリアルの存在を隠す為に、俺は懸命に言葉を選ぶ。
美少女に対して隠し事はしても、絶対に嘘は吐かない。
というのが俺の信念の一つだからな。誤魔化すのも一苦労というわけだ。
「可愛いぬいぐるみ、興味ありません。ヴァサゴの話……聞いて欲しいです」
「も、勿論!! さぁ、どんどん話してくれ!」
さっきから何度も話す機会を邪魔されてきたせいか、ヴァサゴの頬が僅かに膨らんでいる。ちょうどいいし、ここは彼女に乗っかっておくとしよう。
「もしもアリエータと同盟を結べば、ユーディリアに膨大な物資を提供、可能。それに、軍事力も……アップ。他国からの侵略にも、対抗できます」
「なるほど。それは確かに至れり尽くせりで、こちらにメリットばかりだな」
今までの鬱憤を晴らすかのように、一気に捲し立てる……わけでもなく、急ブレーキを何度も挟みながら、ヴァサゴは同盟の利点を説明してくれた。
民が飢えており、他国からの侵略に防戦一方であるユーディリアにとって、強国との同盟は願ってもいない話だと言える。
ただ、だからこそ気になるのは美味しい話の……その裏側だ。
「でも、その好条件と引き換えに、俺達は何を差し出せばいいんだ?」
これだけの条件を提示してまで、俺達と手を組もうとする理由。
その内容こそが、今回の話し合いの鍵を握ると言っても過言ではない。
「警戒しないで、ください。ヴァサゴ達が求める条件は、ただ一つ」
これまでは、感情の起伏をほとんど感じさせなかったヴァサゴの声。
そんな彼女の声に、ほんの僅かばかりの力が篭る。
「ソロモンの魔神、序列第29位。公爵クラス……アスタロト」
なぜだろうか。
ヴァサゴはアリエータの使者として、この場にいる。
俺達には、この条件を飲んで貰いたい筈だというのに――
「彼女を捜し出し、バエル様の元へと連れ戻してください」
その顔はまるで、俺達に断って欲しそうに……悲しい表情をしていた。
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