10話 夢はハーレム
「……主殿、これにてこの場にいる魔神全ての紹介が終わりました」
「ああ、そうだな。ありがとう」
ビフロンスの紹介が終わったところで、話を締めにかかるアンドロマリウス。
彼女の言う通り、確かにこの場にいる魔神全員の名前や特徴は把握できた。
だけど、俺にはまだ訊きたい事が残されている。それも、とても重要な話だ。
「あのさ、ずっと気になっていたんだけど……城に残った魔神って確か、ルカも合わせて5柱の筈じゃなかったか?」
ルカ、アンドロマリウス、ラウム、ビフロンス。これで4柱だから、どこかにもう1柱の魔神少女がいる筈なのだが……その姿はどこにも見られない。
まさかとは思うが、その子もこの城を去ってしまったとか?
「うん、その通り。その子は今晩、警邏担当なんだよ、新マスター君」
「……警邏? そう言えばさっき、アンドロマリウスも言っていたな」
「ええ。他国の侵攻からユーディリアを守る為に、我らは交代で国境付近の防衛を行っているのです」
ラウムの返答で5柱目の魔神少女の残存が肯定された事に安堵しつつ、俺は続くアンドロマリウスの言葉に頷いた。
「おお、そういう事か。じゃあ、ルカがフェニスと戦っていたのは……?」
「はい。フェニックスはアリエータという隣国に所属している魔神なので、小癪で小生意気にも、警邏中の私に小競り合いを挑んできたのです。でも、私とミコト様の絆によって見事な返り討ち……ぶいぶいーっ!」
「……あーあ。こんな事ならさっさと仕留めておくんだったわ」
ピースサインしながら勝利を誇るルカと、頬を膨らませるフェニスは微笑ましいが……話を聞く限り、さっきの戦いは戦争の一幕みたいなものだよな?
もしも俺達が現れなければ、今頃ルカはフェニスに――
「他国からの侵略か。離反した魔神どもがそれぞれ国を作り、このセフィロートの覇権を握る為に日夜争っておる……さしずめ、そんなところじゃろう?」
「ええ。ベリアル殿のおっしゃる通り、このユーディリアの地を去った裏切り者達は独自の勢力を作り上げました。その全てが我々と敵対しているわけではありませんが、戦況が芳しくないのは既にご覧頂いている通りです」
ベリアルの推測を肯定しながら、沈んだ表情で詳細を語るアンドロマリウス。
確かに、これまで見てきたユーディリアの街は平和とは程遠い状態だった。
本陣である城のすぐ近くまであの惨状だと考えれば、ユーディリアの置かれている現状がとても追い詰められたものだという事は明らかだ。
「ユーディリアに残った魔神は、伯爵クラスと騎士クラス……つまりは下位クラスだけだったからね。他国からの侵攻を防ぎきる事ができなくて、こんな有様さ」
「がぅぅ……う、うっ、うぅぅぅ………」
自分達の非力を嘆いているのだろう。
悔しそうな顔で呟くラウムと、堪えきれずに嗚咽を漏らすビフロンス。
そんな彼女達の悲痛な姿を見て、いち早く反応を示したのはベリアルだった。
「何を言う、城を守り抜いただけでも十分ではないか。ソロモンの生まれ変わりであるミコトを城に迎える事ができた時点で、お前達の勝利じゃ」
「ああ……そうだよな。お陰で俺はこうして、みんなと出会えたんだ」
城に残った魔神達の忠義を称えるベリアルの言葉に、俺も頷いて同意する。
彼女達が仲間の裏切りや、苦しい戦いに耐え続けてきた千年間。その日々の辛さや、過酷さは……きっと、俺の想像を遥かに絶するものに違いない。
そんな千年間を耐え抜き、俺の帰りを待ち続け……無事に再会を果たした。
これを勝利と呼ばずして、一体なんと呼べと言うのか。
「ベリアル殿……! 主殿っ……!! なんと、勿体無きお言葉!!」
「くははっ! そう言われて悪い気はしないよ!」
「がぅ~がうがう~♪」
「むふぅ。それほどでもありますけどね。むふふふぅ……」
俺とベリアルの賞賛を受け、沈んだ顔から一転して歓喜に包まれるアンドロマリウス達。うんうん、やっぱり女の子は暗い顔よりも明るい顔の方が可愛いな。
「……ふんっ、茶番ね」
