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30歳童貞、魔法使いになるついでに魔女なJKと女子校に通う  作者: 明野れい
第2章 女子校へ行こう!
7/10

第7話 見た目と立場と年齢と

 聖アルエステ学園。それが星野さんの通っている高校……女子校の名前だった。

 おとぎ話のお城のようにメルヘンな外観の校舎に入ると、僕たちは人工芝のグラウンドで部活の朝練に勤しむ生徒を横目に校長室に向かった。

 窓にいつもの自分の姿の代わりに、ボーイッシュな制服姿の女の子が映る度になんともいえない気持ちになった。

 

「そこです」

「あ、うん」


 星野さんが指さしたドアの前で立ち止まる。

 光沢のある重そうな木製のドアからは、2種類の校長先生像がイメージできた。

 その1。長い白髪とひげが一体化したような、仙人みたいな風貌のおじいさん。

 その2。背筋がしゃんと伸びて、髪が短くて小柄な品のあるおばあさん。

 いずれにしても、僕みたいな威厳の欠片もない人間は、こんな立派な部屋の椅子には1時間と座ってられないと思う。

 

「入りまーす」


 僕が緊張に唾を飲み込んでいるのをよそに、星野さんはドアを開けていた。

 ノックなしで。

 

「ちょっと……」


 注意しようと顔を上げると、ドアはすでに半分以上開かれていた。隙間から室内の風景が視界に入る。

 

「――きゃっ」


 耳に届いたのはそんな可愛い悲鳴。

 目に写ったのは――上半身が下着姿の若い女の人。

 

「――――」


 僕は脊髄反射的にドアノブを掴み、高速で手前に引き戻していた。

 ドアを閉じたそのままの姿勢で、僕は5秒ほど固まる。


「…………」


 いかめしいおじいさんかおばあさんが待ち受けていると思っていたら、僕より少し年下っぽい若い女の人が下着姿で立っていた。

 ……すごく、わけがわからないです。


「もう、なんで閉めちゃうんですか。ラッキースケベに遭遇したら、モノローグであーだこーだ言いながらしばらくながめまわすのがマナーですよ?」

「そんなマナーはノックの回数マナーと一緒に滅びてしまえ!」


 ドアを開ける前にはノックをする、というマナー自体はこの女の子に叩き込んでやる必要があると思うけど。

 

「リサちゃーん、もういーい?」


 星野さんがドアの向こうへ親しげに声をかける。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 ドアの向こうから慌てたような声が聞こえてくる。ほどなくしてジッパーを上げるような音がしたあと、小刻みな足音がドアに近づいてくる。

 

「ご、ごめんね! お待たせ!」


 開いたドアから出てきたのは当然、たった今ブラジャーを僕たちの前にさらした若い女の人だった。

 上にはジャンパーを着ていた。その中がどうなっているかは考えないことにしよう。

 女の人は額の汗を拭いながら星野さんに詫びたあと、僕に視線を移して固まった。

 

「あ、こんにちは。佐田野(あや)と申します」


 僕は女の子らしく両手をスカートの前で組んで、軽く会釈した。

 

「あ、はい、こんにちは。話は……その、聞いてます」


 なんとなく歯切れの悪い調子で応じて会釈を返してくる。

 話は聞いてる……ってことは、校長先生の秘書か何かだろうか。

 

「聖アルエステ学園校長の篠沢理沙です。よろしくお願いします」

「え?」


 篠沢と名乗ったその女の人の言ったことがあまりに予想外で、僕は思わず聞き返していた。

 篠沢さんは眉を垂らして笑った。

 

「あはは、信じられませんか? でも正真正銘、私がこの学園の校長なんです」

「あ、いえ……もっとお歳を召した方かと思いこんでいたので。失礼しました」

「お気になさらず。慣れていますので。中へどうぞ」


 促され、僕と星野さんは校長室の中に入った。

 校長室は一般的な教室より少し狭いくらいで、奥に大きなデスクが置かれている。その手前にソファに挟まれたテーブルがあり、僕と星野さんはその片方に並んで座った。

 向かいに腰を下ろした篠沢さんは、ちらりと星野さんの表情を窺ってから、戸惑い気味の表情で僕を見つめた。

 

「どうかしましたか?」


 尋ねると、篠沢さんは困ったように頬をかく。

 

「いえ、まあ……ちょっといろいろな可能性がありすぎてどう聞いていいものかと迷っていて……。星野さんのすることですし……」

「はあ」


 僕は言っている意味がわからず、適当に相槌を打つ。

 篠沢さんは少しの間考え込んでから慎重に口を開いた。


「ええと、今星野さんの擬態ってかかってます?」


 僕は正直に答えていいものかはかりかねて隣の星野さんを見る。

 星野さんは笑顔でうなずいた。

 

