110話 だってばよ
「……見損なったぜ、ミコトクンよぉ。お前は前のアイツと違って、真っ向から勝負してくれる奴だと思っていたのに」
バラムは明らかに苛立っていた。
間違いなく自分よりも実力で劣る相手に、いいように翻弄されている事に。
あるいは、楽しみにしていた俺との戦いが……台無しになったと思っているのかもしれない。
「もういい。そっちがいつまでもコソコソしてるなら――」
しばらくは辺りの木々を薙ぎ払う事で鬱憤を晴らしていたバラムだが、俺が中々姿を見せない事に業を煮やしたのか――右の手のひらの上に紫色の光球を生み出す。
遠目に見ているだけでも分かる。きっとあの光球は、俗に言う必殺技。
必ず殺す技と書く、殺傷力抜群のとんでも技なのだと。
「この森ごと吹っ飛ばしてやるよっ!!」
そんな物騒なモノを、地面へと叩き付けようとするバラム。
流石にそれはマズイので、俺もいよいよ本格的に……姿を現すとしよう。
「全部消し飛んじ――あん?」
シュルルルッと音を立て、黒い物体が高速で回転しながらバラムの手の甲へと突き刺さる。
その不意打ちに驚いたのか、バラムの作り出していた光球はあっという間に霧散して消えていった。
「なんだこりゃ? 鋼でできてるみてぇだが……薄っぺらいな」
手の甲に刺さった黒い物体を傷口から引き抜き、興味深そうに眺めるバラム。
その物体とは勿論、俺がさっきハルるんに作って貰った武器――日本人にはとても馴染み深い投擲武器、手裏剣である。
「こんなもん、全然ダメージにならねぇぞ。舐めてんのか?」
ポイッと手裏剣を放り捨て、バラムは手裏剣が飛来してきた方向を睨み付ける。
そりゃそうだ。思いっきりぶん投げて運良く刺さったのにも関わらず、薄皮を少し傷付ける程度の攻撃――百発当てても、致命傷にはならない。
「下手な攻撃しやがって!! てめぇの位置を知らせただけだぜ!!」
バラムは当然の如く、飛んできた手裏剣の方角から俺の位置を割り出し……こちらの方に向かって特攻してくる。
しかし、それでいい。
「見つけたぜ!! 今度こそぶっ飛ばしてやるからな!!」
木の陰に隠れていた俺を見つけ、嬉しそうに声を上げたバラムは、彼女は右の軸足で地面を踏み抜き……左の回し蹴りで、俺を大木ごと破壊しようとする。
しかしその攻撃は、俺はおろか――大木にすら触れる事なく宙を切っていくだけ。
「なっ!? これは……幻影か!?」
「大正解。本物の方が二割増しで良い男だろ?」
力強い蹴りの空振りによってバラムが姿勢を崩した隙を突き、俺は一つ奥の茂みから飛び出す。
そしてそのまま、ハルるんに大量に用意してもらっていた武器をポケットから取り出し……バエルに向けて投げる構えを取る。
「くらええええっ!!」
「ハッ!! 馬鹿だな!! そんなもん、いくら投げようと――!!」
「秘技!! 分身の術!!」
「なにぃっ!?」
当然、このまま投げても大したダメージが無い事は理解している。
だからこそ俺は、フロンに頼んで自分の姿を幻影によって百人近く増やしてから、思いっきり手裏剣を放り投げた。
そうする事で、バラムの頭上には四方八方から手裏剣の雨が降り注ぐ事となる。
これには、流石のバラムもぎょっとしたに違いない。
「ちぃっ!! 狙いは読めてんだよ!!」
しかしそれでも、バラムは素早く両腕を上げて顔面を保護する。
そう、彼女はしっかりと理解していた。
大量の幻影手裏剣はフェイクで、本命の攻撃は幻影に混ざった本物の手裏剣でバラムの瞳――つまりは視界を奪う狙いだと。
体の大部分を強固な鎧で包んでいる彼女にとって、薄皮一枚を切るのがやっとな投擲武器など……瞳以外のどこで受けても、同じ事なのだ。
「いいや、それじゃ五十点だよ」
確かに瞳を傷付けられたら、戦い的には美味しいが……いずれは俺の嫁とする女の子の視界を奪うなんて真似、俺が本気で狙うわけがない。
だから俺は最初から、彼女の瞳なんて狙っていなかった。
俺の狙いは、たった一つ――
「ぐっ!? これは鎖か!?」
俺が手裏剣と合わせて投げ付けた本命の武器。
それはハルるんに頼んで作り出した、分銅付きの鎖鎌である。
両手を顔の前で上げてガードしている相手にコイツを放り投げれば、これが上手い具合に絡みついてくれる。
数百枚と投げ付けた幻影手裏剣は、この鎖鎌の存在を悟られない為の目くらましだったのだ。
「ちくしょうっ!! またこんな小細工を――!!」
顔の前で両腕を交差させた体勢で、鎖による拘束を受けているバラム。
彼女が鎖を引きちぎり、腕を下ろすまでにはほんの僅かな隙ができる。
「ゴエティア! クローズからオープン!! 魔神ラウム!! 汝の力を我が物とせよ!」
俺は空中でフロンの憑依を解き、それから続けてラウムを魔神憑依する。
そしてそのまま地面へと着地した俺は、姿勢を崩したままの防御体制で拘束されているバラムの真正面まで駆けていき――
(待ってましたぁ!! ボクの出番だねっ!!)
「頼むぞラウム!! 宝盗鍵テサラムキー!!」
ラウムの魔神装具であるテサラムキーを左手に出現させ、その先端をバラムの鎧へと押し当てた。
この鍵の力は、いかなる鍵、拘束をも解除する能力を持っている。
それは一見すると、宝箱や扉、手錠の鍵なんかにしか利用できない能力だと思いがちだけど……
「やった! 上手くいったぞ!!」
俺の予想通り、バラムの体を覆っている重厚な鎧――その留め具がテサラムキーによって外され、まるでバナナの皮が向けるようにして剥がれ落ちていく。
そうして顕になるのは、鎧の圧力から解放されてバルルンと揺れるサラシ巻きの巨乳と……扇情的なくびれのウエストに光る、ヘソ上の魔神紋章。
「これに触れれば俺達の――!!」
俺は勝利を確信し、その紋章に向かって右手の指を伸ばそうとする。
だが、そんな俺を引き止めたのは――体の中にいるラウムだった。
(いや、待ってマスター!! 焦っちゃダメだ!!)
「っ!!」
「調子に乗るんじゃねぇっ!!」
俺がラウムの忠告に従って、腕ごと体を引き下がらせた刹那。
前髪の先を掠めながら、鋭い足刀が振り上げられる。
もし、ほんの一瞬でも体を下がらせるのが遅ければ……今頃、俺の首から上は吹っ飛んでお星様の仲間入りをしていたに違いない。
「っと、やばっ!! 一旦下がるぞ!!」
「…………」
慌てて俺はバックステップし、再び森の茂みの中へと身を隠していく。
すぐに追撃が来ればおしまいだと覚悟したが、不思議な事に最初の一撃以降はバラムからの追い打ちは無かった。
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