114話 大した奴だ
バラムとの最終決戦。
目にも止まらない速さで心臓を貫かれた俺だったが、今はこうして形勢逆転に成功し……彼女を追い詰めていた。
「トリック、だと?」
「あははは。まぁ、トリックも何も……一度死んだ事に変わりはないんだけど」
驚愕に染まるバラムの顔の可愛さに癒されながらも、俺は答え合わせを始める。
「俺が今、ルカを憑依している事を踏まえれば、簡単に答えが分かると思うぞ」
(むふぅーっ!! はいはいはーい!! 私、大活躍です!! ミコト様のピンチを劇的にお助けしてさしあげましたー!!)
「貫きの魔神フルカス。アイツはヴァルゴルにはいねぇ筈……まさか!?」
「そういう事だよ」
ヴァルゴルにいないフルカスを憑依しているこの状況。
それは俺が、魔神憑依の強化によって……【その場にはいない魔神も憑依できるようになった】事に気付いた事から始まっている。
「ちょっと離れた位置にいるラウム達も憑依できたんだ。だったら、滅茶苦茶離れている子も憑依できるかもーって、試してみたわけさ」
下手な陽動やフェイントが通じない状況。
こちらが先手を打つ事が不可能でもあるのならば、バラムからの攻撃を一撃でも耐えられる魔神を憑依するしかなかった。
「そこで俺が選んだのが誰かは、もう言わなくても分かるよな」
「くかかかかっ! あのひねくれ者がミコトクンと契約していたとは……いくらオレでも、見抜けなかったぜ!」
序列第37位侯爵クラスの魔神フェニックス。
俺がこの世界にやってきて、二番目に契約した彼女の持つ不死の能力を利用する事で、俺は一度バラムに殺された後に蘇生する事ができたわけだ。
「ははははっ! 憑依して作戦を打ち明けた後は、尋常じゃ無い程に怒られたよ」
(むふぅ、フェニックスはツンデレさんですからねー)
フェニスを憑依した後、彼女から言われた言葉は一言一句忘れずに覚えている。
確か……「いきなり呼ばれて憑依されたかと思えば、そんな自殺行為を手伝えなんてバッカじゃないの! でも、それしか方法が無いなら協力してあげる。でも勘違いしないでよね、アンタに死なれたらバエルの奴に仕返しする機会がなくなっちゃうでしょ! だから仕方なく、アタシの力を貸すのよ。そこんとこ、理解しなさい! いいわね!?」……だったか。
「大したもんだよ、本当に。普通の人間なら、死の世界からの蘇生に精神が耐えられずに廃人になりかねないっていうのに」
「ちょっとわけあって、少し前に何十回も蘇生を繰り返したもんでね。今じゃもう、すっかり蘇生も慣れっこさ」
アスタを救出する時の体験が、こんなところで役立つとは思わなかったけどな。
というか、本来はあまり慣れるべきもんじゃないよな……蘇生って。
「というわけで、チェックメイトだ。バラム、大人しく俺と契約して……これからの人生を明るく楽しく、俺のハーレムの一員として過ごしてくれ」
(むっふー!! 私とミコト様のタッグで!! 支配者クラスの魔神に勝利しちゃうんですねー!! むふふふぅー!!)
