9話 自己紹介から始めよう
「……さて、ようやくまともに話ができそうじゃな」
「……ああ、本当に長かったよ」
ルカが城の入口前で俺との馴れ初め話を延々と続けて、数十分後。
紆余曲折あったものの、俺達は現在、城内にある広大な食堂で卓を囲んでいる。
上座には俺が座り、その頭にはベリアル。俺から見て手前右から順番にルカ、フェニス。反対側はアンドロマリウス、緑髪の少女、仮面の少女だ。
ちなみに食堂には全部で6組の長卓が並べられており、過去には72柱の魔神全員を揃えて食事を取る事も可能であったらしい。
「しっかし、外観に違わず内装も豪華なんだなぁ」
天井を見上げればキラキラとしたシャンデリア。壁際を見れば調度品と思しき壺や絵画がズラリと並び、柱には金の細工まであつらえられている。
城に入ってからこの食堂に来るまでずっと、そんな幻想的な光景が続くものだから、未だに夢心地というか……妙に頭の中が浮ついて仕方が無い。
「喜んで頂けたようで何よりでございます。しかし主殿、先程からお食事が進んでいられないようですが……何か問題でも?」
「え? あ、いや! 別に不満があるとかじゃないんだ!」
怪訝そうに問いかけてくるアンドロマリウスの声で、俺の意識は長卓の上に置かれた【食事】へと引き戻される。
この食堂に通された直後、とっておきだと言って運ばれてきた食事。
城の豪華さに比例するように、料理も凄まじい一品が出てくるものだと勝手に期待した俺が悪いのだが……コレは余りにも、予想外過ぎた。
「先日、東エリアを警邏中に仕留めたばかりの新鮮な蛇です。血も一滴残らず絞り取ってスープにしましたので、栄養を摂取するのには困らないでしょう」
皿に載せられた丸焼きの双頭蛇と、毒々しい紫色の血液スープ。
この世界の食事事情に詳しくはないけどさ、この一品はいくらなんでも異世界初心者にはハードルが高すぎるのではないでしょうか?
「うわー、おいしそー! いいな、いいなぁー」
「むふーっ! アレはデュアルヘッドスネーク! 滅多に見られないご馳走です!」
どうやら、そういうわけでも無いらしく……魔神少女達は蛇料理に目を輝かせていた。これ、君達が魔神だからご馳走に見えているって事は無いよね?
「料理の事はどうでもよい。それよりもまずはお前達の自己紹介からじゃ。そこのミコトは未だ、お前達の名前すらまともに知らんのじゃぞ」
「……これは失敬。主殿、ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
俺が腹をくくり、デュアルヘッドスネークの丸焼きに齧り付いたタイミングで、ベリアルがアンドロマリウス達に自己紹介を促す。
そうそう。俺はまだアンドロマリウス以外の名前を……って、この蛇まずぅっ!?
うぇっぷ。吐き出したいけど、なんとか飲み込まないと……
「まずは私から。私は序列第72位、伯爵クラスのアンドロマリウス。僭越ながら、ユーディリア城に残った魔神達のまとめ役を担っておりました」
「もぐもぐ……ぉぇっ、ごくっ。序列第72位? えっ、君が一番弱いのか?」
口の中の物を必死に飲み込んでから、俺は思わず驚きの声を上げる。
見た感じだと、この子はかなり強そうな印象だったのに。
「んなぁっ!? この私が、一番……弱いっ!? あ、ああっ、主殿ぉっ!!」
「ぶふぅっ!? ぷっ、くくくっ……うひひっ、あっははははははははっ!!」
「あれ? 俺、なんか変な事を言っちゃったかな?」
俺の質問に衝撃を受けて声を荒らげるアンドロマリウスと、お腹を抑えて爆笑するフェニス。よく見れば、他の魔神達も笑いを堪えるようにして顔を覆っている。
「むふ、むふふっ……誤解ですよ、ミコト様。ソロモンの魔神の序列と言うのは過去にソロモン様と契約した順番であって……魔神の強さの順ではありません」
「そうだったのか!? ごめん、アンドロマリウス! 俺、知らなくて!」
「……いえ、それならば仕方の無い事。私は、気にしておりません」
「ひぃーっ、ひぃーっ……! ぷくくっ、ここ千年で一番笑わせて貰ったわ!」
「おのれ、フェニックス! 貴様ァッ……!」
ゲラゲラと笑うフェニスを、怒の形相で睨み付けるアンドロマリウス。
やばい、俺が変な地雷を踏んだせいで二人がまた険悪な雰囲気に!?
