117話 こっからが本番
ヴァルゴル大森林から、大国レオアードへと通じる街道。
案内役無しで天然の迷宮である森の中へは入れない為、元々はヴァルゴルの魔神であったバティンを待ち続けていたエリゴスだが――
「バティン! てめぇ、どういうつもりですか!?」
「いやー、やだなー! そんなに怒らないで欲しいっすよー!」
要請から長い時間を掛けてやってきたバティンに案内を断られ、その怒りを激しくぶつけようとしていた。
具体的には胸倉を掴み上げ、今にでも殺しにかかりそうな程に――
「どうして私の言う事が聞けねぇんです? 死にてぇんですか?」
「そんなわけないっすよ。これにはちゃーんと、深い理由がありまして」
「私は一刻も早く、アイツに復讐しねぇと気が済まねぇんですよ。もしも邪魔するなら、いくら仲間だろうと容赦はしねぇです」
ゴキゴキと拳を鳴らし、殺意を迸らせるエリゴス。
しかしそれでも相変わらず、バティンは飄々とした態度を崩しはしない。
「皆さんが見ている前で、そんな激しい……やーんっすよー」
「じゃあ、死ね」
尚も案内を拒むバティンに業を煮やしたのか、エリゴスは遂にその右腕を振るう。
しかし、その一撃がバティンに届くよりも先に――
「おい、エリゴス。そこまでにしておけ」
「なっ!?」
ガシッと掴まれるエリゴスの右腕。
振り返ればいつの間にか背後に、魔神バラムが立っており……恐ろしく冷めた眼でエリゴスを見下ろしていた。
「バラム!? なんで、ここに……!?」
「いやいやいやー! バラム様、お久しぶりっすー!」
「おう、久しぶり。なんでも何も、ミコトクン……ああ、ソロモンの生まれ変わりに賭けで負けちまってな。今から撤退するところだ」
両手を揉みながら擦り寄ってくるバティンに返事を返しつつ、バラムはエリゴスの問いに直球で答える。
その内容はエリゴスにとっては予想外であったのか、彼女にしては珍しく、口をパクパクと何度も開閉し……言葉を失っているようであった。
「みことくん……バラム様、マジのマジマジで、負けちゃったんすかぁ!?」
「マジのマジマジだよ。紋章に触られて、半契約状態だ。オレも少し、体が鈍っちまっているのかもな」
「ひゃー! 半契約ぅっ! それはそれは珍しい事もあるもんすねー!」
呆然状態のエリゴスを放って、会話を続けるバラムとバティン。
しかしバラムの視線は会話をしているバティンではなく、斜め後ろにある大木の上に向いていた。
「ぶっちゃけると、余計な【横槍】さえ無ければ、オレの勝ちだったよ。なぁ、お前もそう思ったから邪魔したんだろ? なぁ、レラジェ」
「クフフ……どうだろうな」
バラムの呼びかけに答えながら、木の枝に腰掛けていた少女が両肩を竦める。
少女の名はレラジェ。彼女もまた、レアアード陣営に所属するソロモン72柱の魔神の1柱であった。
「レラジェ!? てめぇまで来ていやがったんですか!?」
「ああ。今の私では、単独でビレトの相手をする事は不可能だ。支配者クラスの魔神が相手だと、私の弓矢では僅かに動きを止める事しかできないようだし」
木の上から飛び降りて、華麗に地面に着地するレラジェ。
そんな彼女の姿を見て、笑みを零すのはバラムだ。
「よく言うぜ。前よりも格段に腕を上げてやがるくせに。戦闘中のオレの膝に矢を当てただけではなく、数秒動きを止めるなんざ……エリゴスにも難しいぞ」
「ぐっ……よく分からねぇですが、レラジェ! てめぇが余計な事をしたというのは理解できました!」
「まーまー落ち着いて! レラジェは生粋の修行ジャンキーなので。腕試しに、バラム様に挑みたくなるのは癖みたいなもんっすよ!」
レラジェとバラムのやり取りを聞いて憤慨するエリゴスだったが、そんな彼女を後ろから宥めるのはバティンである。
その顔はどこか嬉しそうで、彼女も心のどこかでは……元仲間達が危機を脱した事を喜んでいるようにも見えた。
「……レラジェ。あの男はお前のお眼鏡に適ったわけか?」
「ああ、そういう事だ。下位クラスの魔神の力だけで、お前を追い込んだ実力。私の目的の為に利用できると思ってね」
「くかかかか! そうかそうか!」
バラムはレラジェの肩を軽く叩くと、微笑みを零す。
レラジェもまた、そんな彼女の笑みに……軽くはにかんで返してみせる。
「奴はまだまだ強くなるぞ。いずれは、半契約では済まなくなるほどに」
「ああ、だろうな。だからこそ、こちらも本気で動かねぇと」
「うーん。なんだか、楽しくなりそうな気配がムンムンするっすねー!」
「……どいつもこいつも、好き勝手動きやがって。気に食わねぇです」
4柱の魔神達は、それぞれの胸に様々な思惑を抱えながら動き出す。
根来尊に復讐を誓う者。
根来尊を値踏みする者。
根来尊に期待する者
そして、根来尊を――
「ミコトクンよ。こっからが、本番だからな」
根来尊と繋がりつつある者。
彼女達と尊の道が再び交差するのは、そう遠く無い未来なのかもしれない。
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