第三話「健康と美容のために、食後に一杯の紅茶」③
道案内でも買って出たのか、笑顔で少女に話しかける中年オヤジと、少し怯えた様子ながら、嬉しそうに受け答えする少女。
そうだ……俺はこう言う光景を見たかったのだ。
……こんな光景を見れたのなら、俺はこの街も捨てたもんじゃないと思えただろう。
でも……残念ながら、そうはならなかった。
相手が悪かった……俺は、その中年オヤジに見覚えがあった。
パゾニーニ……強盗やらスリやらケチな犯罪ばかりやらかして、何度もブタ箱送りにしてやった典型的な小悪党。
奴が親切心で子供の道案内なんてするわけがない……これはもう確定事項だ。
予想通り、人気のない裏通りへと少女を連れ込もうとしているようで、笑顔を振りまきながら、少女を連れて表通りを離れていく……。
この後の展開はもう大体予想できる。
別に正義の味方を気取る訳ではないが……見てみないふりが出来るほど、俺は冷血漢でもない。
何より、パゾニーニを現行犯逮捕して警務隊に引き渡せば、少なからぬ謝礼金も出る。
あの少女にも保護者くらいいるだろうから、そっち方面からの謝礼も期待していいだろう。
奴らを逮捕したところで、どうせ一ヶ月もすれば釈放されて、性懲りもなく悪さをするのだけど、俺にとってはいい小遣い稼ぎになっているので、毎度あり……とでも思っておく。
無償の善行なんてやってやらない……これはあくまで金と俺の自己満足の為だ。
入り組んだ裏通りの小道を気配を消して、足音も立てずに走る。
案の定、薄汚い裏路地で少女を取り囲むパゾニーニ以下三名の悪党どもの姿があった。
ナイフをチラつかせて、金目の物を出させて、そのまま誘拐、監禁……貴族の娘なら乱暴はされないかもしれないが、身代金の要求くらいはするだろうし、無事に帰れる保証もない……こいつらには良心なんてもんはない。
奴隷として売り払われる可能性も高い……高貴な身分だろうが、子供だろうが、買い手が付く以上は商品になる……世の中の嫌な一面だ。
奴らはそれを何とも思わない……いわば獲物を狩る狩人……その程度の心境なのだ。
狩人は獲物を獲物以上と思わない……だから、何をしてもいいと思っている。
何度、ブチ込まれてもこいつらには反省なんて言葉はない……次はもっと上手くやろうと思う程度だろう。
だから、俺も同じ気分でパゾニーニに対することにした。
「……よぉ、パゾニーニ……お前さん、今度は子供の誘拐ってか? 一昨日釈放されたって聞いてたが、いきなりブタ箱に出戻りとか、つくづく残念な野郎だな」
ドカンと壁をぶん殴って、パゾニーニに告げると驚愕した顔で振り返る。
「げぇっ! エドワーズの小僧っ! てめぇ……どっから湧いた!」
もはや、言い逃れ出来ないシチェーションに、露骨に動揺するパゾニーニ。
まぁ、こいつにとっては天敵みたいなもんだからな……俺は。
「いやな……その娘が途方にくれてて、小汚ねぇおっさんが言葉巧みに裏路地に連れ込むところを見ててな……後を尾けてみたら、ナイフチラつかせて、恐喝ときたもんだ! この後何するかなんて、もう聞くまでもないよな? ……恐喝及び誘拐未遂……まぁ、問答無用で逮捕ってとこだなっ!」
「て、てめぇ一人で何が出来るってんだ! ガキが! 引っ込んでろ!」
もう一人のチンピラがナイフを構えて吠える……こいつは、顔は知ってるけど、名前は知らん。
とはいえ、実際問題……実力行使で三人の相手するのは無理だ。
俺には荒事は向いてない……だから、そう言うのは遠慮しておく。
……何事もスマートに解決するに限る。
「俺、一人ならな……なぁ、仮にも冒険者ギルドのサブマスター様がたった一人でこんな無法地帯に来ると思うか? すでに警務隊に通報してるし、今日の俺の護衛は、腕利き狙撃手のシュタイナ先生だ……お前らも名前くらい知ってるだろ? もうお前らに狙いを付けてるぜ。それに俺も丸腰じゃないぜ……いいか? やりあうつもりなら、初手で二人は確実に死ぬぞ? 一人は残してやるから、誰が生き残るか決めてもらってからで構わんぞ?」
そう言って、上着のポケットに手を突っ込んで、拳銃の銃身の形を見せつけてやる。
「ま、待て……お、俺達はまだ何もやってない……未遂ってことで勘弁してくれよ! なぁ、エド……俺との付き合いだって長いじゃねぇか! だから、待ってくれ! こ、このとおりだ!」
そう言うと、ナイフを捨てて這いつくばるパゾニーニ。
残り二人も顔を見合わせると、不利を悟ったのか右へ倣えで同じようにナイフを捨てて伏せる。
いつも通り、潔いやつだった……こういう奴だから、長生きしているんだがな。
いずれにせよ……俺の思惑通りの展開で、スマートに一件落着!
