99話 悪夢は見れたかよ?
魔神エリゴスは怯えていた。
かつて、自身のみならず……総勢72柱にも及ぶ強大な魔神達を従えていたソロモン王の生まれ変わり相対する事に。
「ハッ、たかが伯爵クラスの魔神を憑依した程度、怖くもなんともねぇですよ」
しかし彼女は自分を奮い立たせる。
目の前にいるのは、伝説の男の生まれ変わりであって、伝説の男本人ではない。
魔法陣もろくに扱えず、従えている魔神が伯爵クラスだけであるのなら、自分にも間違いなく勝機はあるのだと。
「じゃあ、フロン。早速お前の魔神装具を……え? そうだったの?」
エリゴスの目の前では、ソロモン王の生まれ変わりである少年が、先程憑依したばかりのビフロンスと脳内で会話をしている。
その脇には、もう1柱の魔神エリゴスが控えているが、彼女は魔神の中でも非力なタイプ。エリゴスの敵ではない。
「そっか。それなら……幻影面イリュージョラルヴァ!」
脳内での会話を終えたのか、少年――根来尊は掛け声と共に、ビフロンスの持つ魔神装具を出現させる。
それは、彼女が普段から自分の顔を覆い隠している白い仮面と同じモノであるが、唯一の違いはその仮面の表面に……金色の模様が追加されている事だろう。
「何を出すかと思えば、イリュージョラルヴァ? 馬鹿の一つ覚えじゃねぇですか」
そんな魔神装具を見て、拍子抜けだと言いたげに眉を潜めるエリゴス。
彼女はつい先程、そのイルージョラルヴァの能力を完膚なきまでに打ち破り、ビフロンスを倒している、そうした反応となるのも、無理は無かった。
「酷い言い草だな、さっきは通用しなかったかもしれないけど、今は俺とフロンが一体になっているんだぜ?」
「雑魚魔神がいくら強化されようと、上位の魔神には決して敵わねぇんですよ。そう、私の持つ魔神装具――戦予兜ベルムガレアが相手では」
エリゴスはそう呟くと、自分の頭部に魔神装具の兜を出現させる。
その兜は黒色で厳つく、同じ装着型の魔神装具であるイリュージョラルヴァと比べて……どこか禍々しさを感じさせるデザインだ。
「あぁっ! もったいない! 折角の可愛い顔を、兜で隠しちゃうなんて!」
「もう、マスター君って、いっつもそればっかりだね」
「……間抜けのフリをして油断させようとしても、この私には通用しねぇですよ」
ベルムガレアを装着したエリゴスに向けて、尊は悲痛に満ちた声を上げるが、当のエリゴスの心には微塵も届いていない。
それどころかむしろ、尊に対する警戒を強めている有様であった。
「ふぅん? それで、その仰々しい兜は、どんな能力を持っているんだ?」
仮面で隠された顔に、一体どんな表情を浮かべているのか。
尊は興味深そうな声で、エリゴスに魔神装具の能力について訊ねる。
「ふん、いいでしょう。どうせ知ったところで対策なんて取れねぇんですから、冥土の土産に教えてやってもいいです」
その返答は余裕の現れか、それとも自分が優位であると信じたいからこその行動なのか。いずれにせよ、エリゴスは尊の問いに正直に答える事にしたようだ。
「私のベルムガレアは【闘いの結末を予知する】能力を持っています。つまり、この兜の力に頼る限り――私は絶対に負ける筈がねぇんですよ」
「予知能力か。へぇ、そいつは凄いな」
「千年前から思っていたけど、それって結局……自分が負ける予知が出たら逃げるわけでしょ? あんまりカッコイイ能力とは思えないけど?」
エリゴスの説明を受けて、感動したように拍手をする尊に対し、頭の後ろで両手を組んだまま馬鹿にした言葉を返すラウム。
そんな彼らの反応を見て、エリゴスは少しだけ焦りを覚える。
明らかに自分の方が優勢であるにも関わらず、逃げようとする素振りはおろか、微塵も怯える様子の無い彼らに……なんらかの切り札があるのではないかと。
「酷い事を言うなよ。予知能力って、結構強い能力だぞ。なぁ、エリゴス?」
ラウムを諌めつつ、視線をエリゴスへと向けながら話しかける尊。
その際、お互いの仮面と兜越しに視線がぶつかり合う。
