95話 あの人の役に立ちたくて
天然の森林迷宮、ヴァルゴルの東部。
レオアードとの国境に面したその方角へと、捕えたエルフ達を移送しようとしていた獣人兵達は……反旗を翻したヴァルゴルの民達によって倒されていた。
移送にはそれなりの数の兵が同行していたが、今や生き残りは一人もいない。
現場に残されているのは、移送に用いていた荷台付きの台車の残骸……それと、既に息絶えてしまった獣人兵達の遺体の山であった。
「エリゴス様、やはり……全滅のようです」
「全く。時間稼ぎの一つもできねぇとは、とことん使えねぇ連中ですね」
そんな凄惨な現場に、遅れながら到着したのは……本隊から増援を引き連れてやってきた魔神エリゴス。
彼女は忌々しげに足元に転がる遺体の一つを蹴り飛ばすと、背後に控える部下に命令を出す。
「まだ奴らは近くにいるに違いねぇです。奴らが逃亡した痕跡を見つけ出して、後を追いかけやがりなさい!」
「「「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」」」
どれだけ兵を容易く倒そうとも、数十人以上ものエルフ達を連れて逃走すれば痕跡は残るもの。
エリゴスは内心イラつきながらも、頭の中は冷静に……逃げ出した反乱者達を再び捕える為に必要な最善手を考えていた。
「エリゴス様、こちらの方に足跡が!」
「それに、その方向に合わせて木の枝が折れています!」
「…………」
部下達が見つけ出した痕跡を見つめ、何やら黙って考え込むエリゴス。
確かに部下の言う通り、無数の足跡や折れた木の枝を見る限り……エルフ達はこちらの方向に逃げたと見るべきである。
「なるほど。では、奴らを追いかけましょうか」
少しの思案の後、エリゴスは部下達に追走の指示を出す。
それに従い、部下の獣人兵達は足跡を追って進軍を再開していった。
「…………がぅ」
そんな進軍の光景を、隠れて見守っている人影が一つ。
彼女の正体は、ユーディリアに所属する魔神の1柱……ビフロンスである。
「ががう、がぅ」
捕われていたエルフ達を救い出した筈の彼女が、なぜここにいるのか。
その理由は至って単純。彼女は自分の能力である【幻影を生み出して操る】力を使い、先に逃げたエルフ達に増援の手が及ぶ事を阻もうとしているのだ。
「がぁぁぁうぅぅぅ……!!」
護衛担当のハルファスに連れられたエルフ達が逃げた際に生じた痕跡は、ビフロンスが生み出した幻影で巧みにカモフラージュ。
その代わりに、ニセの痕跡を幻影で生み出し……追手の行く道を的外れの方向へと導こうという作戦である。
「全隊、進めぇー!!」
そして彼女の思惑通り、レオアードの獣人兵達は幻影の痕跡を追うようにして進軍を始める。
その先に続くのは、ヴァルゴル大森林の外。
つまり彼らは幻影に騙されたまま、ヴァルゴルから追い出されていく事になる。
「……がぅっ!!」
後は彼らが案内役として引き連れているエルフの少女を一人、助け出すだけ。
そうすれば、一度ヴァルゴルの外に出てしまった彼らが、再びヴァルゴルの天然迷宮に突入してくる可能性はとても低い。
幸いにも今の彼らは幻影の足跡に惑わされ、道案内を必要としていない状況。
道案役の少女に注目が向いていない今なら、気付かれる事なく助け出す事も不可能ではない。
「がぅ……!」
ビフロンスは慎重な動きで、レオアード兵との距離を少しずつ詰める。
彼女がハルファス達と別れた際に託された役目は、あくまでも増援にやってきた兵達の攪乱のみであった。
しかしビフロンスは、ほんの僅かでもミコト達の役に立ちたいという想いから、本来の作戦には無い行動を取ろうとしている。
「…………ひっ!?」
「がぅ……うぅー」
絶望に満ちた表情で、とぼとぼと歩いていたエルフの少女の背後に歩み寄ったビフロンスは……彼女が声を立てないように口元を押さえ込む。
「がうがうがうー」
「んんっ!? んん!?」
仮面で顔を隠した正体不明の女性が、よもや自分を助けに来たとは思わないエルフの少女は……パニック気味に暴れだそうとする。
自分は味方だと口にしたいが、それができないビフロンスは、残る片腕でエルフの少女を抱き上げると、素早くその場から離脱した。
「ん……?」
「おい、どうした?」
「いや、今何か……気のせいか?」
その際、一部の獣人兵に逃げ去る影を見られたが……かろうじて、大事に至らずに済んだ。
ビフロンスは逃げ込んだ木々の茂みの中でホッと一息を吐きながら、助け出したエルフの少女から手を離す。
「ぷはっ! え、えっと……もしかして、私を助けてくださったんですか?」
「がう! がうがう」
少女の問いかけに、頷いて答えるビフロンス。
それを受けて、ようやく少女も……ビフロンスが味方だと気付いたようだ。
「あ、ありがとうございます! お陰で、私……」
「ががうががー!」
お礼なんていいから、早く逃げて。
そんなビフロンスの訴えを、言葉は通じずとも受け取ったのか……少女はコクリと頷くと、その場から二歩、三歩と後ずさる。
「えっと……アナタは、逃げないのですか? よろしければ、ご一緒に……」
「がうががう、ががーうー」
レオアードの獣人兵達やエリゴスを幻影で騙し、森の外に連れ出すまではこの場から離れるわけにはいかない。
そうした考えから、ビフロンスはエルフの少女の申し出を断る。
「がうぅ、がぅがーうがーう」
そしてビフロンスは、ハルファス達が撤退した方角を指差し……エルフの少女が逃げるべき道筋を伝えた。
「分かりました。あの、お気をつけて……!」
こちらの方に行けば安全だというビフロンスの訴えは無事に伝わったようで、エルフの少女は頭を下げてから森の奥へと駆け出していった。
後は、少女が逃げ出した事がバレないように幻影を作り出して……エリゴス達が森の外へと出るところを見届けるだけ。
「がぅー、がうふふふ……」
ビフロンスは計画の成功を確信し、顔を覆う仮面の下で僅かに微笑みを零したのだが……
「やはり、てめぇでしたか。幻影の魔神ビフロンス」
「がぅっ!?」
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