けど、ヤケになられてたら危なかった……とも思う。
昼飯の護衛にトップクラスの腕利き冒険者を使うとか、さすがにアホすぎるし、俺に拳銃なんぞ撃たせても、投げつけた方が良く当たると言うのが、その銃の名手シュタイナ先生の言。
そもそも、拳銃どころか、ポケットに入ってるのはただの万年筆。
万年筆じゃあ、さすがに人は殺せない。
要は口八丁、ハッタリだけで乗り切った訳なのだけど……そこらへんはおくびにも出さない。
もっとも、こいつらにそんな事は解るわけもない。
それに俺の立場と性格なら、その程度やりかねない……そう思われているのがミソ。
だから、コイツらは俺にとってはただのカモなのだ。
案の定、ロープだの手錠だの持ってたので、それを使ってパゾニーニ達を文字通りお縄にかける。
全員繋いで、その辺の柱にでもふん縛っておけば、簡単には逃げられないし……後は警務隊の詰め所に行って、犯罪者捕まえてってお願いするだけ。
俺、謝礼金もらえて、警務隊の連中も手柄ゲットでウィンウィン。
素晴らしい関係だろ?
と……そこまで考えて、例の少女が居なくなっていることに気づいた。
薄情とは思わない……むしろ、真っ先に逃げると言うその判断力に舌を巻く。
あれくらいの子供があんな修羅場に巻き込まれたら、固まって、動けなくなるとかが関の山。
自分から注意がそれた隙に、囲みをすり抜け、俺を囮に安全圏へ離脱……なかなか、良い判断力をしている……10歳程度の子供のくせになかなかやるじゃないか。
まぁ、どんな形であれ無事に逃れてくれたのであれば、俺としては満足だ。
迷子になってた状況に変わりないかもしれないが、上手く警務隊と接触してくれれば、連中は迷子の世話とかだってする。
欲を言えば、礼の一つくらい言って欲しかったけど、俺が勝手に首を突っ込んだのだから、そこまでは望まない。
……と思ったら、道の角から顔を出して、こちらを伺っているところで目が合った。
軽く手を上げると、ペコリと頭を下げられて、足早に立ち去ったようだった。
それに呼ぶまでもなく警務隊が来たようだった……ピーピーと甲高い笛の音が聞こえ始めた。
たぶん、誰かが彼女がパゾニーニに連れられるのを見て、通報してくれたのかもしれない。
あいつ評判悪いからなぁ……誰だか知らんが、ありがとよ。
いずれにせよ……これ以上、面倒事に巻き込むのも気が引けたから、後を追うような真似はしない。
一瞬、どこかで見たような……とも思ったのだけど、心当たりもない。
ちょっといいことをした昼休みとでも思っておく。
……結局、警務隊からの事情聴取だのなんだで、昼休みの時間を大幅にオーバーしてしまい事務長のシシリアが大激怒。
皆の規範となるべき立場なのに、時間にルーズとかありえないとか何とか延々二時間に渡って、説教された。
その説教に費やした二時間の方が余程無駄だと思うのだけど……怒れる事務長シシリアの姐さんには関係なかった。
おまけに情状酌量の余地なしとやらで、これ幸いとばかりに事務仕事を特盛りで追加された……事務員連中の嬉しそうな顔を見て、嵌められたと気付いたのだけど後の祭り。
……俺さ、良いことしたんだから、許されるべきだと思うけど、この仕打はどうよ?
まったくもって世知辛い。
そんな……何気ない昼下がりのあたり差し障りない出来事。
その時、俺はそう思っていたのだけど……。
この出来事が俺の運命を決定的に変えたと知るのは、随分後になってからだった。
この主人公……基本、戦わない系です。(笑)