だが、そうなると面白く無いのは、一度この地を去ってしまったフェニスだ。
彼女は頬杖を突きながら苛立たしげに、空いた手の人差し指でトントンと卓を叩いている。どこからどう見ても、拗ねているのが丸分かりで……これまた可愛い。
「ひねくれるのも大概にせんか、フェニックス。貴様はもう、ミコトと契約したのじゃぞ。少しは協力的な態度を取って……」
「お生憎様よ、ベリアル。契約で体は縛られても、簡単に心までは明け渡したりはしないわ。そんなに言う事を聞かせたいなら、ソイツに命令させたら?」
諌めようとするベリアルに反発しながら、俺を指差すフェニス。
契約している魔神は俺に絶対服従らしいし……俺がフェニスに命令すれば、彼女のツンツンとした態度を改めさせる事は容易なのだろう。
「命令なんてしないよ。仲間同士で喧嘩しないでくれって、お願いはしたいけど」
だけどまぁ、俺の返事は決まりきっている。
そりゃあ、その権限を悪用したいと考えないわけじゃないが……そんな事をすれば、フェニスに嫌われちゃうのは目に見えて明らかだし。
「主殿。私如きが口を挟むのもなんですが、フェニックスの言動は大変目に余ります。かつて裏切った事実も踏まえ、きちんと制約を課した方が――」
「そだねー。フェニックスなんて、いつ裏切るか分かんないし」
俺の決断を受けて、不満そうに片眉を顰めるアンドロマリウス達。
その懸念も彼女達からすれば当然の事で、実に合理的な考えだと思う。
しかし、俺にも譲れない信念というものがある。
「いや、本人の意思を無理やり捻じ曲げて、強制的に言う事を聞かせるなんて真のハーレムじゃない。俺が望むのは全員が楽しく幸せに過ごせるハーレムなんだ」
俺が作りたいのは、あくまでも真のハーレム。
可愛い女の子達が毎日明るい笑顔で過ごし、俺の事をたっぷりと甘やかしてくれて、イチャイチャさせてくれる――そんなハーレムなのだ。
「は、はーれむ? 主殿、今……ハーレムと?」
「ああ。だから今は、無理に俺を認めて貰えなくてもいい。いつか必ず俺に惚れさせて、ツンデレからデレデレなフェニスに変えてやるつもりだからさ」
元々、最初から何もかもが上手くいくなんて、甘い考えは抱いちゃいなかった。
こうして可愛い女の子達と出会う事ができて、俺の存在が必要とされているだけで十分幸運なんだ。後は自分の力で彼女達の心を掴めばいい。
「……な、何よ。こうしてアタシをここに連れてきている時点で、アタシの意思を無視しているんだから。そんな風に格好付けても、説得力なんて無いじゃない」
「いやぁ、はは……それを言われると耳が痛いんだけどな」
「情けないわね。あー、ヤダヤダ。こんな奴が契約者だなんてマジで最悪よ」
とまぁこんな風にツンツンな態度を装っているフェニスだが、俺はしっかりと気付いている。折り畳まれていた彼女の翼が見事に展開されている事に。
バッサバッサと羽ばたく翼はまるで、喜んで尻尾を振る子犬のようだ。
「むふっ。ミコト様、私は最初からデレデレですよ」
「くははははっ、あのフェニスがこうも……! いいね、いいね!」
「がぅっ? がうがうがー?」
そんなフェニスを見て張り合おうとするルカも、面白がるラウムも、意味が分からずに首を傾げるビフロンスも……どれだけ俺の心を癒す事か。
ああ、この和気藹々とした感じ。これこそがやっぱり、ハーレムの醍醐味だ。
「ふ、ふざけないでくださいっ!! 何がハーレムですか!?」
しかし、あちらを立てればこちらが立たず――というのもまた、ハーレムの醍醐味だと言える。ハーレムを構成する女の子達は決して一枚岩ではない。
ルカのように、最初からデレデレでハーレム容認派の子もいれば、彼女のようにハーレム反対派の子もいて当然なのだ。
「……主殿、先の不埒な発言! 撤回して頂きたいっ!!」
机を叩き、溢れんばかりの怒りを顕にするアンドロマリウス。
さあて、これからどうやって……彼女を説得しましょうかね。
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