何の変哲もない黒い双眸だが、やけに不気味だと……エリゴスは思う。
「……減らず口ばかり、うるせぇですね。だったら今すぐ、アナタ達の末路を見てやろうじゃねぇですか」
手のひらにうっすらと浮かぶ汗を誤魔化すようにして、拳をギュッと握り締めたエリゴスは魔神装具ベルムガレアの能力を発動させる。
するとその瞬間、彼女の目の前に広がる光景が……まるでテレビのチャンネルを変えたようにして切り替わっていく。
そこに映るのは、能力によって予知され闘いの結末。
「……ハッ、ハハハハッ!!」
およそ十数秒に渡る光景が、現実時間ではほんのひと刹那でエリゴスの瞳に映像として流れ――彼女は、自分の確かな勝利を目の当たりとする。
「やっぱり、そうじゃねぇですか!」
そこに映ったのは、血溜まりの中に沈む尊、ビフロンス、ラウム。
そして、その傍らで勝利の笑みを浮かべる……自分の姿。
「アナタ達は私には勝てねぇんですよ!」
ベルムガレアの予知は絶対。
だからこそ、エリゴスは今度こそ完全な自信を以て自らの勝利を宣言する。
「だってさ。どうするラウム?」
「別に。だって、アイツが嘘を吐いている可能性もあるわけだしね」
しかし、尊達の態度はまるで変わらない。
先程と同じように軽口を続けるばかりだ。
「その舐めた態度を、すぐに後悔させてやりますよ!」
言うが早いか、エリゴスは一瞬にして尊の目の前へと肉薄する。
そして手に持った剣を振り上げ、彼が避ける為に身を引くよりも素早く――その凶刃を一閃した。
「えっ……?」
「ほら、だから言ったじゃねぇですか」
「エリゴスッ!!」
自分の身に何が起きたのかも理解できぬまま、尊は血飛沫を上げる傷口に手を当てたまま膝を崩す。そんな光景を目の当たりにし、すかさずラウムも動くが――
「おせぇんですよ」
「うぁっ……!?」
エリゴスを押さえつけようとした腕は斬り飛ばされ、その行方を視線で追う間もなく……首を両断され、頭を落とされる。
僅か一秒にも満たない時間の間に、尊は瀕死に陥り……ラウムは死亡。
「がふっ、ぐっ、ぁ……」
「がぅっ!? ごしゅじん、さまぁ……」
契約者である尊が重傷を負った影響か、彼に憑依されていたビフロンスが尊の体から弾かれるようにして分離する。
その体には尊と同じく、深い袈裟斬りの傷跡が痛々しくも……血を流していた。
「上位魔神を舐めるから、そんな無様な姿になりやがるんですよ」
「……エリ、ゴス……」
「幻影なんて使う間すら与えねぇです。もっとも、使ったところで私には通用しねぇんですけどね。現実と違って、幻影には斬った感触もねぇんですから」
だからこそ。
この肉を斬った感触があるからこそ、目の前で倒れ伏す彼らが幻影ではなく本物であると疑わないエリゴス。
「エリ、ゴスゥ……」
「そんな恨めしい顔をしねぇでも、すぐに楽にしてやりますよ。こう見えて私、結構慈悲深い性格でして」
緩やかに死の淵に向かいつつある尊とビフロンスを見下ろし、エリゴスはトドメの一撃を振り下ろそうとして剣を構える。
「いい夢は見れましたか? この私に勝てるだなんて、叶う筈もねぇ夢を!!」
ビフロンスの陽動で奴隷候補のエルフ達には逃げられ、多くの兵士が森の外に連れ出されたようだが……ソロモン王の生まれ変わりと魔神2柱を葬ったとなれば自分の株も上がるに違いない。
「エリゴス……!」
「さぁ、これでトドメを――」
そんな考えを思い浮かべ、笑いながら最後の一撃を振るおうとするエリゴス。
しかし彼女は、未だ気付いていない。
「エリゴス!」
瀕死の筈の尊の呼び声が……段々と力強く、大きくなっている事に。
「刺してやりますっ!!」
自分の身の回りを包む景色。
そして、今から自分が殺そうとしている、目の前にいる者達が――
「「「おやめくださいっ!! エリゴス様っ!!」」」
「……は?」
尊とビフロンスではなく、レオアードの獣人兵達だという事に。
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