第二十七話「聖域の攻防」②
最初から、交渉が暗礁に乗り上げた思いだった。
いきなりの断定で決めつけてかかってきてる……たぶん、こいつは人の話なんか聞きゃしない。
神様に人間の区別なんて付くのかと思ってたけど、案の定。
挙句に問答無用で死は免れぬと思え……と来たもんだ。
まさに傲慢、まったくもって話にならない。
……こんな理不尽な存在、そもそも、話し合いなんて通じると思うほうが間違いだった。
アイシアには、申し訳ないのだが。
……俺はすでに第二の選択肢しかありえないと判断した。
スタンボルトとシュタイナに目線を送ると二人共、頷く……どうやら、俺と同様の判断を下したようだった。
「えっと、まず言わせてもらいますけど、わたしは……その黒の何とかさんとは別人ですからねっ!」
「……何を言い出すかと思ったら、そのような世迷言……貴様の纏うその魔力。よもや、間違えるはずがない!」
「あのですね? 人間はそんな500年も長生きできないんですよ? わたし、そんな大昔のことなんて知りません! そんな事より……リーザさんとシーリーちゃんをどうしたんですか!」
「……我が眷属の二人のことか? 奴らもそのような事を申しておったな……だが、貴様は、我ら神の眷属の敵に他ならん事は解りきっておるのだ! 魔王に作られし神狩の人形風情が! この場に再び現れた以上、我も復讐を遂げるのみ!」
「だから、なんでそんな論理を飛躍させるのよっ! 黒の節制……クロ様なんて、わたしとは関係ないでーす! 事実誤認で勝手に話を進めないでくださいっ! クドいようですけど、わたしとクロ様は別人! と言うか、そんなに似てるんですか?」
「……今もこの空間をその凄まじい魔力で、侵食しようとしている癖に何をとぼけておるのだか……貴様のような者がただ人であるはずがなかろう……」
予想通り……完全に平行線……と言うか、会話になってない。
やっぱ説得とか駄目だな……こりゃ。
……そうだ! あの皇女様モードなら、少しは話になるかもしれん。
「アイシア様……相手は神の眷属だそうだ……そう言う事なら、お前も相応の態度で、それなりの対応をすべきじゃないのか?」
そう、アイシアに囁きかける。
「……はぅわっ! しまった! そうか……神樹様とか言うからには偉い人なんだった……よっしゃ! 来ーいっ! わたしは……エライ……わたしは皇族……皇女様っ! 威厳、威厳っ! 皆の者ぉ……我にひれ伏すのだぁ……」
……リハーサルでも、やらせとけばよかった。
アイシア様、グダグダな感じでブツクサ独り言をいうと、例の皇女様モードを発動しようとしていた。
良く解らんのだが……どうも、自己暗示の一種らしい……でも、その緊張感の抜ける独り言……。
せめて黙ってやった方がいいのでは……と思う。
けれど、何とも真剣さに欠けるその様子と裏腹に、唐突にアイシアの纏う雰囲気がガラリと変わった。
その瞬間……ブワッと風のようなものが通り過ぎていく。
ビシビシバキバキと言った木が割れるような音が辺り一帯に響き渡り。
例によって、畏怖の念と共に身体が勝手に動く。
見るとスタンボルトやシュタイナですら、アイシアに向き直り、跪いて頭を垂れている。
神樹様のメッセンジャーの人型もまるで何かと戦うように、一人で悶えてる……。
「ぐっ! がぁあああっ! こ、この力はなんだっ! これはあの「黒の節制」とは異質の力……貴様、一体何者だっ!」
神樹と名乗った緑の女が苦しそうに喚き散らす。
アイシアを見上げると、戦慄を覚えるほどの無表情。
「今更、我が名を問うなど笑止千万……だが、問われて名乗らぬのも無礼と言うもの……とくと聞くが良いっ! 我が名はアイリュシア・ファロ・ザカリテウス! 貴様の言う黒の節制とやらとは、全くの別人だと言うことがまだ解らぬのか?」
「バ、バカな……別人だと? だが、この魔力波動……間違いなく貴様は……!」
「妾は、かようなものなど知らぬ……世迷言もいい加減にするがよい! 挙句、我が友にして、貴様の眷属たる者たちの忠言に耳を貸さず、我らを害しようとは何が神だっ! まずは、己が過ちを悔い、許しを請うべきでないのか? 古の神の残滓に過ぎぬ小物の分際で……頭が高いぞ……我が前に跪けっ!」
「ざ、残滓だと! 貴様、どこまで我のことを知っておるのだ? だ、だが……わ、我は屈さぬぞ……魔王の使徒よっ! この程度の支配力で我を! 我をぉおおおっ! お、おのれ、おのれぇえええっ! 我が眷属よっ! こやつらをっ! こやつらを殺せぇええええっ!」
何やら勝手にスタボロになりながら、両手を付いて頭を下げかけていた人型が喚き散らす。
思い切り効いてるように見えるんだが……こんな化物すら調伏させると言うのか……。
だが、ヤツの言葉に応えるように、地面を埋め尽くす枝から同じような緑色の女が辺りから続々と湧いてくる……よく見るとその中にリーザとシーリーの姿もあった。
けれど、その目には光がなく……他の奴らと同様、両手をだらりと下げて力なく揺れている……まさに抜け殻のようだった。
そして、緑の女達は、各々剣や槍のような武器を手にゆっくりとこちらを包囲するように向かってくる。
「アイシア様……やっぱとんでもねぇな……思わず、問答無用で跪いちまったぜ! シュタイナ、雑魚掃除任せていいか? 予想通りの展開だったが、俺はリーザの奴とシーリーちゃんを助け出してくる……しっかし、数が多いなぁ……何匹いるんだこれ? こりゃちょっとやべぇかな……」
おどけたような態度でスタンボルトがそう口にすると、シュタイナがニヤリと笑った。
アイシア様の無敵モード。
普段モードではリミッターかかってんだけど、外れるともう際限ありません……。