経過はどうであれ、俺がバラムを追い詰めた事は間違いない。
後は彼女が敗北を認めてくれれば、全て万事解決といった感じなんだけど……
「嫌だね。俺はたとえ殺されてでも、誰かの軍門には下らねぇぞ」
「……やっぱり、そう言うんじゃないかと思ったよ」
「当たり前だ。お前の勝ちは俺を殺すか、紋章に触れて契約する事だろ? そのどちらも果たされていない以上、俺はまだ負けてねぇんだ」
槍の先が軽く喉に触れるが、それでも構わずに一歩前進するバラム。どうやら彼女は、首を一突きされて死のうとも……俺と刺し違えようとしているらしい。
こうなると、逆に追い詰められたのは俺の方だ。
「誤解するなよ、バラム。俺の勝利はお前と契約して、俺のハーレムに加える事だからな。殺しちまったら、俺の負けなんだよ」
「ハッ! それじゃあどうする? 俺を殺さずに、紋章に触れられんのか?」
バラムの言う通り、彼女を殺す事なく紋章に触れるのは至難の業だ。
俺が紋章に触ろうとすれば、彼女は迷いなく槍に突っ込みながらも、俺を仕留めようと襲ってくる。
可愛い女の子との心中は魅力的ではあるものの、俺の帰りを待つ多くの女の子達の為にも……俺はまだ死ぬわけにはいかない。
(どど、どうするんですかミコト様ぁ!?)
「どうするもこうするも、一か八かで賭けるしかないって」
一度槍を引っ込め、バラムが攻撃するよりも先に紋章に触れる。
そんな無理難題をクリアするしか、この場を切り抜ける方法は無い。
「本当にいいのか? ここでお前が死んだら、全てが水の泡になるんだぞ。よく考えて、俺を殺すかどうか……」
「何度も言わせるなよ、バラム。俺はお前と契約したいんだ」
試すような口ぶりで俺を揺さぶってくるバラムの言葉を、俺はピシャリと切り捨てる。
ただしそれは決して、俺のわがままによるものではない。
「それに、ここでお前を殺しても……その後にはエリゴスや、ビレトって支配者クラスの子とも争わなければならなくなるだろ? だからここはなんとしても、お前を味方に付けておかないとな」
「ちゃんとそこまで考えていたとは。やっぱりお前、大した奴だよ」
俺の答えが満足のいくものだったのか、バラムは嬉しそうに目を細める。
その瞬間。バラムの体から溢れ出ていた覇気のようなものが……まるで嘘みたいに、ふんわりと緩んでいく。
今この瞬間こそがチャンスだと、俺は直感した。
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!」
俺はクトゥアスタムを消失させて、バラムのヘソ上にある紋章へと手を伸ばす。
まだ、バラムは動かない。
ここから彼女が動き出そうとも、俺の方が早く――
「っ!?」
しかしそれでも。
バラムはスッと体を後ろに逸らし、俺の手を避けようと動く。
(ああっ、そんな……!!)
完全に不意を突いた。
バラムが気を緩めた一瞬の隙を、見逃さった筈なのに。
それでも、俺の手は届かないのか?
「お前が最善の機を逃すわけがねぇと、分かっていたさ。だからこうして、俺はお前にカウンターを合わせる事ができる」
残酷な答え合わせが、スローモーションのように流れる時の中で聞こえてくる。
俺はバラムとの読み合いに負けた。
だからもう、この手が彼女に届く事は――
「これで終わりだ……ミコトク――んっ!?」
その時、不思議な事が起こった。
俺の攻撃を読み切り、完璧なカウンターを行おうとしていたバラムが……急にガクッとバランスを崩してしまったのだ。
なぜかは分からない。
バラムがよろける時にヒュッという風切り音が、何か関わっているのかもしれないけど……今はとにかく、この千載一遇のチャンスを活かすだけだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
手を伸ばす。
俺はただひたすらに、右手をまっすぐに伸ばしてみせる。
バラムの紋章に触れるまで、残り十センチ、五センチ、一センチ。
そして――遂に俺は!!
「ぐっ、ぐぁあああああああああ!!」
「俺と契約してくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
柔らかくもしなやかで、弾力のあるバラムの肌に触れる。
その瞬間、俺の右手の指に嵌められたソロモンの指輪が眩い光を放つ。
「「っ!?」」
突如発生した光の奔流……いや、濁流に飲み込まれていく俺とバラム。
そして、光が段々と薄れていき――俺達の視界が戻ったその時には。
「これは……!?」
俺達の戦いは、予想外の結末を迎えていた。
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