113話 TRICK
「さて、そろそろか」
木漏れ日がうっすらと差し込む、ヴァルゴル大森林の中。
身を守っていた鎧を脱がされ、上はサラシ姿のみとなった魔神バラムは……ただ静かに瞑想し、来るべき襲撃の時に備えていた。
「…………」
ソロモンの生まれ変わり――根来尊とその一行。
その侵入に気付いた時。バラムが本気で動いていれば、彼らを一網打尽にする事は容易かっただろう。
しかし、透明化させた部下達の報告を聞いて、バラムは根来尊という少年に興味を抱いた。もしかすると彼は、自分の退屈を癒してくれるのではないかと。
「……待たせたな、バラム」
「おおー、ミコトクン。ここに来て、真正面から来てくれるのか」
その読みは当たっていた。
今こうして、バラムの眼前に姿を現した尊の顔を見れば一発で分かる。
「それに、随分と自信満々な表情だな」
自分が負けるなどとは、微塵も疑っていないような表情。
これまで、様々な奇策を用いて自分を追い詰めてみせた彼が、ここに来て奇襲もなく正々堂々と戦いを挑んでくるとは考えにくい。
恐らくは何かしらの作戦がある事に、バラムはすぐに気付いた。
「余裕なんてないさ。でも、可愛い女の子の前では格好付けなきゃダメだろ?」
「本当にオレを楽しませてくれる奴だなぁ、ミコトクン!」
しかしそれはもはや、バラムにとってはどうでもいい事だ。
彼がどのように作を弄そうと、真っ向から叩き伏せるのみなのだ。
「今は誰を憑依してるんだ? ラウム……はねぇよな。そうなると、ビフロンス辺りってところか?」
尊が魔神憑依をしても、外見に大きな変化が起きる事はない。
しかし、今の彼がただの人間ではなく、魔神の力を借りている事は、彼の体が放つオーラから察する事ができた。
「それは後のお楽しみだよ。ただ、お前があっと驚く子だって事は言っておく」
「くかかかかかっ!! いいねぇ!!」
軽口を叩き合いながら、ジリジリと距離を詰めていく両者。
残り十数メートルという距離で向かい合い、立ち止まった彼らは――まるで西部劇のガンマン対決のような緊張感で、互いの瞳を見つめる。
「……決着が付く前に言っておく。オレは結構、お前の事が好きだぜ」
「そいつは超絶嬉しいな。ますます、この勝負には負けられなくなったぞ」
どちらも微動もせずに、その時を待ち続ける。
先に動くのはどちらか、尊か……それともバラムか。
「「…………」」
一陣の風が吹き、舞い上がった木の葉の一枚。
それがヒラヒラと宙を舞い……やがて地面へと落ちる。
その瞬間だった。
「ゴエティア!!」
「はぁっ!!」
尊とバラムは同時に動く。
なぜかその場で魔本ゴエティアを出現させた尊と、そんな彼に迷う事なく突進していき――鋭い手刀で尊の左胸を刺し貫くバラム。
「がふっ!?」
「……何をしようとしたかは知らねぇが、遅すぎたぜ、ミコトクン」
左胸ごと心臓を貫かれた尊が吐血し、苦悶に満ちた声を上げる。
そんな彼の最期の瞬間を、バラムは冷めた瞳で見つめていた。
「これは幻影じゃねぇな」
尊の胸を貫いた右手をグリグリと引き抜きながら、バラムは確実に心臓を破壊した事を確認する。
ビフロンスの幻影である可能性も疑っていたが、支配者クラスの魔神であるバラムともなれば、触れただけでそれが本物かどうか分かるのであった。
「…………」
「お前の事は忘れねぇよ。正直、こんな形で出会わなけりゃ……」
右手に付着した血を払いながら、感慨深そうに呟くバラム。
彼女は目尻に僅かな涙を浮かべながら、クルリと尊の遺体に背を向けた。
その、直後である。
「……クローズ」
「え?」
ありえない声が。
根来尊の声が、バラムの背後から発せられる。
「まさか!? まだ生きて――!」
咄嗟に振り返り、防御体勢を取ろうとするバラム。
しかしそれよりも先に、その視線の先にいる男が動く方が――遥かに早かった。
「オープン!! 魔神フルカス!! 汝の力を我が物とせよ!」
「ぐっ!?」
金色の雷光を纏った黒槍が、バラムの首元に突き付けられる。
これがもしもただの槍であれば、バラムの強靭な体にかすり傷を付けるのがやっとなのであろうが――
「コイツは、クトゥアスタムか……!!」
「ご明察。万物を貫く槍の威力、振るわせないで貰えるとありがたいね」
槍の切っ先を突きつけたまま、ニヤリと笑う尊。
そんな彼の身に纏っているローブ、その左胸には穴が空いているものの……体の方にはまるで外傷が残っていない。
バラムは確かに一度、彼の胸を貫き――心臓を破壊したというのに。
「ミコトクン、死んだ筈じゃ……!?」
「残念だったな、トリックだよ」
しかし彼は生きており、逆に今はバラムの命を握っている。
その事が、バラムには到底信じられない事であった。
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