「許せん! 貴様など、この場でただちに――」
「くははははっ、じゃあ次はボクの番だね!」
アンドロマリウスが腰に差した剣の柄に手を伸ばそうとした瞬間、彼女の隣に座る緑髪の少女が右手を挙げながら立ち上がる。おお、ナイスタイミング!
「ボクは序列第40 位、伯爵クラスのラウム。戦闘力はそんなに高くないから、もしかすると魔神最弱はボクかもしれないよ?」
自己紹介に軽快な冗談を挟んだラウムは、俺に向けてパチンとウィンクを一つ。
めっちゃ良い子! 見た目はロリっぽいのに、大人びた性格なのも素晴らしい!
「ただその代わり、ボクはこういう事が得意なんだよねぇ……はむはむっ」
「へっ? いつの間に!?」
俺が一口だけ齧ったまま、放置していた蛇の丸焼き。
それがなぜかラウムの手の中にあり、彼女はそれを美味しそうに食べている。
「くははははっ! 気付かなかったでしょ? ボク、手癖が悪いから気を付けてね」
「ラウム! それは主殿のお食事だぞ! 貴様が食べてどうする!?」
「いいじゃん、一口くらい。ほら、すぐに返すから許してよ」
アンドロマリウスに叱られたラウムは、蛇の丸焼きを皿ごと返してくる。
残さず全部食べてくれても構わなかったんだが……残念だ。
「ちなみに、こっちに座っている子の名前はビフロンス。この子は序列46位で、伯爵クラス。何か話したい時はいつも、ボクが通訳を引き受けているよ」
「がうっ!」
自分の紹介を終えたラウムは、隣に座る仮面の少女――ビフロンスの紹介も併せて行ってくれた。ビフロンスは普通に会話する事はできないみたいだから、本人の申告通り、彼女の通訳代わりを引き受けているのだろう。
「がうがうがう、がううぅ。がーうーがーうがぁー」
「ふむふむふむ。えっと、仮面を付けたままでごめんなさい。でも、私の醜い顔を見られたくないが故の苦肉の策ですので許してください……だってさ」
「醜い顔? とてもそんな風には見えないぞ?」
仮面で隠された部分以外はちゃんと整った形をしているようだし、そもそも俺の美少女センサーもビンビンに反応しまくっているんだが……
「さぁね。千年以上の付き合いのボク達にも、ビフロンスは素顔を見せてくれないんだ。本人が嫌がっているから、無理やり見るような事もしたくないし」
「がぅぅ……がぅ」
両腕で膝の上に置いて、気まずそうにモジモジと体を揺らすビフロンス。
あぁ、そんな事をすると、その巨乳が両腕の間に挟まれてぷるんぷるんと……
「ビフロンスは重度の恥ずかしがり屋だけど、かなりの甘えん坊でもあるんだ。新マスター君、ビフロンスが打ち解けてきたら、うんと甘やかしてあげてね?」
「が、がぅぅぅっ……うー!」
「勿論! 早く心を開いて貰えるように、俺も頑張るよ!」
「がうっ! がうがうがう!!」
なんだろう。この犬のような鳴き声のせいもあってか、ビフロンスが耳の生えた犬に見えて仕方ない。
こう、抱きしめてよしよしとしてあげたくなる感じ。
ここにいる魔神達の中で一番大人びたスタイルを持っているけど、中身は子供みたいだから、庇護欲をそそるのかも。
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