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蜜酒9

 うつうつと過ごし、なんとか浅い眠りには恵まれたが。

 朝日が目を刺して、イブリンはうめく。頭は目覚めた瞬間からひどく痛むし、胃も躰の中でねじれているような気がする。


「セレスト……薬湯をお願い」

「蜂蜜酒を一瓶空けられたのなら当然です。あれは甘くて口当たりはよいですが、なかなかに度数も高いのです」

「実感したわ」


 水と薬湯をどうにか流し込んでイブリンはまた横になる。頭痛と吐き気がひどくてとても食事は喉を通りそうにないし、アレックスと顔を合わせられない。あわせたくない。

 ――どんな態度でいればよいのか、まるでわからない。


「本当にわたくしは幼稚で、嫌になるわ」

「王妃様」


 枕元に水差しと杯を置いていたセレストは、イブリンの自嘲めいた呟きに手を止める。

 腕で目をおおい、イブリンは続ける。


「いつまでも未練がましいのは不愉快よね。わかっていたのに、わたくしは陛下に無礼をはたらいてしまったの。十八にもなって何をしているのかしら」


 過去のできごとの続きと思ったから、記憶に刻み込まれた名を呼んだ。結果は悪態と、直接ではないにしてもイブリンのすぐ側での殴打だった。

 イブリンの至らなさが招いた事態だ。


「政略の役目も果たせないなんて、お兄様に顔向けできない」

「王妃様。あまりご自分を責めませんように」

「もう蜜月も残り数日なの。アレク殿下のことを忘れて、陛下のご機嫌を上向かせて婚儀を成立できると思う?」


 無理だろう、とイブリンは自覚している。

 夢見がちなくせに頑固なのがイブリンだ。一途といえば聞こえはいいが、アレク殿下との婚約話が持ち上がらなければ塞ぎ込むか泣き続けるか。とにかくひどい騒ぎを起こしていただろう。

 あるいはイブリンのこの幼さを考慮して、兄王はアレク殿下との話をまとめてくれたのかもしれない。なのに兄の苦労を無にしてしまったのはイブリンだ。アレク殿下を失って、後ろ向きになって皆を困らせている


 アレク殿下に近しいアレックスに対して、心はもちろん躰も開けないのだから。失礼だし不敬だ。


 反省しきりのイブリンとは対照的に、近しいからこそ切り替えが難しいのだとセレストは思っている。どうしたって陛下は殿下を思い起こさせる。同じ色の瞳なのだから、なおさらだ。イブリンは婚約を破棄された痛手からも、立ち直ってはいないように思える。

 加えて無知と勘違いからの国王陛下とのすれ違いは、深刻だ。


「諦めていては事態は好転しません。わたくしの王妃様はそんな気弱な方ではないでしょう?」

「セレスト……」

「さあお休みになってください。じきに薬湯も効いてくるでしょう」


 優しく腕を寝具に入れ込んでセレストはイブリンを落ち着かせる。素直に目を閉じたイブリンを、慈愛をもってセレストは見つめる。

 主従ともども覚悟を決めなければならない時期に来ている、と考えを巡らせながら。


 このままだとイブリンは名目上の王妃になり、ラフォレーゼで軽んじられてしまう。回避のためには婚儀を成立される必要がある。ぜいたくを言えば、仲睦まじければなおよい。

 ただイブリンだけでなく、国王陛下のお気持ちがこじれているのが状況を複雑にし、解決を困難にしている。

 本当にアレク殿下は罪作りだと、セレストは不敬ながら鬱屈をためる。神へ奉仕するなら、姫様にひざまづいてほしかった。神への愛を告げるのなら、姫様に囁いてほしかった。

 ついつい姫様としてしまうあたり、セレストもまだイブリンの王妃という立場には馴染んでいない。だが、いつまでもお情けの王妃やお飾りの王妃でいさせるつもりはない。

 口当たりが良く、消化がよいものを頼まなければとラフォレーゼの侍女に声をかけ、ひそかにため息をつく。


「義姉上はいらっしゃらないのですか」


 弟、アレクサンダーの声にアレックスは眉をひそめる。亀裂が入った昨夜を思い出して、唐突に食欲が失せる。

 飲み物に口をつけて返答をおくらせた。


「そのようだな」

「兄上、そろそろ蜜月が終わりそうなのですが」

「だから何だというのだ」

「いえ、義姉上はつい最近まで伏せっていたので、その期間を延長されないのかと思いまして」


 蜜月の延長。思いもよらなかったことを言われ、アレックスの手が止まった。今現在イブリンとの仲はこじれにこじれている。まだ寝室の中だけだが、続けば他の人間の知るところになるだろう。

 このままではラフォレーゼとキアーラの同盟にも悪影響を及ぼすので、好ましくない。よく理解しているのだが、理解しているはずの自分の行動は裏腹だった。


「王妃の意向もあるだろう。こちらだけで進めてよい話ではない」

「そう、ですね」


 朝食の間にも姿を現さないのに、寝台を共にする期間をのばすのは苦痛だろう。ましてや、昨夜怯えさせたのは自分に他ならない。

 寝台を離れる時からもう後悔していたのに、その念は薄れるどころか今もじくじくとアレックスをさいなんでいる。謝らなければと思う一方で、あの瞬間に呼ばれた名に沸騰しそうなほどに憤りを感じた記憶は消せない。

 でなければ、間違いなく口づけていただろう。すがりつかれた際に覚えた衝動は、アレックスにくすぶっているが、未だ弟に想いを残している王妃と親密な関係が築けるのか。そんな日が来るのだろうか。

 向かいの空席は、前途多難を示唆していた。



 ラフォレーゼの国王の婚儀なのだから各国からの使者が多く訪れている。個別に、あるいはまとめての会談をこなすのは国王夫妻の義務だ。

 アレックスの前に現れたイブリンは美しい衣装を着こなし、優美さをまとっていた。


「お待たせいたしました」

「いや、あなたは時間に正確だ」


 そうではなかった前の王妃が脳裏をよぎる。大国の姫が大国の王妃になった彼女は、気位が高く全ての人間が自分にかしづくと疑っていなかった。

 ひきかえてイブリンは謙虚だが卑屈ではない。各国の外交官との受け答えもしっかりしていて、危うさがない。

 王妃として好ましい資質だとアレックスは評価している。

 アレックスの褒め言葉に優雅に礼をする仕草でこたえ、イブリンは儀礼にのっとってアレックスに手を取られる。

 触れあう瞬間により緊張していたのは、どちらか。当人達にしか感知し得ない。



 儀礼であってもふれあい言葉をかわしていけばあるいは、と思うアレックスと、式典や儀礼を完璧にこなさないと見限られてしまうと危惧しているイブリン。

 蜜の甘さとはほど遠い、重い空気が二人を取り巻く。

 

 

 

 

 



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