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30歳童貞、魔法使いになるついでに魔女なJKと女子校に通う  作者: 明野れい
第1章 なんで童貞じゃいけないんですか?
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第5話 度し難いほどにピュア

ピュアといえば……フリフラはいいぞ。

 僕を女子高生……もとい、魔法使いにした事情を問われた星野さんは、少し迷うような間をおいてから口を開く。


「端的に言うと、少し、その……いじめられていて」


 眉を垂らして言う星野さんに、僕は安易に相槌を打てなかった。

 

「ついお部屋にまで上がり込んでしまったのも、久しぶりに人とたくさん話せたのが楽しかったからで……。あはは、こんな厚かましい人間だからいじめられるんでしょうね」

「それは……」

「馬鹿ですよね。でもあなたと話していると楽しくて、あなたと一緒なら学校にも行けるかもって思えたんです。勝手に救われたような気になって、しかも身勝手にあなたを巻き込もうとして……我ながら最低の人間です」


 星野さんの訥々とした語りに、僕は頭を悩ませる。

 どうするべきなのか。こんなにも悩んでいる星野さんを見捨てるわけにはいかない。僕にはそんな薄情なことはできない。だからといって……。

 しばらく頭をひねり続けたあとで、僕は覚悟を決めることにした。

 

「……わかった。一緒に学校に行ってみよう」


 顔を上げた星野さんが目を見開く。


「これからずっとっていうのは無理だけど、いじめの原因をなんとかできるように協力する。それがどうにかなればまた学校に行けるよね?」


 どうせ僕はしがないフリーターだ。一応多少の貯金はあるし、ひと月やそこらなら働かなくても生きていくことはできる。

 

「いいんですか……?」

「いじめを解決したらもう行かない、っていうのが前提だよ?」

「はい、十分です……!」


 ようやくさっきまでの笑顔が戻ってきて少し安堵する。

 

「では早速ですがこの手続き書類にサインを」


 星野さんは言いながら一枚の紙とボールペンをちゃぶ台の上に出す。

 

「え?」

 

 ……なんか準備よすぎない? いや、まあ確かに最初から僕を学校に行かせるつもりだったんなら持っててもおかしくはない……のか?

 僕がためらっていると、星野さんはみるみる顔をくもらせていく。

 

「あ、もしかして冗談……でしたか?」

「いや、違う違う! そんなことないって!」


 僕は慌ててペンをとって、内容にも目も通さずに書類の一番下の欄に署名する。

 

「では拇印を」

「えっ?」


 僕は差し出された朱肉を見て固まる。

 いや、いくらなんでもその手際のよさは……。

 

「すみません、やっぱりいいです。調子に乗ってしま――」

「あー! わかったわかった! わかったから待って!」


 紙を下げようとする星野さんの手を引き止め、慌てて朱肉に親指を押し付ける。

 そしてそのまま署名欄の隣にあった四角い欄に拇印を押した。

 

「これでいいの?」

「はい、これで契約完了です」

「……契約?」


 ……うん? なんの契約? 

 誓約書とか入学の条件への同意とか、そういうののことを考えれば入学っていうのも契約ではある。でも学校に出してもいないのに完了ってどういうことだろう。

 そう首を傾げていたそのとき、突如としてその紙が光を放った。

 

「うわっ!?」


 放たれた光は二条にわかれ、片方は星野さんの右手の甲に、もう片方は僕の右手へと吸い込まれていった。

 光を受けて輝く手の甲が、焼けるように熱い。まんべんなく、というよりは網をかけたようなまだらな痛み。数秒続いたそれは、光が泡のように弾けると同時に収まった。

 恐る恐る右手に視線を落とした僕は、思わず眉間にしわを寄せた。

 

「……何これ?」


 光が消えた手の甲には、何か魔法陣のような紋様が黒く刻まれていた。

 僕は問いかけるように目の前の星野さんを見た。

 ……なんとなく、自分がとんだお人好しのお馬鹿さんであることにはもう察しがついているけども。

 

「師弟契約の証紋です。あなた――佐田野綾太さんが、たった今、私を師とする魔術師になった証ですね」

「…………」

「嘘ついてごめんなさい」


 言うと、星野さんは頭に手をやりつつ舌を出してウインクした。

 僕は一度右手の甲に目をやり、また顔を上げて抗議するように星野さんを見つめた。

 

「あ、でも、一緒に学校行きたいなって思ったのは本当なんですよ? これだけは信じてほしいです」


 僕はただ、盛大に溜息をついて頭を抱えた。

 ……僕はもうちょっと人を傷つけることを躊躇しないようになってもいいのかもしれない。

 

 

 そのあと僕は、頭を冷やすのも兼ねてコンビニに飲み物を買いに行った。

 無糖の紅茶とカフェオレ。カフェオレは星野さん用だ。

 

「私のことは三波と呼んでください」


 紙パックのカフェオレに挿さったストローから唇を離した星野さんが言う。

 

「…………」

「すっごく抵抗ありそうですね」

「それは、まあ。最後に異性を名前で呼んだのなんて20年以上前だし」

「でも街中ででとっくに成人してる男の人が女子高生を名字プラス『さん』で呼んでたら、どんな関係だろうって思われません?」

「う、確かに……」


 それこそ援助交際とかそういうのだと疑われる可能性は決して低くない。

 