「かけてるよ」


 星野さんは特に考える様子もなく即答した。

 星野さんの意図や目的が未だによくわかっていないので、僕の正体を篠沢さんにも隠してたりする可能性も考慮したけど杞憂だったらしい。

 まあ、さすがに校長先生にまで隠してるわけはないよな。

 星野さんの答えを聞いた篠沢さんは安堵したようにうなずいた。

 

「そ、そうだよね。さすがにそんなわけないもんね。からかわないでよ、もう」

「……からかう? 私が? リサちゃんを?」


 ようわからない篠沢さんの抗議に、星野さんが首をかしげる。

 篠沢さんは星野さんがとぼけてるのだと思っている風で、可愛らしく唇を尖らせた。

 

「からかってるんじゃないならなんだっていうの? あ、お友だちの方をからかってるの? 女子校の中をそんな格好で歩かせて」

「……そんな格好?」


 星野さんが不思議そうにつぶやくのと同時に、僕も眉根を寄せていた。

 

「何かおかしいですか……?」


 僕は髪や顔や制服をペタペタ触りながら不安もあらわに聞く。

 僕と星野さんがそろって困惑しているのを見て、今度は篠沢さんがきょとんとしてまばたきを繰り返した。

 

「え? 何? どういうこと? ふざけてるんじゃないの?」

「いえ、擬態に関しては綾ちゃんの希望通り一切おふざけなし仕様ですけど」

「こ、これが希望通り……?」


 確認するように篠沢さんが僕に視線を向ける。

 

「ええ、あまり女の子っぽすぎるのも嫌なのでボーイッシュな感じにと」


 なんだろう? もっとキラキラしたお嬢様風じゃないと、この学校ではおかしかったりするんだろうか。

 

「ぼ、ボーイッシュ……ボーイッシュ……?」


 うわ言のようにつぶやいて、悩ましげにうなる篠沢さん。

 なんでそんなにボーイッシュが引っかかるんだろう。篠沢さん、柔軟そうに見えて女の子は女の子らしくしなさい、みたいな昔気質だったりするのか。

 篠沢さんは腕を組んでしばらく考え込んでから、慎重に口を開いた。

 

「もし……もし、私がイマドキの女の子の感覚を理解できないだけだったらごめんなさいね。でも一応確認だけさせてください」

「はい」


 僕がうなずくと、篠沢さんはごくりと喉を鳴らして目を細めた。


「最近のボーイッシュの範疇には……上下灰色のスウェットで、無精髭の生えたおじさんみたいなのも含まれるんですか?」

「…………」

「…………」


 ……擬態前の僕じゃん。

 隠されているはずの姿の唐突な暴露に、僕と星野さんは凍りついた。それからゆっくりお互いの方を向いたあと、そのまま数秒無言で見つめ合う。

 先に口を開いたのは星野さんだった。

 

「あ、やっちゃった」

「何!? やっちゃったって何!?」


 僕は思わず立ち上がって叫んだ。

 星野さんはなだめるように両手を上下させる。

 

「大丈夫です。見えてるのはリサちゃんだけですから」

「やっぱ見えてるの!? めっちゃ恥ずかしいんだけど!?」


 極力女の子っぽく見えるように、会釈のときの姿勢も気をつけてたし、歩くときはいつもより小幅に、内股気味に歩いていた。

 でも篠沢さんの目には、ただ30歳のおじさんがぶりっこしてるように見えてたわけだ。

 

「うっわ死にたい。殺して。もう鏖殺して」

「いや、本当ごめんなさい。魔術の強度を中位の魔術師向けのレベルにしちゃってました。これだとリサちゃんは余裕で看破できちゃいますね」


 じゃあ篠沢さんも魔法使いなのか……とか言ってる場合じゃない。無理。本当恥ずかしすぎて死にそう。

 

「あ、あの……星野さん? 説明してくれる?」


 戸惑っていたのは篠沢さんも同様で、星野さんに遠慮気味に問いかける。

 

「そういえばまだお話してませんでしたけど、今回入学を推薦するのは30歳の男性です」

「ちょっ、ええ!?」


 篠沢さんは驚きに目を見開く――って話通してなかったんかい!!

 

「じゃあ私が今見てるのが本当の姿で……」

「本当はボーイッシュな女子高生の擬態を施してあります」


 篠沢さんはなんとも言えない表情で僕を見ていた。

 僕はうなだれてため息をつく。

 

「なんか……すみません。生まれてきてすみません」


 篠沢さんはそれを見て慌てて首を振る。


「こ、こちらこそすみません! 歳上の方に失礼な態度を……! もしかしたら、と思って一応敬語を使ってはいたんですけど……!」


 自分の目には至って普通の女子高生に見えているので、そうやっておっさんとして扱われるとますます自分がおかしいやつなんじゃないかと思えてくる。

 そんな僕の気持ちなんてまるでお構いなしに、星野さんは笑顔で親指を立てた。


「まあまあ、そういうプレイだと思えば役得じゃないですか?」

「誰のせいでこうなってると……」


 僕は力なくうなだれてため息をついた。

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