第二十九話「いつかどこかの邂逅」③
えらく古いタイプの銀ピカの装飾銃……Etoileと言う古代文字の変形のような文字で銘が打たれているのが解る。
銃口に線条が入っているので、ライフル銃なのは確かなんだけど、前装式の割にはえらく精巧な代物だった。
その狙いの先には……メガネをかけた青年が拳銃を構えていた。
緊張した面持ちで、わたしを見つめると、無言でアゴをしゃくってこっちに来るように合図してくる。
「エドお兄ちゃん?! どうやってここに!」
思わず立ち上がって、二人の間に割って入る。
「おい! なんだこれ……どこなんだ! ここは! アイシア! お前、無事なのか?」
ひとまず、しろがねさんの銃からお兄ちゃんをかばうように、両手を広げながら、背中向きでお兄ちゃんの方へとゆっくりと歩く。
「しろがね……銃を下ろすが良いぞ……その方も、そんな物騒なもんはしまうが良い。……そんな程度の武器では、ワシらには毛ほどの役に立たんぞ? ほれ、実際、この通りじゃ!」
魔王様が指を鳴らすと、お兄ちゃんの構えた拳銃の銃口からポンと言う音と共に花が咲く。
……ピンク色のチューリップ!
お兄ちゃんも思わず呆然として拳銃を取り落とす。
「うん、なかなかの男だな……もし正面から撃ち合っていたら、己が死を越えてでも、確実に一矢報いてくる……そんな気迫を感じた……見事な心意気だと認めよう!」
「なんだこりゃ……確かに俺なんかじゃ、話にならんな……。アンタ達は何者だ? それと、多分お褒めいただいたのだろうから、ありがとうと言っておく」
「ふふっ……何とも面白い男よな……。未知の相手、不明な状況にも関わらず、微塵にも怯んでおらん。御見事! アイリュシアと言ったかな? そやつへの説明はお主に任せる……これ以上、引き止めるのも野暮であろう? なぁに……もし、縁があれば、再び相まみえる事もあるやもしれん……」
「あ、あのっ! もし、本当に魔王様って事なら、わたしも色々聞きたいことがあるんですけど!」
もし、彼女が……伝説の魔王様ならば、500年前の真実と……これから起こるであろうわたし達の運命について、聞きたい。
……わたしは知っていたから。
あの神樹と対峙した時、あの存在の更に上位存在を知覚したから……。
「ま、魔王様? おい! アイシアどう言うことだ! こいつがあの――」
「まぁまぁ、二人共気持ちは解るが……そう答えを急ぐでない。ネタバレなど面白くなかろう? ワシらはもうヌシらの世界には干渉せぬと決めたのじゃよ。じゃが、これだけは言っておく……おヌシらの世界には危機が迫っておる……。神樹の目覚めなど先触れに過ぎん! じゃが、自分達の世界は自分達の手で守る……それが道理であろう? おヌシには、それだけの力がある……違うか?」
魔王様のまっすぐな視線に射すくめられ、わたしは何も言えなくなってしまう。
……魔王様の言葉は道理だった。
「……はい」
短く応えると魔王様も満足したように笑みを浮かべる。
「結構! 誠に結構なことであるな! だが、これだけは覚えておくのだぞ。おヌシはその気になれば、世界を支配することはもちろん、滅ぼす事すら可能な存在じゃ! くれぐれも、道を違えるでないぞ? 良いな? おヌシの本質はアレと同じく守ることにある。帝国の守護者……この言葉を……決して、忘れんようにな」
「はい……ありがとうございます」
そう言って、ペコリと頭を下げるとしろがねさんが一歩前に出る。
「アイリュシア……今はもう別次元の存在となってしまった我が友の忘れ形見といえる君に会えて良かった。それとそこの少年……君の名は?」
「……俺か? 俺の名はエドワーズだ」
「エドワーズか……悪くない名だな……。君は彼女の守護騎士と言ったところかな? ならば、餞別だ……このEtoileを持っていけ! 君達の時代ではもう時代遅れの骨董品に見えるかもしれん。だが、この銃は魔術とすこぶる相性がよくてな……神の眷属相手でも十分通用する神殺しの銃と呼べるものだ……たぶん、必要になるだろう……」
そう言って、しろがねさんが手に持った銀ピカの銃をお兄ちゃんへ投げてよこす。
お兄ちゃんも無言でその銃を受け取る。
今のわたし達って、幽霊みたいなもんだから、物もらっても意味あるのかな? と思ったけど、わたしも軽く手を触れた瞬間、すぐにこの銃の本質を理解する。
あ、この銃って……概念的なものなんだ。
……この世ならざるモノ、神性存在すら撃ち砕く魔銃。
たぶん、この場でこの銃を受け取った時点で、時空を超えていつでも呼び出せるとかそう言う類……。
間違いなく超級のアーティファクト。
お兄ちゃん、解ってないだろうけど……とんでもないものもらっちゃったんだよ? 後で説明しとこ。
「不思議な銃だな……重さを全く感じられない……ありがとう……俺に使いこなせるか解らんけどな」
「ふふふ……君の姫君はすでに理解したようだよ? ……使い方も多分解ってそうだね」
その言葉にわたしも無言で頷く。
「じゃあ、そろそろ戻るぞ! アイシア……プロシア達がそろそろ逆召喚を仕掛けるはずだ……術式に干渉せず、力を抜いて流れに身を任せろ……俺達を……信じろ!」
そう言って、お兄ちゃんが後ろから抱きかかえてくれる。
あっという間にわたし、お姫様抱っこ状態。
なんか嬉しくなって、首に腕を回してギュッと抱きしめる。
魔王様としろがねさんと目が合うと、優しげに笑うと手を振ってくれる。
「うむ、それでは達者でな……! そうじゃな……たまには、おヌシの様子を見物させてもらおうかのう。それくらいは構わんであろう? しろがね」
「そうですね……その程度なら、問題ないでしょう。……エドワーズ君、主人に忠義を尽くすのだ! 最後の瞬間まで! 決して、彼女を裏切ってはならない! それが騎士たるものの生き様だ! さらばだ! 二人共! 君達の行く道に幸多く有らんことを!」
「しろがね! ワシの台詞を持っていくでない……。二人共! おさらばじゃ! た、たまにはワシの事も思い出すんじゃぞ! ワシ、こう見えても世界救っとるんじゃからな! もっと盛大に敬ってくれて構わんのだぞ!」
しろがねさんが胴に入った敬礼をする。
魔王様はなんだか涙目になってる……何と言うか、思った以上に人間っぽい人だね。
お兄ちゃんも綺麗な答礼でそれに応え、わたしも軽く頭を下げる。
ブワッと、一陣の風が吹き付けたような感覚の後、視界が暗転……浮遊感と、どこまでも落ちていくような感覚。
思わずお兄ちゃんの首に回した腕に力を込めると、向こうも力強く抱き返してくれる。
ああ……何か良いな……コレ。
……怖いんだけど、不思議と怖くない。
迎えに来てくれたのがお兄ちゃんで良かった……。
――心からそう思う。
いつの間にか、わたしにとってお兄ちゃんは、無条件で信じ、頼れる人になってる。
こう言う人が欲しかったんだ……わたし。
……たぶん、わたしは幸せ者だと思った。
お兄ちゃんと一緒なら、たぶん、わたしは道を違えたりなんかしない。
わたしが、間違ったら……きっと命を賭けても止めてくれるから。