「……っていうかなんで街中を一緒に歩く前提になってるの?」

「そりゃクラスメートになるわけですから。原宿とかも一緒に行きますよ」

「それをやるとしたら今の僕じゃなくて、女子高生としての僕ってことだよね?」


 女子高生としての僕って表現がものすごく頭痛を誘発する響きだけど、ここはなんとかその言い回しから目をそらしてやり過ごす。

 

「女の子の格好で女子高生と原宿デートしたいなんてマニアックですね」

「いい歳の成人男性を魔法使い兼女子高生にしようって人に言われたくない」


 そもそも、ここに来た目的がそれだってことはわかったけど、結局なんで僕を魔法使いやら女子高生にしたがってるのかはわからないままだ。

 

「大体、僕はまだ君の弟子とかクラスメートになることを受け入れた覚えはない」

「申し訳ないんですけど、拒否権はありません」


 眉尻を垂らして頬を掻く星野さん。僕は眉根を寄せて首をかしげる。

 

「拒否権ないって言ったって、僕が物理的に逃げたらどうするわけ?」

「こうします」


 星野さんはそう言ってポケットから安全ピンを取り出した。そしてそれをおもむろに自分の左手の親指の腹に浅く刺す。

 

「ちょっ、何してんの!?」


 驚く僕に構わず、星野さんは地の滲んだ親指を右手の甲に押し当てた。

 甲に刻まれていた魔法陣のような印が赤く輝く。

 

なるものは望む。ていなるものの、カフェオレを飲まんことを――」


 星野さんがそう唱えた瞬間、わけがわからないまま星野さんの親指の怪我を気にしていた僕の手の甲が燃えるように熱くなった。

 

「え――」


 困惑の声を漏らした直後――僕の体が勝手に動き出した。

 腰を上げて前のめりになった僕の体は、なんの迷いもなくさっきまで星野さんが飲んでいたカフェオレのストローに口をつける。

 口が僕の意志を無視してカフェオレを吸い上げる。それを嚥下したところで、ようやく僕は体の自由を取り戻した。


「――――」


 慌てて体勢を戻した僕は、自分の口を押さえて驚きに目を見開いた。

 

「ふふ、そんなに私と間接キスしたかったんですか?」

「ちがっ……っていうか星野さんの仕業だよねこれ!?」


 間違いなくそうだと思うし、そうでなかったら僕は今すぐ病院に行く。そして二度と病室から出てこない所存。

 

「もちろん。さっきの契約書にあった『教導権』の行使です。1日に1度だけなんでも言うことを聞かせることができます。これがあるので私には逆らえませんよ」


 星野さんは言いながら、僕が口をつけたばかりのカフェオレを飲む。

 

「…………」


 僕は顔が熱くなるのを自覚しながら、固まったようにそれを見ていた。

 星野さんも僕の反応を楽しむようにこちらを上目遣いで見ている。そのまま見つめ合うような形が十秒ほど続く。

 

「……そ、そこまで照れることですか」


 星野さんは少し頬を赤くすると、ストローから口を離して目をそらした。

 

「いや、だって……」


 強制されたとはいえ、女子高生と間接キスなんてしてしまったことに対する罪悪感とか罰当たり感とかで頭が真っ白になっているので、うまく言葉が出てこない。

 星野さんは腕組みして低く唸る。

 

「な、なんか釈然としないです! 私だって男の人と間接キスとか初めてなんですよ? なんでそっちばっかり『処女奪われた』みたいな顔してるんですか!」

「そんな顔はしてない……と思う」


 手元に鏡もないし、そもそも処女奪われた人の顔がわからないので反論しづらい。


「してます。してるんですー」

「仮にしてるとして、星野さんがやらせたのになんで僕が文句言われるのさ」

「だ、だってもうちょっと満更でもない感じかなって思ったんですよ!」


 抗議するようにちゃぶ台をバシバシ叩く星野さん。

 

「そんなこと言われても……」

「さっき腕に抱きついたときもそうですけど、いくらなんでも純粋ピュアが過ぎませんか!? ちょっとくらいありがたがってほしいです!」

「……なんかごめんなさい」


 なんだろうこの状況。なんで僕は怒られてるんだろう。何もしてないのに。いや、何もしないような人間だから怒られてるようだけど、それこそ釈然としない。

 ちゃぶ台に手を付き、前のめりになった星野さんがまっすぐ僕を見据える。


「いいですか? 今後は私がサービスしたら、フリでもいいのでもう少し喜んでください!」

「わ、わかりました……」


 あまりの勢いに圧され、ついうなずいてしまった。

 ……え? それって今後ともこういうことをしてくるってこと?

 

「では、今日はこの辺で失礼します。明日また来ますね」

「え、ああ、うん」


 憤慨した勢いのまま立ち上がり、そのまま玄関に向かって歩いていく。

 

「あ、送っていくよ。さすがにこの時間独りはまずいって」

「大丈夫です。この通りなので」


 慌てて追いかけようとした僕が目にしたのは、いい笑顔で親指を立てる、身長が2メートル近いムキムキの黒人男性だった。

 

「あ、うん」

 

 まあ、確かにこの人に襲いかかる輩はいないでしょうな……。

 

「それでは――だっ!?」


 言い残して去ろうとしたムキムキさんは、ドア枠の梁に頭をぶつけていた。

 

「あいたぁ……」


 まあ、確かにその身長ならぶつかるでしょうな……。

カフェオレは甘め。

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