87話 かませムーブ
「だってしょーがねぇだろ? オレの言いつけを守れねぇような無能なら、遅かれ早かれ邪魔になるんだから」
「まぁ、兵達への良い見せしめにはなったんじゃねぇですか」
「だろ? だったら何も問題ねぇ」
きっぱりと言い切って、手に持っていた酒瓶を一気にあおるバラム。
そんな彼女の姿を見下ろしながら、エリゴスは深い溜息を漏らす。
「はぁ……その話はもういいです。それよりも、アナタの耳にお入れしねぇといけない話がありまして」
「あん? なんの話だ?」
「ヴァルゴル西部の牧場へと食料を奪いに向かった数名の兵達が、未だに戻りやがりません」
「へぇ? それで?」
「はい。しかも、レオアード本国にエルフ達を輸送しようとしていた部隊が、何者かの襲撃によってエルフ達を奪還されちまったとの情報が」
「ほー? そいつは大変だな」
「…………」
深刻な表情で報告を行うエリゴスだが、バラムは何を言われても顔色一つ変えずに酒を口にするばかり。
エリゴスはこめかみに青筋を浮かべ、口元をヒクつかせながらも……淡々と話を続ける。
「私の予想では、農場に同行させたエルフ達が謀反を起こし……本国へ移送中のエルフ達を救援しやがったのだと思いますが」
「かもしれないなぁ。ハハハハッ、エルフ達も意外とやるじゃねぇか!」
パンパンと膝を叩きながら、心底嬉しそうに笑うバラム。
対するエリゴスはもはや我慢の限界と言った様子で、眉間の皺に手を当てながら歯を食いしばっていた。
「……私が部隊を率いて、エルフ達の謀反を鎮圧しちまいます。今さら、文句も何もねぇでしょう?」
「おう、好きにしろよ。なんなら、オレの【力】も使うか?」
「いえ、それには及ばねぇです。アナタの能力が無くても、私には私の【力】がありますから」
エリゴスはバラムの申し出を断ると、先の叱責の一件からずっと直立不動を続けている獣人兵達へと呼びかける。
「これよりエルフの謀反を鎮圧しに出陣します!! 我こそはと思う志願者は直ちに武装し、私の後に付いてきやがれです!!」
「「「「「「ハッ!!」」」」」」」
獣人兵達の大半は、エリゴスの招集に応じるかのように声を張り上げる。
先程、機嫌を損ねてしまったバラムの傍で宴を続けるよりは、エリゴスに付いて行った方が命の危険は少ないという判断なのかもしれない。
「……フッ。では、兵の多くを連れて行っちまいますよ?」
そんな裏事情があろうが無かろうが、自分の呼びかけに多くの兵が賛同した事が嬉しい様子のエリゴス。
彼女はバラムに対して、ほんの少し得意げな表情を向けながら……微かに笑う。
「ふわぁ……だから好きにしろって。くれぐれも足元を掬われないようにな」
一方のバラムは、未だにどうでもよさそうな態度で呑気に欠伸までしている。
「ペッ! その余裕、いつまで続くは思わねぇ事です」
エリゴスは忌々しげに唾を地面に吐き捨てると、バラムに背を向ける。
それから彼女は、武装の準備を整えた兵達に指示を出して陣形を組ませると……出発の号令を行う。
「では、行きます。先頭はいつも通り、捕虜のエルフに案内させやがれです」
「はい、エリゴス様!」
ヴァルゴルの天然の大森林を迷わずに進む為に必要な、ナビゲート役のエルフを一人連れて……エリゴスの軍は集落を出発していく。
これで集落に残ったのは、酔いが周り過ぎて行軍に参加できなかった数名の兵と、未だに酒を飲み続けているバラムだけである。
「ハハハハ……余裕、ねぇ」
去り際にエリゴスが残した捨て台詞を思い出し、くつくつと笑うバラム。
「そりゃそうだろ。こちとら、生まれた時からぶっちぎりで強ぇんだからよ」
そう呟いて、バラムは椅子から降りて地面の上に寝転がる。
それから両目を瞑ったかと思うと、十秒も経たない内に――
「……ぐがぁー、ぐごぉー……ぐがぎごがぁー……」
大きなイビキをかきながら、あっさりと眠りに就いてしまった。
鼻ちょうちんまで膨らませているところを見るに、その眠りは相当に深いように思われる。
「どうやら、作戦は成功したようじゃな」
「ああ、そうみたいだ。フロン達が上手くやってくれたんだろう」
そして、そんなバラムの姿を……少し離れた草陰から見つめる複数の影。
「バラムが残ったのは予想外じゃが、エリゴスが多くの兵を連れ出してくれて助かったのぅ」
「しかもバラムは、酒を飲んで眠っちゃったからね。ああなったら、ちょっとやそっとじゃ起きなくなるよ」
「今が大チャンスかもぉ! 早くムルムル達を助け出すべきかもぉー!」
ベリアル、ラウム、カイム、そして……尊。
「よし! それじゃあ、俺達も行くぞ!」
レオアードに侵攻されたヴァルゴルを救う為にやってきた彼らが、遂に敵の大将が待ち受ける本営にまで――たどり着いた瞬間であった。
いつもご覧頂いたり、ブクマ登録などして頂いてありがとうございます。
今回主人公達の出番少ないですが、累計100話目の投稿となります。
ここまで続けてこられたのは、読んでくださっている皆様のお陰です!
これからも何卒、本作をお楽しみくださいませ。